第79話 キセラの街の創立祭 その1
8月22日。今日はキセラの街の創立祭が行われる日だ。俺は人形達も全員連れて、屋台の手伝いとしての参加となる。バイト自体が初めての経験となるので不安もあるが、頑張ろうと気合を入れる。
祭りが開催される一時間前、午前8時が集合時間だ。その指定された時間より15分前くらいに、中央公園のゲートを潜る。
公園内は、その外周に沿って屋台のスペースと、テーブルと椅子を並べて飲食する為のスペースが、交互に設置されていた。テーブルや椅子はまだ片隅に纏めて積み上げられた状態で、これからの準備時間で並べる作業をするようだ。
屋台は日本のものとは違って、大きくてしっかりとした造りのものだった。内部に4人以上入って作業しても問題ないだけの広さがある。そして屋台の背後には出入り口があって、その裏手に、おそらくは冷蔵庫機能付きだろうコンテナが設置してあったり、屋台裏の天幕の中には、予備の調理場としてテーブルや魔道具のコンロなどが置けるようになったりしていた。
(人形を5体も連れてきても、手伝えるスペースがないんじゃないかって心配してたけど、想像と違って、屋台ごとの敷地が広く割り当てられてるんだな)
俺は、日本の小さな屋台を基準にしていた自分の考えが勘違いだったのに気づく。
屋台一軒ずつのスペースが広い分だけ、公園内の屋台数は少なめで、全部で20くらいの屋台が並んでいるだけだった。その分、東西の大通りにまで屋台とテーブルが交互に並べられていて、通りの3分の1くらいの幅を取っているようだ。大通りの残りの部分は、人が通る為の場所として、そのまま空けてあった。
きょろきょろを辺りを見渡しながら、ジジムさん達の屋台を探して歩く。中央公園内の屋台だというのは聞いていたから、そんなにかからず見つけられた。ジジムさんとシェリンさん、更科くんとアルドさんとエルンくんの姿を見つけた。小走りに駆け寄って、挨拶を交わして合流する。
「うわあ、鳴神くんの人形達、また大きくなったね?」
パーティメンバーのエルンくん経由でお手伝いに参加する事になった更科くんが、俺が連れてきた人形達を見て驚いた。この前の水中訓練で会った時から、またレベルが上がったもんな。この大きさになってくると、1レベル5センチがかなりの違いとなって表れる。
「うん、一番大きい3人が今レベル34で、195センチだよ。人形は二メートルが最大の大きさで、それ以上は大きくならないんだってさ」
人形達を振り返って説明する。こうして改めて見てみると、本当に大きくなったなと思う。
夏休み中、ウシを相手に戦闘を繰り返した結果、青藍、紅、紫苑の三人の体長は195センチまで育ったのである。他の二人もかなり大きくなっていて、一番レベルの低い黒檀で170センチ。俺とほぼ同じ大きさになっている。
(……もうすぐ、俺が一番、身長が低くなるな。まあ、人形が大きくなるのは良い事だし、背を追い抜かれるのは仕方ないけどさ。俺が二メートルまで育つのは、絶対に無理だし)
「二メートルもあれば、戦闘で頼もしいだろうね」
更科くんが青藍達を見上げて感心したように言う。
「トキヤは勤勉だな。着実にレベルアップしている」
アルドさんも頷いている。そう言われると照れるな。勤勉っていうよりは、単にファンタジーが好きだから熱中してるだけなんだけど。
「それにしても、今日はいい天気で良かったねっ」
更科くんがのんびりと会話を続ける。どうやらまだ、手伝い要因が全員来ていないようだ。集合時間前だし、時間になるまでは準備を開始せずに待っているのか。
「祭りの日は、システムが天気に介入するから必ず快晴になる。だから天気の心配はいらない」
アルドさんがそう教えてくれる。
