拝啓、深海より!

チモ吉

『裏生徒会』?

起――1

「どーも。ようこそ『裏生徒会』へ」


「あ、自己紹介とかはいーよベツに。キミ個人に対してワタシは興味ないし。そんでもって、どうやってここを知ったかとか、そういう面倒な過程だってどうでもいい」


「ワタシが知りたいのはキミが何故この『裏生徒会』にやって来たか、それだけ。単純明快、分かりやすくっていいでしょ?」


「あ、そうだ。まずはこの『裏生徒会』のルールを説明しよっか。そう難しい話じゃないし、どうあってもこのルールは破れないから説明する意味なんてないのかもだけど。ま、一応の説明責任ってヤツ?」


「その1。ここでの会話は他言無用。要するに、キミの『裏生徒会』への相談事だったりワタシのコトだったりは話しちゃダメ」


「その2。相談内容は悪事に限る。これも簡単、誰かが不幸をおっ被るか、被害を受けるか、傷つくか。結果的にそういう結末になるような相談しか受け付けないよ。もっとも、ここに来れた時点で相談内容が悪いコトなのは明らかなんだけど」


「その3。コッチの事情には不干渉。『裏生徒会』について知ろうとしちゃいけない。これもまぁ、知ろうとする意思すら持てないだろうから関係ない話かもだけど一応ね」


「最後にその4。行う悪いコトには絶対にフィアーズ・フェノメノンを使うコト。キミのソレがどんなモノなのかは知ったことじゃないけど。そんでもって、キミの相談内容に沿った力をキミが持っているかなんてワタシは知らないけど」


「……うん。分かってたコトだけど了承がとれて何より。同意って大事だからね、何事においても」


「キミはこの『裏生徒会』に相談しに来た。そしてその内容は悪いコト。ここでのルールにも同意した」


「つまり、キミが今から行う行為の責任は全部キミにある。罪はキミにある。どんなコトが起きてもキミの所為。だって、ワタシはただキミの相談に乗っただけだから」


「さて、回り道だったけど本題に入ろっか」


「キミは、どんな悪い子なの?」


――――


 時刻は夕暮れ。ワタシの苗字と同じ夕暮れ。

 大気中のめっちゃちっちゃい粒子に青い光がぶつかって弱まることで、相対的に空が赤く紅く染まっていく時間帯。たしか、原因はレイリー散乱って現象だっけ?


 私立閂学園高等部2年2組。理系の特進クラスとして設置されたその教室で、吹奏楽部の奏でる音楽や運動部の活発な声をBGMにしてワタシは1人、春の空の移ろいゆく色合いを楽しんでいた。


 部活動の喧騒はあれど、久々の平穏だった。思えば、この学園に入学して1年。色々なことがいっぱいあったなぁ。

 色々ありすぎて、語ろうにも語りきれない。というか、語るのがメンドい。


 イベント、厄介ごとというモノには常に不幸や被害が付きまとう。全くイヤなことの起こらない日常なんてないし、それこそ非日常であれば日常の比ではない程の不幸がたっぷり。結果的に万々歳、円満解決ハッピーエンドであったとしても、その過程では必ずと言っていいほど誰かの、あるいは自分の不幸が存在する。


 他人の不幸は蜜の味。とは言うものの、実際自分が不幸な時にそれを他者が楽しんでるって考えると、とてもイヤな気分になる。


 そういう意味では、ワタシはとても主人公にはなれそうにもない。だって、他人がワタシの人生を物語として楽しむ――つまり、ワタシの不幸を見知らぬ誰かが美味しく戴くなんて、とてもじゃないけれど耐えられない。最悪。

 漫画でも、アニメでも、映画でも、ドラマでも、小説でも。媒体はなんだって、そういう風にワタシの不幸が他人に『消費』されるという事実には嫌悪感を抱かざるを得ないって。そう思う。


 いつだって、誰だって。『消費される側』よりも『消費する側』でいたい。つまりはきっと、そう言うコト。こっそりと書いていた日記を読まれるよりも、その日記を読む誰かの方が誰だって良いに決まっている。


 だから、ワタシは思い出しかけていたその怒涛の1年間を語らない。それ以前のワタシの人生も語らない。もしこの世界が創作物だとしたならば、きっとワタシは最悪の語り部となるのだろうな、なんて思ってみたり。

 ま、そもそもここは現実だし。仮に創作物の中なのだとしても、『主人公』は別にいるんだろうけれど。


 少年少女と呼べる年頃の生徒達の声を聞きながらぼんやりとそう考えていると。


「ミライちゃん、なにしてんの」


「……黄昏れてんの。夕暮れだけに」


「なにそれ、めっちゃつまんないジョーク。つまんなさ過ぎて逆にウケるぜ」


 この喧しい静寂、騒がしい孤独感に全身を浸していたワタシに声をかけてくるヤツが1人。窓際のワタシの席。その場所から動くことなく、視線すら動かさずに答えたワタシの言葉に辛辣な返答をしてくるヤツ。


