第10話 人形の名付けと扶養控除の話

 部屋に戻って、メジャーで人形の全長を測ってみると、丁度30センチだった。

 レベルアップにつれて体は大きくなってゆくと、スキル説明が頭に浮かぶ。今は幼児体形だけど、育ってくれば体格も変わっていくのだろう。

 無機物が育つって不思議な感覚だが、スキルで作成した人形なのだから、そういうものなのだろうと思っておく。


(さて、名前はどうしようかな)


 床に座るように指示すると、おとなしく座った。その様子を眺めながら思案する。

 顔のないのっぺらぼうだから、感情は感じられない。口もないから喋らないし、動かないでいると、本物の人形みたいだ。これ、二体目の人形が増えたら、区別がつかなくなりそうだ。


 ちょっと考えて、クローゼットから青いバンダナを取り出して、首に巻く。首の可動を邪魔せず頭をすっぽ抜けない程度に隙間をあけて、解けないように結び目はしっかり縛る。

(目印に、バンダナの色を別にすれば見分けられるな)


 そうだ、どうせなら、バンダナの色にちなんだ名前にしようか。

 人形の数が増えていけば、そのうち色のバリエーションが不足して、バンダナの種類に困る事になるだろうか。……もしそうなったら、また別の法則で、見分けと名付けをすればいいか。今度買い物に行ったら、色違いのバンダナを何枚か買ってきておこう。


 手持ちのバンダナが青色だったから、青にちなんだ名称を検索する。

 瑠璃は姉を名を連想するから却下、青藍(せいらん)は格好いいかも。浅葱(あさぎ)はちょっと、色合いが薄すぎるか。

 露草(つゆくさ)や杜若(かきつばた)や桔梗(ききょう)は花の名前だし、風流で可愛らしいイメージになるな。漢字じゃなく、カタカナでブルーは安直すぎるか。ターコイズやコバルトならまだ……うーん。

 候補がいっぱいありすぎて迷う。ここはもうインスピレーションでこれと思った、青藍か露草のどちらかにしよう。

 青藍だと男性名っぽく、露草だと女性名っぽいイメージになるな。人形に性別はないけど。

 どうせなら、一番最初に良いかと思った青藍にするか。


「よし、お前の名前は青藍な」

 ステータスボードで、「人形1」になっていたところを変更する。

 これで名付けは済んだから、またダンジョンに戻ってレベル上げをしよう。これからは俺だけじゃなく、青藍のレベル上げもしないといけない。


「……あ、青藍用の武器がない」

 気づいたのは、スライムを青藍に倒させようとした時だ。我ながら、気づくのが遅すぎる。

 最弱スライムなら最悪素手でも倒せそうではあるが、流石にそれはどうかと思う。

 目の前のスライムはとりあえず俺が倒して、また部屋に戻った。


「ナイフか短剣でも買うか」

 体長30センチしかない今の状態では、重い武器は持てなさそうだ。


 ダンジョンに潜る人が増えた影響で、銃刀法もだいぶ緩和されており、ホームセンターのダンジョン関連用品を売ってるコーナーなどで、色んな武器が買えるようになってる。銃はまだ取り扱い免許がいるけど、刀剣類は面倒な手続きなく買える。

 この前スクロールを買ったから貯金の残りは少ないけど、ナイフか短剣1本くらいなら買えると思う。

 でもその後、どうしても欲しいというものができても、所持金がほぼ0では、何も買えなくなる。

 ダンジョンのドロップアイテムはコアクリスタルが殆ど、最下級傷薬がいくつかだけ。まだ換金しても、ろくな金額にはならないだろう。


 ……いっそ、俺の使ってる鉈を、交代で持たせてみるか?

「ちょっと、これを持ってみてくれ」

 青藍に鉈を手渡してみると、明らかに重そうに引きずっている。これじゃあ持って歩けないだろうし、振るのはもっとキツそうだ。

 鉈がダメなら、後はカッターくらいしかない。カッターでも、最弱スライムならいけるだろうけど、どうしよう。

(うーん……。とりあえず、しばらくはカッターでいいか)

 レベルが上がれば鉈も持てるようになるかもしれないし、もう少し様子を見てからにしよう。


 その日はカッターを持った青藍に、スライムを集中的に倒させて、なんとかレベル2まで上がったところで終了となった。

 帰ってからメジャーで測ってみたところ、一回のレベルアップで、5センチ分ずつ大きくなるよう。青藍は35センチに育っていた。





「父さん、俺、今年から扶養控除枠から外れるから、手続きお願いね」

 夕飯の合間の雑談中、兄が唐突にそう言い出した。

「そうか。そういえば天歌は金額的には、去年もギリギリだったな」

 父がそういえば、といった様子で兄を見た。

「ふむ、という事は、天歌は個人事業主って事になるのか。ははっ、高校1年生でもう個人事業主とはすごいもんだ」

 父さんは感心したように、何度も頷いている。


 俺の記憶が確かなら、ダンジョンが出現した数年後に、ダンジョンで稼ぐ子供の数が多くなった影響で、世間に議論が巻き起こり、それを受けて法改正が行われ、扶養控除の上限額が引き上げられていたはずだ。