「……システムって、意外とお節介なんですか?」
「兄上、ツグミ、トキヤ。シシリーが来たぞ」
遠くに向かって手を振って、こちらに来るように合図を送りながら、エルンくんが声を掛けてくる。最後の手伝い要因が来たようだ。
(そういえば、彼らのパーティメンバーに会うのはこれが初めてだな)
「鳴神くん、紹介するよっ。俺とエルンのパーティメンバーのシシリーだよ。俺達はこの前、この三人でパーティ組んだんだ」
更科くんが紹介してくれたのは、白金の柔らかそうな髪をポニーテールにした美少女で、活発そうな雰囲気に色白の肌、藍色の目をしたエルフだった。ぱっちりした目と整った顔立ちで、歳の頃は多分俺達と同じくらい。この二人のパーティメンバーって事は多分、見た目通りの歳なのだろう。
「ツグミとエルンの友達ですって? はじめまして、私はシシリーっていうの。よろしくね」
どうやら初対面なのは俺だけらしい。やってきた少女が彼らと朝の挨拶を軽く交わした後に、俺に自己紹介をしてくれる。
彼らが並んでいると、美男美女の集まりに圧巻される。アルドさんも含めて3人がエルフなのだ。エルフは美形が多いって定説通りだし、更科くんも目立つ顔立ちだし。俺一人だけ平凡顔が混ざっててすみませんって気持ちになる。
「鳴神 鴇矢です。はじめましてシシリーさん」
同じ年頃の女性と話すのは慣れてないけど、更科くん達のパーティメンバーだし、今日は一日、同じ屋台の手伝いをするのだ。自己紹介くらいはちゃんとしなければ。緊張しながら挨拶する。
「トキヤと呼んでいいのよね? 私の事はシシリーでいいわよ? 敬語もいらないし」
「えーっと、初対面の女性を呼び捨てにするのは、流石に躊躇われるかな……」
気軽にそんなふうに言われて、俺は対応に困った。結局、敬語は止めたけど呼び捨ては遠慮した。男性ですら呼び捨ては躊躇われるのだ。女性となれば尚更だ。
「そうなの? 人懐っこいツグミと同郷のわりに、トキヤは人見知りする性格なのね」
俺の様子を見て、シシリーさんからはズバッと言われてしまった。まあ、更科くんと俺とでは比べ物にならないからな。性質的には真逆だし。
「同郷だからって、性格まで似てるとは限らないでしょーっ」
更科くんはケラケラと軽やかに笑っている。俺はなんと答えていいかわからなかったので、無言で肩を竦めておいた。
「みんなおはよう。来てくれてありがとう。それじゃあ、今日の屋台の説明をするわね」
「おはよう。今日はよろしく頼む」
8時ちょうど、シェリンさんとジジムさんが改めてみんなに挨拶する。
二人からはまず、エプロンと三角巾が配られた。俺達手伝い組は人形も含めて全員が、それらを身に着ける。(人形には髪がないから三角巾は必要なさそうだけど、多分雰囲気作りの為だろう)
それが終わってから、シェリンさんは俺達の前で本日の手伝いについての説明に入り、ジジムさんは速足に屋台の中へと入っていった。俺達はみんなでシェリンさんの説明に耳を傾ける。
「まず今日売るのは、醤油ラーメンの一種類だけよ。種類が一種類なのは手間を考えた結果ね。屋台の調理台でラーメンとスープを用意しながら、野菜炒めを作るのは難しいから。それと麺の量も、通常の4分の1に先に分けてあるわ。少ないと思うでしょうけど、せっかくのお祭りで他の屋台も色々と回ってたくさんの種類の屋台を楽しみたいお客さんが多いでしょうから、そこに配慮してそうなったの。具材は、煮卵4分の1と、煮豚が一切れ、ネギ、ワカメ、メンマ、ノリよ。値段は一杯30DG。麺の量が少ない分だけ、少し安めの設定ね」
真面目な表情でシェリンさんが淡々と説明していく。
(なるほど、お祭りで色んな屋台を回りたいのに、ラーメンだけでお腹いっぱいになったら、他を回れないもんな)
