第8話 初心者ダンジョンで最弱スライムと初戦闘

 翌朝。いつもより早めにセットしておいた目覚ましで目が覚めた。

 昨日の夜は勉強だけで精一杯だったが、今日こそはダンジョンに潜って戦ってみたい。


 逸る気持ちはあるが、実際に入る前に、まずはネットで初心者ダンジョンについて、情報を見てみる。

 ネットで基本的な情報を集めてみると、以下の事がわかった。


 初心者ダンジョンは他人と出会わない通常仕様で、全10層。

 階段を下りていく地下型で、罠は設置されていない。


 1層は最弱スライム。2層はネズミ。3層はウサギ。4層はニワトリ。5層はブタ。6層はタカ(空からの襲撃注意)。7層はイヌ(複数での連携注意)。8層はヒツジ(複数での連携と、雷撃魔法注意)。9層はウシ(重量突撃注意)。10層はピラニア(水中ステージ注意、複数での襲撃注意)。


 出てくるのは全部モンスターだが、初心者ダンジョンは、スライム以外は地球でも見覚えのある動物の姿をしているようだ。

 後半につれて難易度が上がるからか、6層以降は何らかの注意ポイントがついている。

 ぱっと目につくのは、水中ステージのピラニアか。カナヅチである俺には、どうやって攻略すればいいのか、カケラも思い浮かばない。

 1層から順に攻略してレベルアップしていけば、また違う道が見えてくるものだろうか?


 まだ一度もモンスターと戦った事のない今の状況では、どうすれば戦えるか、まるでわからなかった。

 参考になったのか微妙だ。

 ……結局は、自分で実際に体験してみるしかないのかもしれない。


 初日の今日は様子見だ。まずは入口付近で一戦してみる事から始めよう。「最弱スライムが相手なら幼稚園児でも勝てる」という姉の言を信じれば、いくら俺が運動音痴でも、いきなり苦戦するとかはないはず。


 朝食を食べ、兄に貰った防具を苦労して身につけて、仕上げに腰にお古の鉈や小物を入れたポーチなどを整えて、出来上がりだ。

 さあ出発、と思ったところで、まだ自分用にゲートを設置していなった事に思い至る。そして靴も履いてなかった。……我ながら段取りが悪い。

 改めて玄関から、靴と予備の土足マットをとってきて、扉を設置する予定の場所の手前にマットを敷く。その上で靴を履いて、ステータスボードからゲート設置を選ぶ。


 扉の種類は大きさ別や扉の材質別など、細かな違いがタイプ別に揃っており、中々豊富なラインナップが用意されていた。

 大きすぎる扉は邪魔になるだけなので、兄の部屋にあったのと同じような大きさの、木でできたタイプの扉を選んで設置した。

 これで今度こそ、準備はOKのはず。


 扉に埋め込まれた金属ボードに触れて、行き先を選択する。このボードを自分で操作するのは初めてだ。各ダンジョンへの移動先設定の他に、パーティの編成なども、このボードでするようだ。

 ボードは直感的に操作できるシンプルな仕様で、地球上の地名でも検索できるし、「初心者」「食材」「ゴーレム」「スライム」「空中」「草原」といった、それぞれの目的に合った条件のダンジョンを、単語で検索する事もできた。

 これらの「単語で目的のダンジョン検索」は、実は「こういうダンジョンがあったら良い」という要望扱いにでもなっているのか、検索される事が多い単語に基づいたダンジョンが、新しく追加される機能もあるらしい。

 ネットのSNS上で、「欲しいダンジョンの単語をみんなでボードに入力して、希望のダンジョンを新しく出現させよう!」みたいな企画を、たまに見かける。


 それはともかく、ダンジョン未経験者が一番最初に行くダンジョンは、「初心者ダンジョン」に決まっている。

 その名と目的の通り、他とは難易度が段違いに易しい設定であると、もっぱらの評判だからだ。



「行き先、初心者ダンジョン……と」

 設定を終えて扉を開く。

 その先には、灰色の石畳の通路が続いていた。照明はないのに、普通に見えるくらい明るい。灰色の石畳自体、ほんのりと発光してるようだ。

 通路は3メートルくらいの道幅で、わりと広めだ。複数人がパーティを組んで移動し、戦闘時には武器を振り回すと考えたら、これくらいないと厳しいのかもしれない。

 ダンジョン街とは違って、空には普通に天井がある。どこかの遺跡の中だろうか。

 とりあえず、入口から見える範囲には、敵の姿はなさそうだ。

 ドキドキしながら扉を潜る。


 しん、と静かな通路が続いていた。

 初心者ダンジョンは通常ダンジョンなので、仕様上、中で人と出会う事はない。もし物音が聞こえたら、それはモンスターだ。

 石畳を慎重に数歩だけ歩いてみる。完全な平らではなく、ほんのちょっとした段差がある。これは気を付けないと、躓いて転びそうだ。


 ゲートは通路の行き止まりに、門の姿で大きく口を開けていて、その先は俺の部屋へそのまま続いている。何か不測の事態でも起こったら、ここに戻ってくればいい。

 天井、床、壁、全部が同じ灰色の石で作られていて、味気ない景色を見まわす。

 何もいない。……入口直後の天井にスライムが張り付いていて上から奇襲してくる、なんて展開はなかった。


 ゆっくり辺りを見回しながら少し歩くと、通路は十字路に分かれていた。……あまり通路が複雑に分かれていたら、確実に迷ってしまうな。方向感覚にも、道順の記憶にも、まるで自信がない。