「夕暮ミライだけに黄昏れって。ミライが黄昏れってラグナロクかなんかかよ」


「起こそうかな、ラグナロク。ラッパ吹くためにスイ部入らなきゃ」


 ワタシこと夕暮ミライの軽口に呆れたため息を返してくるのは、ワタシの唯一と言ってもいい女友達。かつて『主人公』であった、ワタシの親友。


 16歳の春という文字通り青春真っただ中を、貴重な女子高生という時間を無為に浪費し続けるワタシに付き纏う悪友。

 柊ユキネ。2年1組。隣のクラス、文系特進クラスに所属するカッコいい感じの女の子。


「ユキネこそなにしてんの」


「アタシ? アタシも黄昏れてんの。どっかの誰かに目標ぶっ壊されたからな。その目標の為に使うはずだった時間が有り余ってんの。だから、黄昏れてる」


「なにそれ、皮肉? 嫌味?」


「ショージキな所感」


「もったいな。若さって資源は有限なくせに勝手に減ってくんだから、有効活用しなきゃ」


「例えば?」


「……パパ活とか? 最近流行ってるんでしょ?」


「初手それかよ」


 いいじゃん、パパ活。若さの有効活用じゃん。時間潰せてお金まで貰えるとか、サイコーじゃん。したことないけど。


「で?」


「……で?」


「いや、だから本音のトコだよ。ミライちゃんが無意味に時間潰してる訳ないじゃん。こんな夕暮れまで教室に残ってる理由を教えろよ」


「理由……理由かぁ」


 尋ねられて、ふと。

 何故ワタシはこんな時間、つまりは7限の授業を終えて1時間ほど経った、帰宅部の皆すらも出て行った教室に残っていたのかを振り返る。


 振り返る、とは言っても大層な理由なんてないんだけどね。

 ただ。そう、ただ趣味のために時間が過ぎるのを待っていただけなのだから。


「……まさか、いつもの趣味か?」


「あ、バレた」


「ミライちゃんさぁ……はぁ……」


 親友であるはずのワタシに対し、嫌悪感マシマシの視線をユキネは向けてきた。酷い。

 いや、うん。酷いというのならばその、今し方彼女が示したワタシの趣味の方が酷いのだけれど。


「今回は何処で? 何時?」


「場所は知らない。時間もまぁ、部活中ってだけ」


「どの部活だよ」


「多分運動部。何が起こるのかまでは分からないけど」


「情報すっくな」


「『裏生徒会』は秘密主義だから」


 私立閂学園高等部。

 この高校には、『裏生徒会』なるうわさ話が存在する。


 曰く、表の品行方正な生徒会では対応できない生徒たちの不平不満――つまりは、悪いコトでしか発散できない欲望、その解放の手助けをしてくれる生徒会なんだとか。

 そして、そこに相談しに行った悪い子の悪事は必ず本人が望んだ形で完遂されるとのこと。


 猿の手、という本人の望まぬ形で願いを叶える怪談があったりもするけれど、それの対偶みたいな位置の生徒会。

 だって、悪い願いを本人の望んだ形で叶えてくれるのだから。逆と裏を重ねた、まさに対偶。


「つっても、所詮はうわさだろ?」


「そう。所詮ただのうわさ話。実在するのか。したとして、何人の組織なのか、どうやって願いを叶えているのか、さっぱり分からない。分かってない。だって、表に出ないのが裏だから」


「……あると思うか?」


「あるよ。火のない所にも煙は立つかもしれないけれど、煙が出ている所には大抵火が付いているから」


「ミライちゃんがそういうなら、きっとそうなんだろうな」


 ユキネはワタシの言葉に頷く。


「そう全肯定されるとむず痒い」


「肯定してねぇよ。否定しに行くんだよ今から」


 否定。つまりは『裏生徒会』の存在の否定。

 悪い子に悪いコトをさせない、というコトだ。


「……また? 今から?」


「また。今から」


「無駄だと思うけど」


「無駄じゃねぇ」


「ぐぇ」


 そう言うとユキネはワタシの襟首をむんずと掴んだ。同じ女性とは思えない力で引っ張られたワタシの制服はワタシ自身の首を絞め、中々に可愛くない声を出させた。


「……え。ワタシも行くの?」


「当たり前だろ」


「ワタシ的には、外から成り行きだけを見守っていたいんだけど」


「ダメ。つーか、少ないって言っても情報持ってんのはミライちゃんしかいないんだから。無理矢理にでも引っ張っていく」


「現在進行形じゃん。ワタシに抵抗する権利は」


「あ?」


「……酷い」


 形だけ、口先だけの抵抗をしつつ、ワタシは彼女に引きずられるような体勢で教室の外へ引っ張り出された。


 ま、これは正直予想通りの展開なんだけど。彼女が教室に現れた時点で想定内。伊達に親友してないってコトだよね、うん。

 正義感溢れる彼女は不幸になる誰かを見捨てられない。悪いコトをする悪い子をとっちめてやらねば気が済まない。まさに正義。まさに正しさ。『主人公』だっただけあるよ。


 そんな彼女と比べワタシはというと、なんと悪辣なコトか。


「今日やってる運動部は?」


「グラウンドは全部野球部の日、サッカーとかラグビーとかソッチ系はお休み。体育館はバスケとバレー、武道館の方では柔道部。水泳部は休みだからプールは行かなくて大丈夫」


