交換留学生

from

クロスディスターJADE

第十五話 アームドヒーロー




「ふっざけんなあの女!」


 アオイは怒りのまま激しくデスクを叩いた。

 隣にいた美紗子が慌てて宥めようとする。


「お、落ち着いてくださいよ」

「落ち着いていられるものか! 何もかも滅茶苦茶になるかもしれないのよ!?」


 激しく怒鳴りつけると美紗子はびくっと怯えた。

 たじたじになる彼女をアオイはさらに問い詰める。


「だいたい何で貴女がちゃんと止めないのよ! ひとつ違えたら大変なことになるってわかってるでしょう!?」

「だ、大丈夫ですよ。『彼女』を信じてあげてくださいって」

「あのクソ女の何を信じろと――」

「待ってアオイさん、それ以上はダメです」


 美紗子の表情が一変する。

 怯えや焦りの色が消え真顔になる。


「『彼女』のことを悪く言うのはダメですよ。わかってるでしょう?」


 ああ、そうだ。

 こいつもそうだった。


 生来の苦労人気質の裏に隠しているけれど、どうしようもなく歪んでいる。

 じゃなきゃ紅武凰国の管理局なんかに勤めていられるわけがない。

 この一点だけは相手が誰であって絶対に譲る気がない。

 たぶん、アオイが口を滑らせていたら彼女は躊躇なく、後先も考えずに≪断罪の双剣カンビクター≫を振るっていただろう。


「信じてあげましょうよ。きっとうまくやってくれますって」


 今度は一転して笑顔になる。

 仲良くしましょうとアピールするように。

 あるいは聞き分けのない駄々っ子をあやすかのように。


「……ちっ」


 こうなったらなる様にしかならない。

 あの女と魔王ルーチェが会うことで何が起こるかは全く予想がつかない。


 結果次第では、即座に全面戦争だ。




   ※


 気が付いたらもう朝ですね。

 おはるーちぇですよ。


 徹夜の一人称視点銃撃ゲーム配信を終えた私は顔を洗いに流し場にやってきました。

 そしたら朝の剣闘稽古の後で顔を洗ってるナータがいたよ。


「おはようナータ!」

「おはよ」

「今日もいい朝だね! ところでそろそろ留学はやめるように考え直してくれた?」

「あんた最近顔を合わせるとそればっかりね」


 ナータは目を細めて私を睨む。


「留学なんてしないでも勉強はできると思うよ」

「はいはいそうね。あんたは毎日遊んでるけどね」

「友だちが行かないでってお願いしてるんだからひとりで旅立つべきではないと思います!」

「どの口かそれを言うのか……」

「ふひおひっはうあ!」


 私の口を掴んで思いっきり引っ張るナータ。

 もちろん半分は冗談の挨拶だよ。

 ナータもわかってるから本気で文句は言わない。

 だからって急に紅武凰国に留学とか言われたのはショックだったし!


 ぴんぽーん。

 館のチャイムが鳴った。


 ……


「あれ、いま他に誰もいないんだっけ?」

「みんな街の方に行ってるはずよ。開墾始めの準備があるって聞いてなかった?」


 聞いてない!

 あれ、私なんか仲間外れにされてない!?

 魔王なのに!


「部屋に引きこもってばっかだからよ」

「だってカーディが街の仕事を手伝わせてくれないんだもん」


 なんだか悲しい気持ちになったけど泣かないよ。

 とりあえずお客さんを待たせちゃダメだから出なきゃね。


 ぴんぽーん。

 もう一回チャイムが鳴る。


「はーい。すぐ行きまーす」


 私はふよふよと飛翔しながら館の玄関まで行った。

 三回目のチャイムが鳴ったと同時にドアを開ける。


「はいどちらさま……」

「はじめまして。貴女がルーチェさんね」


 ……ん?


