第45話:クリスマス!骨付きチキンのチーズ煮込み
2023年12月24日
「おはようございます!」
「おはよう、早いな」
いつもは11時ぴったりに来る後輩が、今日は30分前に来た。
「また圧力鍋で時間をかけて煮込むみたいなので、最初から見せてもらおうかなって」
昨日の時点で、買ってきた鶏の手羽元でパスタを作るという話をしている。本当はクリスマスらしく、骨付きのもも肉を買うつもりだったのだが。
「クリスマスのスペシャルメニューといきたかったが、相変わらず妥協してしまった」
「ま、それも先輩らしくていいじゃないですか。臨機応変に代用できるのも料理の腕ですよ」
受け入れてくれるのがうれしい。とりあえず材料を用意する。
「手羽元に白ワイン、玉ねぎににんにく。そしてローリエの葉。シンプルですね」
「あとでチーズも入れるけど、基本的な材料はこれだけだな」
まずは手羽元をオリーブオイルを引いた圧力鍋で炒めていく。皮に焼き目がついたら、にんにくは皮を剥いてそのまま、玉ねぎは皮を剥いて縦に4等分にして投入する。
「そういえば、手羽元に切れ目を入れなくてもいいんですか?」
「ああ、とろとろに煮込むから大丈夫だな。むしろ身が崩れやすくなってよくないかも知れない」
包丁やまな板で生肉を処理する過程は、どうしても省きたくなりがちである。圧力煮込みであればたいていは丸ごと使えるので楽である。
「白ワインと水を1カップずつ。……ひたひたにしたいからもう少し水を入れるか」
「味付けはどうします?」
「塩と胡椒だけだ。塩はだいたい肉の重量の1%、この場合は3グラムってとこだな」
手羽元は6本入れたので、だいたい300グラムといったところだろう。さらに黒胡椒を挽いて入れる。
「あとはローリエ乗っけて煮込むだけですね」
「だな。圧力がかかってから20分ってとこだ。ちょっとチーズ買ってくるから、火の番を頼んだ。あとついでにパスタも今から茹で始めるとちょうど良さそうだ」
本当は手羽元と一緒に買ってくるつもりだったのだが、いいものが無かったのだ。
「チーズなら冷蔵庫に入ってたじゃないですか」
「いつものピザ用でもいいんだけど、どうせなら少しいいのを使いたいと思ってな。それじゃ、行ってくる」
「わかりました、お留守番してます。ついでにパスタ茹でときますね」
「ああ、頼んだ」
スーパーまで片道で5分ちょっと。ちょうど往復する頃には食べ頃だろう。
*
「ただいま。モッツァレラがあったぞ!」
「あ、私これ大好きです!」
100グラム入って500円弱。モッツァレラとしては安いものだと思うが、ミックスチーズと比べるとずいぶん高い。いつもならこれだけで予算オーバーだが、たまにはいいだろう。
「20分経ったので火は止めたんですけど、圧力が抜けるまで待ったほうがいいですかね?」
「いや、抜いちゃっても大丈夫だな」
お玉の先を使って圧力弁を少しずつ持ち上げて蒸気を抜いていく。いい匂いが漂ってくる。
「ここでチーズを入れる。せっかくだから贅沢に全部使おう」
「クリスマスですからね!」
水を切ったモッツァレラチーズをさいの目に切って鍋に入れ、火を入れてかき混ぜながらひと煮立ちさせる。
「結構、細かく刻むんですね」
「モッツァレラは繊維質だからな。ソースと一体化させるには細かくしたほうがいいんだ」
本来、このような用途にはあまり向かないチーズだとは思う。ちょっといいチーズが他になかったから仕方ないのだが。
「仕上げに塩を少々、っと」
モッツァレラチーズには塩分がほとんど入っていないので、ここで2グラムほど足す。使うチーズの種類によって調整が必要なポイントである。
「パスタのほうもちょうどよさそうだな」
「はい、今日のは茹でるのに時間がかかるやつでしたからね」
今日はパスタも少し高級品の生フェットチーネを用意した。クリーミーなチーズソースにはよく合うはずだ。
「手羽は3本ずつだな。手羽元のチーズ煮込み、完成!」
「いただきます!……うん、手羽がすっごくやわらかいですね」
「軟骨まで全部とろとろだからな」
フォークで押さえ、スプーンで肉をこそげ取る。きれいに骨しか残らない。
「チーズもとろっとろですね」
「モッツァレラはちょっと失敗だったかもな。完全に溶け切らないから」
「でも食感があるから私は好きですけどね」
伸びたチーズで口から糸を引かせながら後輩が言う。
「俺としては、どちらかといえばチーズフォンデュっぽくしたかったところだ」
「確かに、白ワインベースですからね」
「具もさみしいな。マッシュルームくらい入れるべきだったか」
いつもの日曜の料理のつもりが、途中から中途半端にクリスマスを意識してしまってちぐはぐになってしまったかも知れない。
「なんか先輩らしくないですね。私はいつも通り満足してますよ」
「そうか?」
「クリスマスだからいつもよりちょっぴり豪華。それで十分じゃないですか」
そう言いながら、実に美味しそうに食べてくれるのが救いである。
*
「ごちそうさまでした!」
そして、ぺろりと完食した。皿の上にはきれいに身を剥がされた骨しか残っていない。
「手羽元って食べづらいから敬遠してたんですけど、圧力鍋なら簡単に柔らかくなるんですね」
「だな。これでカレーやシチューにしても美味いぞ」
「軟骨もぺろっと食べられるから、コラーゲンたっぷりでいいですよね」
豚でもそうだが、軟骨は煮込むことで一気に柔らかくなる。圧力鍋ならば短時間で済むので、一つ持っておけば低予算でも豊かな食生活を送れるようになるのだ。
「使うチーズの種類とか、もっと研究しがいのあるメニューだったな」
「また作ってくれるなら大歓迎ですよ私は」
「それじゃ、また今度期待していてくれ」
俺の料理はいつもだいたい思いつきで作って、それなりに食えるものにはなるのだが、もう少し洗練させてみるのも必要だと最近は思うようになってきた。
**
「もう行っちゃうんですね」
「仕込みもあるし、店内の飾りつけとかもあるからな」
今日はクリスマスイブ。飲食店にとっては書き入れ時であり、バイトとしても稼ぎ時なので、いつもより長くシフトを入れておいた。
「お仕事、がんばってくださいね。遅くなっても私は待ってますので」
「なんだか悪いなぁ」
「いいんですよ、友達はみんな彼氏と遊ぶみたいだし。それに先輩の部屋なら漫画読み放題、ゲームも遊び放題ですからね!」
こんなことになるのならバイトなんて入れなければよかったのだが、人手不足で店長にも頼まれていたので、どちらにしても俺が働かなければいけなかっただろう。
「それじゃ、行ってくる。俺の夕飯はまかないで済ませると思うから、うちにあるものを好きに食べていいぞ」
「行ってらっしゃい! おつまみくらい作っておきますか。おみやげ期待してます!」
名残を惜しみながら、俺はクリスマス真っ最中の冬の街へと繰り出すのであった。
***
今回のレシピ詳細
https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330668884084262
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます