第12話 入学式の朝、父と宇宙開発の話題になる

 入学式の朝はタイマーをセットしていつもより早く起きた。余裕をみて支度の時間を多めにとったのだ。

「今日から学校だから、俺が帰ってくるまでは留守番な」

 青藍にもそう伝えておく。私生活には人形は連れ歩けない。

 人形使いは使い手がダンジョンに潜らない状態で、人形だけをダンジョンに潜らせるのは不可能だ。なので、青藍を単独でレベル上げさせるのは不可能なのだ。

 待機状態だと自動修復スキルの効果が上がるから、ダンジョン攻略に連れていく時以外は、基本的に部屋で待機させている。


 一階のダイニングキッチンには父と母が揃っていた。

「おはよう鴇矢、今日は天歌の入学式は母さんが、鴇矢の入学式は父さんが行くからな」

「おはよう」

 どうやら両親は俺と兄の入学式が重なった為、父母分かれて出席するらしい。その為に仕事も休んでくれたようで、服装はいつも仕事に行く時より、きっちりした感じのスーツを着ている。

「今日はいつもより早いのね、今朝食を準備するわ」

「うん、お願い、……え?」

 テーブルについたところでふとテレビのニュースが耳に入って、その聞きなれない単語に驚いた。思わず画面に見入る。


「大型宇宙船の出航式!?」

 つい大きな声が出る。

 テレビのニュースには、驚きの単語だけでなく、SFアニメで見るような宇宙船がそのまま画面にドーンと映っていた。

 え、なにこれ現実? と俺は呆然と宇宙船の映像を眺める。


「ああ、月面基地を作る為の作業員と宇宙船を操縦する乗組員で、合わせて20人ほど乗ってるらしいな。宇宙船のスペック的にはもっと人数を多く乗せられるそうだが、月面の基地が完成するまでは資材が殆どのスペースをしめるから、人数は絞っているときいたぞ」

 父がごく普通の話題のように答えてくれる。だがその内容にも驚きが含まれていた。


「……月面基地って……」

 なんだか別世界の話のようだ。……いや、前世とは一応別世界なんだっけか。

 記憶が戻ってからもダンジョン以外は特に前と変わらぬ現代日本だったものから、前世とは違う世界という意識があまりなかったのだ。

 ニュースもろくにチェックしてなかったから、まさか月面に基地を建設する計画が実施されようとしているなんて、全然知らなかった。

 大型宇宙船は「アルテミスクルーズ」という名前で、NASAが作ったものらしい。ニュース画面ではレポーターが興奮した様子で宇宙船の各種スペックを説明している。人類にとって大きな飛躍だとか、宇宙史の新たな一歩とか、壮大な言葉が随所に挟まる。

 アルテミスクルーズ第一弾の乗組員、そして月面で基地を作る為に滞在する作業員は、すべて宇宙飛行士としての活動経験とシーカーとしての活動経験を豊富に備えているといった紹介もされていく。

 また、宇宙船には重力制御の大型魔道具が設置されている為、従来の宇宙船のように爆発を起こして飛ぶ必要はなくなっており、低コストで宇宙へ行き来できるようになったと説明している。

(へえ、ダンジョンのドロップアイテムには、重力制御の魔道具なんてものもあるんだ)


「えっと、月面基地って技術的に可能なの?」

 気になって父に聞いてみる。

 これまではずっと、限られた人数でISSで細々と活動してきたはずの人類が、いきなり大型宇宙船を作って大々的に月面基地の建設に着手とは、また随分と思い切ったものだ。

「元々ずっと前に月面着陸は果たされてる訳だし、今はダンジョン産の金属や魔道具で、宇宙船の技術も飛躍的に向上しているからな」

「え、そうだったんだ」

 そろそろニュースの話題は別のものに移ろうとしているが、俺の関心はまだ宇宙船と月面基地にあった。幸い父が詳しいようなのでそのまま話を聞いてみる。


「月面基地って、物資とかたくさん持っていかないと大変そうだよね」

「ははっ、ある程度はそうだけど、今はダンジョンがあるからな。そこの問題もクリアしてるんだ。知らないか? 月や火星といった地球外の惑星や衛星にも、ダンジョンは出現していたって話」

「ええと、どうだったかな……、聞いたかもしれないけど、覚えてない」

 こんな大きな出来事も知らずに生きてきたとは。日々ぼんやりと生きてきた弊害がこんなところに。

 母が用意してくれた朝食に手を付けながら父と話を進める。


「ガス惑星の内部などは未確認だが、木星の衛星なんかにもダンジョンらしき構造物が確認されているらしいぞ。火星は無人探査機で調査してほぼ確定だし、月のダンジョンは小型宇宙船で月面調査した宇宙飛行士が、ダンジョン内部の確認まで済ませてるから確定済みだ」