俺は感心した。こうしたお祭りの屋台でたくさんの人に食べてもらうには、あえて少量に抑えるのも大事な戦略のようだ。
「今日使う食器類はすべて使い捨て容器よ。後でダンジョンに吸収させて処分するから、洗い物は気にしなくていいわ。ゴミ箱の袋が満杯になったら、手が空いてる人で袋を交換してちょうだい」
ダンジョンに吸収させて処分するって、ダンジョンならではのゴミ処理方法だな。……地球のゴミって、ダンジョンに処分の委託とかできないんだろうか。夢の島の不燃ゴミとか、全部ダンジョンに吸収してもらえれば、衛生面で良さそうな気がするけども。
「麺を茹でるのは、ジジムと私で交代でやるわね。温めたスープを大鍋からかけてもらう係、具材を乗せる係、お客さんが並んだ場合の誘導係、会計係、お客さんにラーメンを渡す係あたりが必要なしら。テーブルの片づけは基本、お客さん側にセルフでやってもらうけど、スープが零れた場合とかは、布巾で拭いたりするのもお願いね。後は臨機応変に、忙しそうな人のところにヘルプに入るか交代で休憩って感じで、手分けしてやって欲しいの」
「人形達には簡単な作業を手伝わせればいいですか?」
みんなが頷いたり返事したりする。俺も連れて来た人形の配置を確認しておかないと。
「そうね、先に教えておけば、スープをかける係や具材を乗せる係は、人形達にもできるわよね」
「はい、それくらいなら大丈夫だと思います」
人形達はできるだけ単純作業の手伝いに振り分けるのが望ましい。喋れないし、万が一客とトラブルになったりしたら対処に困るから。屋台内でスープをかけたり具材を乗せたり、後はゴミ袋が満杯になったら交換したりするくらいなら、問題なくできると思う。客の誘導やテーブルを拭くのは念の為、喋れる人がやった方が良さそうだ。俺がやる時には、一緒に手伝ってもらってもいいけど。
「トイレ休憩や昼休憩はどうする?」
アルドさんが疑問を挟む。
「お客さんが減って手隙になったら、その隙に各自の判断で休憩してちょうだい。珍しい食べ物とはいえ、持ち帰れない品だから、そこまで極端に混む想定はしてないし、できれば交代で休憩する事で継続して営業したいわ。でもあまりに忙しいようなら途中で一度準備中にして、全員で一気に休憩を取る事も検討するわ」
シェリンさんがアルドさんの質問に答える。どうやら、細かい指示はいちいち雇い主に仰がずに、自分の判断で行動しないといけないようだ。
「在庫は十分と思えるだけの量をインベントリに用意してきてあるけれど、もしも足りなくなるようなら、途中で私が抜けて店まで追加を取りに戻る事もあるかもしれないわ。正直、屋台で初めて出す料理だから、どれくらい捌けるのか予測できないの」
シェリンさんから一通りの説明が終わり、みんなで水場で手を洗ってから、一斉に屋台の準備に入る。屋台でお湯を沸かしたり、具材の在庫の置き場所を確認したり。
アルドさんとエルンくんとシシリーさんの三人は、街役場の方へ水を調達に行った。公園内の水場は場所が限られているから、最初に持ち込んで用意したも以外の分は、そちらまで出向いて調達してこないといけないらしい。
インベントリは持ち運びにはとても便利だけど、中で時間が止まったりするような機能はついてない。なので、ラーメンを茹でるお湯やスープ用のお湯は、屋台の裏の天幕の中で、予備の鍋に大量に用意しておかなくちゃいけないのだ。
屋台内ではジジムさんの手によって魔道具の大口コンロがいくつも並べられ、そこに大鍋を乗せて、量を測った水が入れられていく。俺も人形達と手分けして、更科くんと一緒に開店準備を手伝った。
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