ナイトメアラック

ありんこ

第1話 補助輪を付けて貰えなかった男

とある昼下がり、太陽が南中し、目まぐるしく人が動く町を日光が嘲笑うように照らしている。

太陽ってのは誰のために光るのだろうか。理由なんてないだろうな。太陽に神様がいるとかなんだとか言ってるが、本当にいるとしてもその太陽の神は人間なんかに興味を示さないだろう。

さて、ここはアメリカの喫茶店。静かな店内の中にはクラシック音楽やジャズ音楽が定期的な間隔を開け流れている。

「そう、何も俺は好きでこんな仕事をやってる訳じゃあ無いんだよ。」ラキントがコーヒーカップの水面を眺めながら呟いた。その黒い液体には歪んだ自分の顔が浮かんでいる。少なくとも楽しそうな顔はしていない。ラキントはまともな学歴を持ってなく、表では建設会社で体仕事をしている。彼は少年時代、とにかく物事を先延ばしにし、「今が楽しかったらそれでいい」などと言うこれまたしょうもない考えを掲げながら25年間生き続けた。だが、先延ばしにしながら前に進むと、最終的に行き止まりになり、先延ばしにした物が積み上がり、しかもそれは更に高く積み上げられている。そのあまりにも急すぎる階段を登る過程は、ラキントにとってはとても険しく絶望的な物であった。

「仕事、仕事ねぇ。うちの塾長が言ってたさ。『人生の大半は仕事をするもんだから、やってて楽しい仕事を選べ』ってさ。」スカラがクリームチーズにクラッカーを何度もディップし、半ば独り言のように返事をした。

「そうか。その塾長は幸せ者なんだな。金持ちで裕福だと、裕福な考え方が出来るんだな。羨ましいったらありゃしないさ。ま、俺は今回の件で思い知ったよ。人生楽なんて出来ないってな。当然、親から金という名の補助輪をつけさせてもらったガキンチョ共は人生楽なんだろうが。補助輪とっぱらって速攻でコケたらいいのに。」ラキントは不満そうにそう吐き捨てると、コーヒーを一気に飲み干した。


「そうなると人間ってのは補助輪がなくて転ぶのを親のせいにして自分を正当化する、そうだろ?」スカラが言った。

「うん…そうだ。」ラキントは一瞬考えて返事をした。

「お前も今目の前に壁があるよな、ジェットパックが欲しいとは思わないか?」


「欲しいに決まってる」ラキントは肘をつきながら平坦な声で返事をし、外を眺めた。楽しそうにはしゃぎ回る子供も、普段なら健気だと思えるのだろうが、今は何故か苛立ちしか覚えない。補助輪がないと走れない三輪車野郎め。いや、チャリにつけるなら四輪かなー。なんて愚にもつかない考えを浮かべていると、スカラが声色を低くして言った。

「ジェットパック、やるよ。」


「くれるったって、なんだよ。いい仕事でも紹介してくれんのか?」ラキントは本気にしないで適当に返事をした。


「まあ概ねそんな所さ。」

「反社とかそういうのはお断りだぞ。」

「反社じゃない。そこら辺を歩いて、レポートを書いて提出するだけ。アメリカ以外の国に行く事もある。旅費や食費は経費で出る。1回のレポートにつき給料は30万だ。」

「……なんだ?そのレポートに1年間でもかけろってか?」

ラキントはスカラが胡散臭く感じ、目を細くしてスカラを睨んだ。

「いやいや。大学生が宿題で出されるレポートよりも少ない。なんなら日記みたいな物を書けばいいだけさ。」スカラは明るくそう答えた。2人はこうして話しているが、温度差があるというのは2人ともそれとなく感じていた。温度差というか、立場の差と言うか。

ホームレスに温かいスープを差し入れする、これに近いかもしれない。ホームレスはその温かいスープを生きる希望に感じるし、それを飲んで人の優しさに感動する。だがあげる側はそんなスープいつでも飲めるし、飲んだ所で人生ががらっと変わる訳では無い。そういう意味では人間は身分が低くなるほど足元の幸せに気づきやすくなるのかもしれない。


「日記ね。分かった。やってみるよ。ただ俺の肌に合わなかったり、少しでも怪しいと感じたら退職させてもらう。」ラキントは考えた末スカラに言い放った。

「交渉成立だな。仕事は早速明日からある。お前がまず行くのは。」スカラは軽く咳払いをした。


「日本だ。」




南中した太陽の光は窓から入ってくる。地球と太陽とでは気が遠くなるほど距離があるから、光だとしても到達するのには時間がかかる。この光は何時間前の光なのだろうかー

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ナイトメアラック ありんこ @ariarideruchi

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