第35話:広東風!ミルク風味のぷりぷりエビたま

2023年10月15日


「おはようございます! すっかり秋めいてきましたねえ」

「おはよう」

「ちょっと鼻声ですね。風邪気味ですか?」

「ああ、ちょっと気温の変化にやられたかも知れない」


 すっかり秋めいてきて涼しくなったのはいいのだが、朝晩の寒暖差が喉や鼻にダメージを与える。


「大丈夫ですか?」

「ああ、この季節はいつもこうなんだ。伝染るような風邪じゃなくてアレルギー性みたいなもんだな」

「無理しないでくださいね」

「ありがとう。せめて栄養は付けておくか」


 冷蔵庫を物色する。とりあえず風邪気味といえば卵だ。あとは……


「卵と牛乳と冷凍エビ? グラタンでも作るんですか?」

「いや、中華料理を作ろうと思ってる。広東料理の卵のミルク炒め。漢字だと炒鮮奶チャオシェンナイと言うらしい」


 スマホで漢字を出して、後輩に見せる。


「確か、奶って牛乳って意味ですよね。どういう料理ですか?」

「それは、作りながら説明したほうが早そうだな」

「はい、いつもみたいにお湯用意しますね。量は少なめにしときます?」

「そうだな、俺の分は100グラムもあればいいや」


 彼女がパスタを茹でる準備をしてくれる。その間に、こちらはエビを解凍する準備だ。フライパンにカップ2杯の水を入れ、塩と重曹を小さじ2杯ずつ入れる。


「冷凍のシーフードを戻す時は海水の濃度にするのが基本だな」

「塩分3%ですね。200mlの水に対して6グラムの塩! 重曹はどういう効果ですか?」

「これは中華の技法でな。エビやイカの下ごしらえに使うとプリプリになるんだ」


 子供の頃、家族で行った中華屋で食べたイカの和え物の食感が忘れられない。秘密は重曹だと教えてくれた。


 *


「本当は常温で戻すといいんだけど、茹でながらでも大丈夫だ。さて、沸騰してから2分経ったからこんなもんかな」


 エビを一つ箸でつまんで口に入れる。


「よし、火は通ってるな」

「あ、私も味見しますね。……うん、ぷりっぷり! 塩の下味も付いてますね!」

「だな。だから味付けはごく軽めでいいんだ」


 エビをザルに上げて、フライパンをざっと洗う。次は卵の準備だ。


「まず片栗粉を大さじ1杯。ここに牛乳1カップを少しずつ入れながら混ぜていくんだ」

「水溶き片栗粉ならぬ、牛乳溶き片栗粉ってわけですね」

「そうそう。ここに卵を2つ割り入れて、味の素を少々。塩も小さじの先に少しだけ入れようか」


 牛乳をこれだけ入れると卵だけではうまくまとまらない。そこで片栗粉の出番というわけだ。


 *


「さて、パスタはあと2分くらいかな」

「ですね」

「それじゃ、卵のほうを仕上げるか」


 フライパンに火を入れて、大さじ1杯ほどのバターを入れる。


「あ、今日はバターなんですね」

「本来は牛乳じゃなくて生クリームを使うレシピだからな。少しでも風味を出そうと思ったんだ」

「確かに、牛乳とバターを混ぜて生クリームを代用したりしますからね」


 バターが溶けて香ばしい香りが漂ってくる。


「さらに言えば、大もとのレシピでは水牛すいぎゅうのミルクを使うみたいなんだ」

「水牛のミルク? なんだか水っぽいような感じがするんですけど……」

「実際は真逆で、牛乳の倍ほどの脂肪分があるらしいな。……そうだ、モッツァレラチーズも本来は水牛ミルクから作るみたいだぞ」

「あ、聞いたことあります! 本物は日本だとなかなか手に入らないみたいですねえ」


 インドのバターチキンカレーも、本来は水牛のギーを使うと聞いたことがある。


「バターが溶けたら茹でたエビを入れて、卵を流し込んで、よくかき混ぜる」

「スクランブルエッグみたいですけど、牛乳が多いから白っぽいですねえ」

「だな。卵白だけを使うレシピもあるみたいだ」


 卵を流しながら、フライ返しでよくかき混ぜる。油断すると焦げ付いてしまうのだ。


「そろそろパスタができるんで、上げときますね」

「ああ、頼んだ」


 こちらも仕上げである。火を弱火にして、余熱でまとめていく。


「先輩、できました」

「よし、ここに卵をかけて……完成! 薄味だから粉チーズとタバスコが合うと思う」


 *


「それじゃ、いただきます!……スクランブルエッグとは似てるようでまた違うんですね」

「ああ、片栗粉が入ってるからな」

「ミルクとバターの優しい味がしますね。これは風邪気味のときにぴったりかも。それにぷりぷりのエビにもよく合います!」


 元気に食べる後輩を見ながら俺も食べる。確かに、風邪気味のときにはいいかも知れない。


「同じ乳製品だからチーズも合いますね」

「そうだな。ケチャップをかけるのもありだと思う」

「いいですね。私、スクランブルエッグにもケチャップかけちゃいますからね」


 ケチャップと、ついでにタバスコをかけながら言う。赤と黄色のコントラストがにぎやかだ。


「ごちそうさまでした! 先輩、調子はどうですか?」

「おかげさまで元気になってきたかな。午後ゆっくり休めば明日は大丈夫そうだ」

「調子が悪かったら頼っていいんですからね。いつもお世話になってるんだし」


 **


「それじゃ、私はこれで失礼します」

「ああ、お互い体には気をつけてな」

「はい。また大学で会いましょう!」


 食後、後輩は夜に食べるためだと言ってポトフを作ってくれた。そんなことしなくても別に構わないと言ったのだが、たまには甘えてくださいと言われたし、冷蔵庫の中には持て余していた野菜もあったのでお願いすることにした。


「ま、たまにはこういうのもいいか」


 スープを一口すする。このまま寝かせておけば夜には絶品になっていることだろう。たまには何もせずに休むというのも悪くないと思った。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330665204612149

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