 観光地などで何度も迷子になった、苦い記憶が蘇る。

(……地図とか描いた方が良いのかな)

 腰につけたポーチの中に、メモ帳とボールペンを入れてあったので、簡単に十字路を記入する。そしてどこに進もうかしばらく考えて、まずはまっすぐ進んでみる事にする。

 何かあったらまっすぐ走って戻れる方が迷わないだろう。多分。



 そうして十字路をまっすぐ進んで、またしばし。

「! いたっ」

 床とゆっくりコロコロ転がる、小さな物体を発見した。これが噂の最弱スライムだろう。

 少しだけ近づいて観察してみる。

 色は半透明の薄い水色。野球ボールくらいの大きさの、やや平べったい球体。……水の量が少なめの水風船? いやそれよりも、餡子の入ってない水まんじゅう?


 顔も手足もない、へなりとした半透明の球体としかいいようがない。

 それが自力でコロコロ転がっているが、その速度はゆっくりだ。これなら俺でもすぐ追いつける。

 スライムといえば溶解能力が代表的だけど、この最弱スライムは兄曰く、「素手でずっと触ってると、ちょっとピリッとしてくるくらい」らしく、溶解力は弱いらしい。

 これなら確かに問題なくやれるだろう。俺は腰の鞘から鉈を取り出した。


 ゆっくりと慎重に、転がるスライムの間近まで近づいていく。

 ……狙いをつけるのが難しいんだけど。

 相手が小さすぎる。鉈を振り下ろしても、うまく当てられる自信がない。

 武器の構え方がこれでいいのかもわからない。

 恐る恐る構えた鉈をスライムの上へとそっと持っていくと、そこで相手もこちらに気づいたのか、一瞬ピタリと動きを止めた。

 そこからこちらに向けて、転がる方向を変えてきた。


(あ、今の動きを止めた時、攻撃すれば良かった!?)

 初めての相手というのもあって、ただ観察してしまった。

 とにかく、近づいてくるスライムを攻撃しないと。

 相手が足元まで近づいてきたから、俺は慌てて三歩ほど後ろに下がって、今度こそ鉈を振る。


 小さい的に狙いをつけようとした結果、まるでスピードの出ていない、ただ振り下ろしただけの、腑抜けた一撃になってしまった。

 それでもなんとか、スライムの端っこにグシャッと当たった。

 スライムはこちらの想像以上に弾力がなくて、鉈の刃で抵抗なく薄い表皮を破られ、ベリャリと潰れた。


「う、うわ」

 潰れたスライムが、薄い水色の体液を溢れさせる。俺は鉈をその体液の残骸から引き抜いて、呆然とその様子を見つめた。

 ……スライムはそれで無事倒せたらしく、体が透明になって消えていった。そしてその場所には代わりに、小指の爪の先ほどもない、ほんの小さな立方体の結晶が現れる。


(これがコアクリスタルか)


 ほんのりと赤い光を放つそれを、指先で拾い上げてみる。

 指の間で小さく輝くそれは、モンスターを倒せば必ず手に入る代物で、クリーンエネルギーに変換できる有用な品という事で、ダンジョン産アイテムとして、特に有名なものだ。

 倒したモンスターが強ければ強いほど結晶は大きくなり、赤い光の輝きも強くなっていくらしい。

 モンスターの中で一番弱い代表格である最弱スライムは、ひとつ10円程の値段で引き取ってもらえるんだったか。


 値段については詳しく知らないから、今度ダンジョン協会の買い取り窓口に持っていって、実際に確かめよう。

 ……別にダンジョン街で売ったって良いんだけど、日本政府はダンジョン産アイテムを出来るだけ集める為の政策として、ダンジョン街で売り払うより高めの値段で引き取ると公言して、最低保証価格を設けている。

 政府公認のダンジョン関連機関である「日本ダンジョン協会」は、政府の方針を元に買い取り額を設定しているので、ダンジョン産アイテムの売却は基本、協会の買い取り窓口に売った方がお得なのだ。

 まあ、中には地球や日本では人気のないドロップアイテムもあって、そういうのはダンジョン街で売り払った方が高くつくなんてものも、偶にはあるようだが。



 ……ともあれこれで、俺もモンスターを倒せた訳だ。

 まだレベルが上がった感じはしないけど、これからもっと倒していけば、そのうちレベルも上がるだろう。

 コアクリスタルをポーチにしまってから、鉈についたスライムの体液を布で拭こうと刃の表面を見ると、鉈には何もついていなかった。

 多分、スライムの死体が消えると同時に、鉈についた体液も消えたのだろう。体液がついたままだと刃が錆びてしまうから、勝手に消えてくれるのはありがたい。


 俺は再びメモ帳に地図を描きながら、ダンジョン探索を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る