 当時は毎年のように、なんらかの法律が新たに作られたり既存の法律も改正されたり、試行錯誤が続いたと、小学校の社会の授業で聞いたような覚えがある。ダンジョンが日本の社会に与えた影響がどうとかって授業だったか。

 その記憶通りなら、上限額が引き上げられているにもかかわらず、兄は易々とボーダーラインを超える予定らしい。


「瑠璃葉はどうなんだ? もし超えそうなら早めに言ってくれよ。父さんも会社の手続きとかがあるからな」

「あたしはまだ大丈夫よ。うちのパーティは3人しかいないから、攻略ペースもそこまで早くないし。……っていうか、兄さんのペースが速すぎるのよ。中学生のうちにそこまで荒稼ぎ出来るヤツなんか、そんないないんじゃないの?」

 姉は感心というより呆れ気味の表情で答える。確かにいくらダンジョンに潜っても、中学生のうちにそんな高額を稼げるようになるなんて、ごく少数だろう。

「天歌のパーティは優秀なのね」

 母もそう感心しきりだ。


 兄は確か、小学校時代からの友人2人と、中学に入ってからできた友人3人の、合わせて6人でパーティを組んでいたはずだ。

 兄の友人パーティは、みんな運動神経や要領が良いらしい。類は友を呼ぶ、というヤツだろうか。


「鴇矢はまだダンジョンに潜り始めたばかりだから大丈夫だろうが、今後の為にも、金銭の管理はしっかりとな。ダンジョン協会にアイテムを売った際の領収書は、しっかりとっておくんだぞ。あと、ダンジョン攻略に使った経費の領収書もな。普段から入出記録はとっておいた方が良いぞ」

 父がついでに俺にも忠告してくる。

「う、うん。気を付けるよ」

 鈍くさい俺がソロでそんなに稼げるようになるには、一体何年かかる事やら。

 だが自分がどれだけ稼いだのか理解していなければ、うっかり控除の上限額を超えても気づかずに放置して、後で大惨事という事態になりかねない。父の言う通り、普段から記録をつけておいた方が良いだろう。


(あれ、そういえば、人形使いのスクロールを買った時、保証書は貰ったけど、領収書は貰ってなかったな……)

 ふと思い出す。

 領収書は、お店の人に申し出ないと貰えないものだった。今後は気を付けて、忘れずに貰うようにしないといけない。

 スクロールだけじゃなく、探索に使うもの……メモ帳とか、あと人形につけるバンダナとかも、経費扱いで記録しないといけないのかな?

 面倒くさいけど、買い物の際には領収書を貰うよう、気を付けないと。


「そういえば兄さんって、大学行くつもりあるの? それとも高校を卒業したら、シーカーを本業にするとか?」

 ちょっと気になって聞いてみる。

 ダンジョン攻略でそんなにも稼いでるなら、シーカーを本業にしても十分やっていける。高校卒業の頃には、更に稼ぎは増えているだろう。兄は本人がその気なら、大学に行かなくても働いていける状態だ。


「俺は今のところ、大学に行くつもりで勉強してるぞ。今のまま稼ぎが増えてけば、学費や生活費くらい、自分で出せるようになるだろうし」

「え、すごいね……」

 さらっと答えれれて目を瞬く。

 学費に生活費までって、完全に自活できるんだ。今の時点でその見込みが立つくらい収入があるなんて、本当に兄はすごい。


「あらあら。天歌が自力で大学に行ってくれるなら、瑠璃葉と鴇矢の大学資金用にお金を貯めれるから、ありがたいけど……、無理はしなくて良いのよ?」

 母が頬に手をあてて、ちょっと考えるようにして言う。

「別に無理はしてないって」

 兄は笑って否定している。


「俺、大学まで行ける気がしないんだけど」

 俺の大学進学の話題を出されても、俺は大学に行くつもりがないから困ってしまう。


 ……俺は学校が苦手だ。

 学校というか、集団行動が苦手なのだ。

 人と話すのは緊張するし、人と合わせるのは苦手だし、ぼっちが苦にならない。むしろ一人の方が気楽。そんな根っからのぼっち気質なのである。

 高校だって本心では行きたくないが、両親は納得しないだろう。俺だって将来を考えれば行った方が良いと、理性では判断してる。

(通信制の高校なら、人にあまり会わずに済んで良さそうだけど、それも親が納得してくれないかな)


「まだ中学生になるところなんだから、この先はわからないでしょ。これから先、やりたい事ができれば、今より勉強を頑張るようになるかもしれないじゃない」

 ついため息を吐いたら、母にそう励まされた。



(やりたい事、か……)

 前世の記憶を取り戻して以来、俺はすっかりファンタジーなダンジョンにのめり込んで、その攻略を中心に物事を考えている。

 けれど、鈍くさい俺が本業のシーカーになるなんて、果たして可能なのだろうか?

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