じいちゃんちは妖怪屋敷

あじみうお

第1話 「雪ん子の話」

冬のじいちゃん家は静かだ。

先祖代々伝わる古い屋敷の広い居間では、大きなやかんがストーブにかけられている。そのやかんで沸かされている大量のお湯に、家じゅうの音がどんどんすいこまれているみたい。

ぼくが掘りごたつに入ってうとうとしていると、カタコトカタ・・・、食器が小さくぶつかり合う音が聞こえてきた。うすく目をあけると、ばあちゃんがお膳をこたつのテーブルに並べていた。

夕食の支度にしては、少し早い気がする。


「これはお客さんの分だよ」


ばあちゃんはそう言って台所に戻って行った。

お客さんが来るんだったら別の部屋にうつらないといけないなと思いながらも、ぼくはこたつを出られずに、とろとろと眠りにひきこまれてしまった。


そのままこたつでごろんと眠っていると、突然、ぶわあっと分厚い空気が部屋に入り込んでくるのを感じた。ただならぬ気配がする。けれども、ぼくはまだ半分以上眠っている状態で、動けなかった。目も開けられない。声も出せない。耳は分厚い空気に圧迫されてゴオゴオと鳴っている。何だかわからないけれど、部屋はとにかく濃密な空気におおいつくされているようだった。

しばらく、何もできずにもがいていると、部屋の襖が開く音がして、すっと冷たい風が通り過ぎた。ふっと空気が軽くなった。


あわてて起き上がってみると、ばあちゃんがお膳を片付けているところだった。


「お目覚めかい?ちょうどお客様がお帰りになったところだよ。」


こたつの上には、普段は使わない上等な漆塗りの食器が並べられていた。それぞれの器に少しずつ食べ物が乗せられている。塩むすび、吸い物、干した小魚、昆布、お花型のきれいな色の麩、金平糖もある。お客様は何も食べていないじゃないかと思いながらぼんやりとこたつの上を眺めていると、ふいに、ばあちゃんがお膳を片付ける手を止めた。


「じいさん!じいさん!」


普段は出さない大声でじいちゃんを呼ぶ。

ばあちゃんの指差すほうを見ると、うら返されたお椀のふたに、小さな小さな雪玉が一つのっていた。暖かい家のなかで、雪玉はみるみるうちに解けていく。


「こりゃあ、ありがたい。縁起がいい」


じいちゃんとばあちゃんは、あっというまにとけて水になった雪玉がのっかっていたお椀のふたを神棚に供えた。 


「何があったの?お客様って誰?」


ぼくはたまらなくなってたずねた。

まだぼんやりしている頭を働かせようと、大げさに瞬きを繰り返した。


「雪ん子がいらしたんだ。毎年、初雪のころにいらっしゃる。今年は少しおそかったな。」


じいちゃんは、すっかり暗くなってしまった窓の外に目を向けた。ぼくもつられて外を見ると、いつのまにか雪が降り始めていた。このまま一晩中降り続きそうな雪だった。


「知哉はそんなところに寝ていて、何も気が付かなかったのかい?」


ばあちゃんが笑った。

そのとたん、身体がぶるぶるっとふるえた。分厚い空気に押しつぶされるような異様な感覚がよみがえり、背筋がさむくなったのだ。

じいちゃんは、ぼくの背中をぱんぱんとたたいた。


「こわがることはないさ。雪ん子は、ずっと昔から、初雪のころに食事をしにいらしてくれるお客さんだ。わしらもご先祖から聞かされているだけで、姿をみたことは一度もないが、気配は感じる。だから悪いもんじゃないというのはわかる。」


じいちゃんは、にやっと笑って、またぼくの背中をぱんぱんとたたいた。

じいちゃんに背中をたたかれる度に、体中がポカポカしてきて、不思議と怖さは消えていった。


実は、この家では変わったことが度々起きる。ぼくは密かに妖怪屋敷と呼んでいるくらいだ。だから、いちいち驚いていたらきりがない。どんなことが起きようとも、じいちゃんとばあちゃんは、平然と受け入れてにこにこしているし、深く追及しようともしない。


「もしさ、雪ん子に食事を用意しなかったら、どうなるの?」


ぼくは、ふと思いついてきいてみた。

ばあちゃんは首をかしげた。


「さてねえ。せっかくいらしてくださるのに気の毒なことはできないからね。」


じいちゃんもうなずいている。

ばあちゃんは、訪ねて来た人がお腹をすかせているようであれば、誰彼構わず家に上げて食事をさせる。ホームレスの人や困っている親子に、家庭菜園の作物を分けてやったりすることも日常茶飯事だ。世の中いろいろあるからと、誰でも当たり前に受け入れてしまう。


「ばあちゃんは戦争を経験しているからね。ひもじいことの辛さは身にしみて知っているんだよ。だからお腹をすかせた人たちを放ってはおけないのさ」


以前、知らない人が居間で食事をしている光景にびっくりして立ちすくんでいたぼくに、じいちゃんはそう言った。


そんなお人好しだから、雪ん子に食事を用意しないなんてことは考えたこともなかったに違いない。

悪い人が来たらと思うと少し心配にもなるけど、ばあちゃんのおかげで守られているものが、結構あるんじゃないのかなと思う。


突然、静かな居間に電話のベルが鳴り響いた。


「うわあああ。」


ぼくは驚きのあまり大声をあげて、掘りごたつを飛び出してしまった。

電話をとったばあちゃんが、ゆっくり笑顔で振り返った。


「知哉、ああよかったね。妹だって。お母さんも元気だって。あんたお兄ちゃんになったんだよ。よかったねえ。」


じいちゃんは、またぼくの背中をぱんぱんたたいた。


「ほれ、雪玉のご利益がさっそくだ。雪ん子が、雪と一緒に赤ん坊を連れて来てくださった。ありがたいなあ。」


電話は父さんからだった。

お母さんの具合が悪くなって、冬休みに入る少し前からぼくはじいちゃんの家にあずけられていたのだ。 


今年のおそい初雪と同じように、予定よりも遅れて生まれたぼくの妹。

名前は「ゆき」に決まったらしい。

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