「おっけ。素直に吐いてくれて助かるぜ」


「まぁ、親友だからね」


「その親友から一言。ミライちゃんの趣味はあんまりにも酷いぜ、どうにかなんねぇのか」


「なんない。本質的に、人間はきっと誰かの不幸を美味しく感じる悪いヤツだから。性悪説論者なので、ワタシ」


 スラスラと把握している活動中の運動部を聞き、ワタシを引っ張ったままユキネは廊下を進む。ワタシの言葉を疑う素振りを見せないその様は、まぁなんというかいつものことだ。


 つまりは、だ。

 ワタシの趣味。それは他人の不幸を観賞すること。

 他人の不幸を食べ、『消費する』ことなのだ。


 我ながら、なんとも酷い趣味だとは思う。思うけれど、趣味なのだから、そういう感性を持ってしまっっているのだから仕方がない。うん、仕方がないコトだ。

 それに、ワタシ自身が直接誰かを不幸にして楽しんでいる訳じゃない。誰もワタシの趣味で不幸になっている訳でも不幸になっている訳でもない。文字通り趣味が悪いだけで、ワタシは悪くない。


 それ故に、その趣味が故に。

 他人の不幸を追い求めるワタシの趣味に、『裏生徒会』といううわさ話程度にしか過ぎない存在は実にありがたい。

 なにせ、悪い子に悪いコトをさせて不幸を生み出してくれる生徒会だ。文字通り、ワタシの為の存在であるかのような生徒会だ。


 そしてまた、先ほどのように学園で行われている部活動についての情報をワタシが把握しているのもその趣味のためだ。

 何時、何処で不幸が起こったのか。その実情は、原因は、背景は、それが与える今後の影響は。そういった不幸を味わうための情報をワタシは把握している。この閂学園高等部に限って言えば、全ての情報を掌握しているとさえ言えるかもしれない。


 なにも部活動に限った話ではない。教師や生徒の個人情報、人間関係、施設の構造といったあらゆる情報にワタシは精通している。


「まったく。その賢い頭をもうちっとマシに使えねぇのか」


「使ってるよ。全国模試ピッタリ1万位。確か今年は100万人くらい受けてたらしいから、多分上位1パーセント」


「頑張れば1位目指せんだろうが」


「1位は無理。だって、ウチの生徒会長がそうだから」


「……あぁ、そうだったな」


 そんなことを話しながら、ワタシ達2人は下駄箱で土足へと履き替えると校庭へと向かった。


「校庭からなんだ。武道館とか体育館は?」


「ミライちゃんが最初に挙げたのが野球部だったからな。それに、教室の窓から見えんのは校庭だけ、武道館とか体育館は教室に居ちゃ見えんだろうが、この大噓吐き」


 おっと。

 どうやらワタシの姑息かつ小賢しい、文字通り時間稼ぎにしかならない論術を彼女は看破していたみたい。


「大正解。今日の不幸は野球部。流石親友、ワタシをよく分かってるね」


「そいつはどーも」


 そうして辿り着いた校庭。

 活動中の野球部。


「だけど、タイムアップだったね。不幸は起こった後だった。ユキネはもっと早い時間からワタシの元に来るべきだった。あーあ」


「……生徒会の方で仕事があったんだよ。これでも副会長だかんな」


「ご立派。でも、もしもの可能性だけど。そのお仕事を放り出してたら今回の不幸は未然に防げたかもしれないよね。かもしれない、だけど。ユキネは悪くないけど。それでも、起こらなかったかもしれない」


「イヤな女だな、ミライちゃん」


「悪女ってなんかセクシーじゃん」


「悪女ってかフツーにイヤな女だわ」


 ――誰かが振った金属バット。それがすっぽ抜けたのだろう。そして、不幸にもそれは1人の高校球児の肩に直撃していた。

 エースで4番、なんて漫画みたいな選手じゃない。どこにでもいるような、そんな球児。公式戦でベンチに入れるかどうかってくらいの、悪い言い方をすれば正直言って大したコトない選手。誰に恨まれるでもない、そんな平々凡々たる彼の肩。


 そんなありふれた不幸、不運、悲劇。


「さて、ユキネちゃん。この不幸を止められなかった無力なユキネちゃん」


「……ちゃん付けすんな。なんだよ」


「いつもの様に、真相究明といきましょう。この不幸の原因は。この不運で利を得たのは誰か。誰が、何故、どのようにしてそれを起こしたのか」


 不幸は、外側だけじゃ美味しくない。まるで卵。

 中身まで――真相を知ってこそ、美味しい不幸だ。

 ミステリー、ホラー、サスペンス。その手の創作物だって、事件の外側だけじゃ味がしないのと同様に、中身まで味わってこその蜜の味。


「下校時刻までには完食したいよね」


「あと30分じゃねぇか」


 30分。

 真相の解明には十分な時間じゃない?

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