第81話 キセラの街の創立祭  その3

 街役場の建物まで水汲みにいっていたアルドさん達3人が、大量の容器にいっぱいの水を確保して屋台に戻ってきた。屋台の裏の冷蔵機能付きのコンテナの中に、インベントリに入れて運ばれた容器が置かれていく。これでもまだ足りないようなら、また途中で入れ物を持って、街役場まで水を汲みにいかないといけない。

 シェリンさんは、自分のところの屋台の準備が一通りできて、まだ15分ほど祭り開始まで時間が残っているのを確認したら、「他の屋台の視察に行ってくるわ」と、速足に出掛けていった。

 ジジムさんは無言で、醤油スープの味の細やかな調整を行っている。既定の分量通りに水を入れたつもりでも、ほんのちょっとの違いで、味が変わるもんな。


 今日は創立祭であり、中央公園だけでなく、東西に伸びる大通りにまで屋台が連なって並んでいる。

 屋台だけでなく、街全体が華やかに飾りつけされていて、それが一層祭りの雰囲気を盛り立てていた。中央公園では屋台が主役だけど、他の公園は大道芸が披露されたり、楽団が音楽を演奏したり、演劇が披露されたりと、様々な催しものもやるらしい。


 屋台で売っているのは食べ物系の屋台が一番多いけれど、それ以外の屋台もあった。バフ効果のついていない、安いアクセサリーを売っているところとか、浮く風船や水風船、動物のお面を売っている屋台もあった。

 食べ物系で多いのは、串ものや揚げ物かな? 串ものの方は、牛串、豚串、羊串、鳥串と、かなり種類が豊富だ。揚げ物は肉類の他に魚介類もあるようだ。

 変わり種だと、野菜スティックをカップに入れて売っている屋台とか、ミニトマトにちょっとだけ似ているまん丸な見た目で、でも色が真っ赤でルビーみたいな果物の飴がけとか(林檎飴の果物違い? これが雪乃崎くんの言っていたダンジョン固有植物の一つかも)。垂れ幕にアヒルの絵が描いてある屋台もあるので、あそこは多分、アヒル肉の唐揚げを売っているのかな? そんな、日本では見かけない種類の屋台も結構あるようだ。



「麺を出しているのは、スープパスタの屋台が一軒、オリーブオイルと唐辛子の辛い味付けのパスタを出している屋台が一軒ね。スープ系を出しているのは、ビーフシチューの屋台とトマトスープの屋台、激辛スープの屋台、コーンスープの屋台ね。街全部の屋台の数で見れば、被りは少ない方ね。それに、ラーメンとまったく同じ料理はなかったわ。他に似たものがないって事は、予想より混むかもしれないわね」

 他の屋台の視察から戻ってきたシェリンさんがそう宣う。まさに「敵情視察」だ。他の屋台の傾向から、客足の予測・分析をしている。

 人形を手伝いに連れてきて良かった。もし最初の予定通り手伝いが俺とアルドさん二人だけだったら、手が回らなくなっていただろう。エルンくんがパーティメンバーを連れて手伝いに参加してくれたのもありがたい。


 時間が経って開催時刻が迫るごとに、周囲が活気づいてきた。気の早いお客さんは準備中の屋台を覗いては、どんな品があるのか眺めていたりもする。

「人が多いですね。キセラの街って、こんなに住人がいたんですね」

 わりと規模が小さめの街だと思っていたのに、思ったよりもずっと人の数が多い。屋台をやっている人やその手伝いの人達だけでもかなりの人数になるのに、これから更にお客さんで賑わうんだよな?

