魔本師サリーと女騎士エレン②

 ついつい私が話し過ぎてしまった後、私たちはそれぞれ仕事をこなしていた。


 エレンは品出し、私は売れ残りの魔本の処理だ。カウンターにて、倉庫に戻すもの、処分するもの、寄付するものなどに分けていく。


「サリー殿! ちょっと聞きたいことが」

 エレンが私を呼んでいる。「今行く~」と返し、手に持っている魔本をさっと仕訳けた。


 ――私がエレンを雇うといったとき、彼女は目を見開いて驚いていた。かたくなに私のお誘いを断っていたが、しつこく交渉(向こうからの話は聞かない)をしていたら了承してくれた。


 彼女はご飯を食べさせてもらい、あまつさえ住まわせてくれるなど……という感じだったが、働き始めてからはや三日、仕事に精を出してくれているようである。


 実際、私一人だけでは辛いところがあった。魔本の手入れや判別などはできても、力仕事が辛いのだ。魔本は一度に沢山運べないし、一番高い棚への品出しも辛い。動けるのが私だけになってから、師匠が引退してから、どうにも手が回らないことも多かった。

 

 エレンにはそれが出来る。


 それに、エレンは騎士だ。前衛が居れば安全に、自ら遺跡へ魔本を仕入れに行ける。


 エレンは相変わらず魔本へのアプローチは乏しい。しかし、仕事は真面目にやってくれ、覚えも早い。共同生活にも問題はないし、むしろ楽しかった。


 だがそれが逆に不安になってしまう。

 騎士家での話をしたときのあの悲痛な面持ちを思い返す。さらに、それをごまかすような明るい口ぶりも。彼女はそれを塗りつぶして上書きするために仕事に精を出し、笑っているのではないか。心の中では黒い渦が消えていないのではないか。そう思えて仕方がないのだ。


 無理やり押しつぶした不安はいつか爆発してしまうだろう。上書きはしてはいけない。適度に吐き出すべきなのだ。


 しかし、そんな思いは私がエレンを信頼していないから浮かぶのではないか、と考えてもしまう。


 これ以上は触れてくれるなという空気の味は三日前でもしっかりと覚えている。


 ――いつか話してくれるのだろうか、そんな風に信頼関係が気付けるのだろうか。


 エレンを見ていると、そう思ってしまうのだ。


 でも、この胸をチクっとする感じはなんだろう――。


 ………。


 って、出会って三日じゃ重すぎるかな。


「エレンさん、どうかしまし――」

 カランコロンとミミズク型の鐘が鳴る。来店を知らせる音だ。


「「いらっしゃいませ~」」

 お客さんは30代くらいに見える男性だった。店内を見回すと、私とエレンの間で視線をいったり来たり。


「今日はどのようなご用件でしょうか」

 エレンが前に出て尋ねてくれる。


「魔本の修正を頼みたいのですが、店主さんはいらっしゃいますか?」


「私が店主です。その仕事、承ります!」

 これはエレンに魔本の魅力伝える絶好のチャンス!

 この機会を逃すわけにはいかない。


「エレンさん、私の仕事ぶりを見ていてくださいね!」

 ずばっと指をさすと、「う、うむ」とエレンは困惑しつつもうなづいてくれた。

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