 ドアの向こうに立ってたのは女の人。

 赤くて長い髪だから一瞬ヴォルさんかと思ったけど違った。


私はその人のことを知っている。

 画面の中で何度も見ている。

 けど実際に会うのは初めてだ。


「私のことは知ってるわよね」

「えっと……あ、はい」


 背中に大きな六枚翼を持つ彼女の名前は第一天使アヤ。

 例の記録映像の通りならヘブンリワルト地球の文明を滅ぼしたひと。


 またの名前を。


「赤坂あやよ。よろしくね」




   ※


 唐突なうえにとんでもないひとだけどお客さんには違いない。

 私は彼女を応接室に案内した。


 お茶とお菓子を持って戻ってくると、アカサカさんは飾り物の剣を手に取って眺めていた。


「ほんとにファンタジー世界なのね。なんだかわくわくするわ」

「お待たせしました。どうぞ」


 テーブルの上にお茶とお菓子を置く。

 アカサカさんは剣を元あった壁にかけて椅子に座る。


「いただくわ……甘っ!?」


 特製ハニーシュガーティーを飲んだアカサカさんは何故か盛大に噴き出す。


「え、嫌がらせ? もしかして歓迎されてない?」

「そんなつもりはないよ。あんまり甘くないのが良かったらストレートティーもあるよ」

「そういえば味覚障害って聞いてたの忘れてたわ。砂糖は一杯だけにしてもらえる?」

「お椀に一杯でいい?」

「スプーンにして」


 とりあえず、いまのところはまだ和やかな雰囲気だ。

 ナータは同席せずに部屋の隅で警戒している。

 いざとなったらナータだけは守らなきゃ。


「それで、アカサカさんはどんな御用で来たんですか?」

「お茶自体は美味しいのよね……ん、いちおう敵になるかもしれない相手の観察って感じかしら」

「敵ですか」

「あくまで可能性に備えているだけよ。荏原新九郎や山羽翠があなたに必死に営業かけてるでしょ」


 立て続けにヘブンリワルトの過去映像資料を持ってきたシンクさんとジェイドくん。

 確かにあれを見る限り紅武凰国に対してあまりいい印象は持たない。

 特に目の前のこの人なんか紛れもない大量虐殺者だし。


「いろいろ聞いてるけど、私たちは紅武凰国と争う気はないよ」

「冷静に考えればそうでしょうね。戦争になればお互いに被害も甚大になるし。ただ……」


 アカサカさんはカップを置いて射貫くような視線で私を見た。


「精神的に未熟な若い魔王ちゃんがおかしな気を起こさなければ、だけど」

「あんたルーちゃんを挑発しに来たの?」


 ナータが怒ったような口調で言う。

 アカサカさんはちらりと彼女に視線を向けて笑った。


「もちろんそんなつもりはないわ。懸念を正直に口にしているだけよ」


 そういえばこの人は映像資料の中でもこういう人だったね。

 あんまり仲良くしたいタイプじゃないかも。


「仮に戦争となったとして、速攻でミドワルトとビシャスワルトをメチャクチャにすることはできる。けれどルーチェさんは滅ぼせないから最終的にはこっちが負けるしかない。勝手に戦争なんて始めたらアイシアの奴も敵に回るし、何もいいことないってわかってるつもりよ」

「それ、いざとなったらルーちゃん以外は皆殺しにできるって脅迫よね」

「そういう不幸な未来にはしたくないってこと。貴女もそれを回避したいと思っているから留学なんて形でなろうとしてるんでしょ? 万が一にも彼女が間違いを犯さないために」


 え、どういうこと?

 留学が人質?


「……深読みし過ぎよ」

「そういうことにしておいてあげるわ」


 二人が何言ってるのかよくわからないので私は黙ってハニーシュガーティー(はちみつに砂糖を溶かして紅茶のはっぱを浮かべたとても美味しい飲み物)を飲んでいます。


「で、ここからが本題。一方的なのはフェアじゃないからってわけでもないんだけど、こっちからも交換で留学生を出したいって思うの」

「紅武凰国から? どんな人が来るの?」

「私よ。しばらくこっちに居座らせてもらうからよろしく」


 えー。


「別に住む場所を用意しろとは言わないわ。ビシャスワルトとミドワルト、二つのファンタジー世界を勝手に観光して回ってる。期限は私が飽きるまで。どう?」


 どうって言われても、別に好きにすればいいと思う。

 悪い事さえしなければビシャスワルトは誰でも自由に来ていいよ。


「まあダメって言われても居座るけどね」

「フリーダムな人だなあ」

「勝手な奴ね」

「さてと、それじゃ……」


 私とナータは文句を言うけどアカサカさんはどこ吹く風。

 飲みかけの紅茶をテーブルに置くと、窓をがちゃりと破って外に飛び出した。


「なんで窓を割った!」

「カッコいいからよ! 弁償して欲しいなら管理局にツケておいて!」


 なんだこいつマジで。

 アカサカさんは……もう呼び捨てで良いか。

 赤坂は背中に例の赤黒い六枚翼を広げて上空に浮かんだ。


「そうそう、そろそろ山羽翠から受け取ったディスクも見終わるんでしょ? しばらく遊び回ったらまた戻ってくるから、ハルちゃんにもよろしくね!」


 そう言って赤坂はどこかへ飛び立っていった。

 遊び回るとか言ってるけど留学じゃなかったのか。


「面倒くさい奴が来たわね」

「ほんとにね」


 記録映像の中で見るのと実際に会話するんじゃまた違うというか。

 なんかあの人とは仲良くできそうな気がしないなあ。




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第十六話 クリムゾンアゼリア

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