 正直、この街にこれだけの人数が住んでいるとは思ってもみなかった。

「あら、そりゃあ年に一回だけのお祭りだもの。他の街からもお客さんは遊びに来るわよ。トキヤくんのところからだって、毎年、結構な数のお客さんが来てるのよ?」

「え、そうだったんですか」

 シェリンさんがくすくす笑いながら、俺の勘違いを指摘する。……どうやら、屋台をやっている人は街の住人が殆どのようだけど、お客さん側はこの街の住人以外の人も多いようだ。


 俺はずっと、お祭りのようなイベントには注意を払ってこなかった。だからこれまで街ごとに創立祭をやっていたなんて知らなかった。でもお祭りが好きな人ならそういうイベントを見逃さずに遊びに来る訳だ。ゲートを潜ればそれだけでどこの街のお祭りにも参加できる分、地球のお祭りよりも、参加ハードルが低いのかもしれない。

 地球からも他の街からも観光客が来るとなれば、今日はかなりの賑わいになりそうだ。


「街役場から、店舗を持っている人はできるだけ屋台を出して欲しいって通達が毎年来るの。まあ、アルドみたいに参加しない人もいるけど……それでも街の店舗の3分の2くらいは参加してるんじゃないかしら」

 シェリンさんが初参加で不慣れな俺に向けて、色々と説明してくれる。他のみんなは手伝い側にしろお客側にしろ、祭りに参加した経験自体はありそうだ。

(キセラの街の店舗のうちの3分の2か。それだけ出店してれば、かなりの数の屋台になるんだろうな。それにさっきの渡辺さんみたいに、この街に住んでいなくても屋台を出す例もあるみたいだし)

 創立祭を盛り上げる為、街役場の方では様々な工夫をしているようだ。

「俺は武器屋だしな。祭りで屋台を出すには向かない」

 シェリンさんの説明に対して、しれっと返すアルドさん。

「普段は別業種の店舗にも、祭りでは臨時で食べ物の屋台か、祭りらしい別の屋台を出して欲しいって要望が来てるでしょ! 適当な事を言ってはぐらかさないの!」

 そんなアルドさんを、呆れたような表情で叱りつけるシェリンさん。どうもシェリンさんにかかると、アルドさんが年下の困った弟みたいな扱いをされている気がする。


「この中で、酒やジュースといった飲み物を中心に出してる屋台の殆どは、普段は食べ物を扱っていない店舗なのだろうな」

 エルンくんが辺りを見渡しながら、そう予測を立てる。なるほど、普段料理し慣れていない人には、食べ物の屋台を出すのは難しいかもしれない。それで言うと、お面や風船やくじ引きといった屋台も、そういった人達が出しているのかもしれない。

「そういえば、射的や的当てみたいなゲームの屋台はないんだね。くじ引きの類はあるけど」

 見える範囲にその手の屋台がひとつもない。日本では定番なのに。ふと気になって呟くと、更科くんが肩を竦めた。

「そりゃあ、レベルの高いシーカーが大勢いるような場所で景品賭けてそんなのやったら、景品を総取りされちゃって、商売にならないからじゃない?」

「あ、そっか」

(射的みたいなゲームは、外してくれるお客さんがいないと、元が取れないのか)

 金魚掬いがないのもその関係かな? でもカラーひよこも子亀も同じく売ってないみたいだから、単に祭りに生きた動物を売るって習慣がこちらにはないだけかもしれない。

「綿飴の屋台も見当たらないねー」

 意外と、日本の屋台では定番なのに、こちらにはないものも多い。


 そんな雑談をしているうちに、ついに祭りの開催時刻になったようだ。街役場の正面に作られた特設ステージで、開催宣言が行われようとしている。

「街代表のキセラから、開催の挨拶があります」

 少し遠くからそんな言葉が聞こえた。

(キセラの街の「キセラ」って、街の代表の人の名前なのか。その人が中心になって街作りを進めたから、その名が冠された街になったって事かな?)

 屋台の中からそちらを眺めてみる。挨拶に立っているキセラ代表は、遠目に見えるだけだが、緑の髪の若い女性に見えた。種族は地球の人種と変わらなく見える。まあ緑の髪って時点で、地球人ではないのだろうけど。


「これよりキセラの街の創立祭を開催します」

 柔らかな女性の声と共に、周囲で一斉に歓声が上がる。

「さあ、始まったわね」

 シェリンさんが腕まくりして気合を入れている。それとほぼ同時に、数人のお客さんがここの屋台に並び始めた。ジジムさんが素早く人数分の麺(4分の1に仕分け済み)を湯切りの中で茹で始める。開店早々、早くもお客さんの来店である。


「いらっしゃいませー!」

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