「……そうか、他の星にもダンジョンがあるんだ。それに月のダンジョン内部の確認って、もうそこまでいってたんだ」

 ダンジョンがこの世界に出現して30年ほど。世界は随分とダンジョンの影響を受けて変わってきているのだと改めて感じた。

「ダンジョンは大抵のものはドロップするからな。おかげで宇宙開発が加速したんだ。食料や水といった様々なものを簡単に調達できるからこそ、月面基地計画も大いに進んだのさ。月にも地球同様様々な種類のダンジョンがあって、月のゲートで自由に行き来できるのは確認されているからな。地球のゲートから月のゲートに移動できないのは残念だけどな」

(そっか、月のダンジョンに潜れば物資が現地調達可能ってなったからこその月面基地なのか。着陸や発進に燃料が多くかかっても月面で物資が確実に手に入るから、宇宙空間に基地を作るより効率的に基地作りができるようになったのか)

 元の世界ではまだ、月面基地の具体的な計画なんか出ていなかったはず。こんなところにもダンジョンによる違いが表れていたようだ。


「へえ……だけどまさか、大勢が乗れるような大型宇宙船がもう完成してたなんて、びっくりしたよ。ダンジョンの出現で、技術が進むスピードが一気に速くなった感じだね」

「まあ、未知の技術と材料が手に入って、できる事が一気に増えたのは確かだ。それに、若返りのポーションのおかげで、世界中で死亡する人の割合が年々減っていっているからな。地球上の人口増加と食料危機の問題は深刻だ。それらを解消する為の策として、各国は宇宙開発を加速するしかなかったとも言える」

 父がまじめな顔で宇宙開発が一気に進んでいる情勢の背景を教えてくれた。

 だが、日本の現代の飽食状態は前世となんら変わりなく感じるし、食糧危機と言われても正直実感がわかない。養ってくれている両親がいるからこそではあるが、少なくとも今までの人生で食べものに飢えた経験はない。

「食料危機って、ダンジョンのドロップアイテムじゃ解決しないの? 食材がドロップするダンジョンもいっぱいあるよね?」

(初級の攻略が簡単なダンジョンでも、食材がいっぱい入手できるんだったよな? だったらむしろ、食材が余り気味になってもおかしくないと思うんだけど)

 ダンジョンからのドロップアイテムで食材余りになって、農家に打撃を与えたりしていないのだろうか?

 疑問に思って聞いてみる。


「まあな。鴇矢が行くようになった初心者ダンジョンだって、兎肉、鶏肉、豚肉、羊肉、牛肉、……あとは魚類各種か。3層以降はかなりドロップするしな」

「え、魚類各種って……もしかして10層のピラニアからのドロップ?」

 違う話題に思わず引っかかってしまう。他の階層は出るモンスターの種類とドロップするアイテムが連動してるのに、なんでピラニアだけピラニアの魚肉がドロップするんじゃなく、別の種類の様々な魚類? とつい思ってしまった。

「ああ、10層はいろんな種類の魚がドロップするんだ。まあ他の層でも、レアドロップはモンスターの種類とは関係ないものも出るだろう? それと同じようなものだと考えればいい」

 そういえば1層のレアドロップの傷薬だって、別にスライムが原料に使われてる訳ではないだろう。多分。

 ドロップするアイテムとモンスターの種類が結びついていないものだって、あって当然なのだった。


「……じゃなくてだな。話が逸れたが、確かにダンジョンのドロップアイテムには様々な食材が含まれている。食材専門のダンジョンだってたくさんあるしな。ダンジョンに潜る人口も増えて供給も増えている。だけど、それだけじゃ足りないペースで人口が増えていってるんだ」

 父が逸れかけた話題を戻した。

「そんなに一気に増えてるの?」

「自分でダンジョンに潜るかあるいは金さえ出せば、実質的に寿命をなくせる訳だからな。それに若返りだけじゃなく、怪我や病気に効くポーションも色々ドロップするから、それらが原因で死亡する人数も減っている。……事故で即死とか自殺とか、ダンジョン産のポーションを拒否とか、それなりに日々死亡する人の数は多いけど、それでもダンジョンが出現する前に比べたら死亡者数は減っていってる。死亡者数が減ればそれだけ全体が増えるのはわかるだろ?」

「うん……、だから宇宙開発して、人を移住させようって話になったんだ」

 宇宙開発はロマンとかの漠然とした目的ではなく、必要に駆られて推し進められているものだったようだ。

 もしかしたらそのうちに、月だけじゃなく火星にも基地を作るようになるのかもしれない。

 父の話を聞くに、一般人が宇宙へ移住するという話が夢物語ではなくなる日もそれなりに近そうだ。


「まあ若返りや老化防止のポーションを使っていても、実年齢が高くなれば子供が極端にできにくくなるって研究結果もあるがな。……それでも現在でも食料が不足している地域は、本当に大変らしいぞ」

「今この世界は、そんな事になってたんだ……」



 兄や姉が朝食に起きてきた事もあって宇宙関連の話題はそこで終わったが、これまでは知らなかった興味深い話が聞けた。

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