第百五十四話「最愛」
剛剣のキロと風神のヘクト。どちらも高名な冒険者だ。二人は魔王を倒すために故郷を旅立ち、その旅の途中で出会って結ばれた。
しかしその後、突然消息をたち行方不明になった。やはり噂通り魔王に殺されていたのか。
「さて、絶体絶命の状況ですが、どうしますか」
レイスはそう言うとにやりと笑った。
「どうする?」
ウィズは首を傾げた。質問の意味が分からなかった。
「大人しく降参するなら、痛みのない方法で葬って差し上げることが出来ます。私としてもそれが一番嬉しいのですが」
レイスがわざとらしく申し訳無さそうな口調でいうと、ウィズはギロリと睨んだ。
「そのゴミみたいな提案を、私が受け入れると思うか?」
「仕方ないですね。では、力尽くでいかせていただきます」
レイスが右手を上げると、右に立っていた剣士、剛剣のキロが動き出し、ウィズに向かって斬り掛かってきた。
キロの剣は素早く、重かった。ウィズはその一撃を避けることも、防ぐことも出来なかった。
片手で繰り出された袈裟斬りは、ウィズの体をあっけなく両断する。
「おい! もう少し浅く――」
出来るだけウィズに傷をつけたくないレイスがそう文句を言う前に、斬られたウィズの体が霧散し、それが幻影だったことが分かる。
「相変わらず、卑怯な戦い方をしますね」
レイスは苦々しく呟いた。
「どの口が言うんだ」
ウィズが言い返す。その声は上から聞こえた。
行きしなにヒイロに伝授してもらった浮遊魔法を、ウィズは早速活用していた。
「猪口才な」
レイスは、今度は左手を上げた。すると、左側に立っていたヘクトが動き出す。
ヘクトが左手を手刀のような形にし、宙に浮かぶウィズに向けて振ると、たったそれだけで、人体を容易く両断出来る程の威力を持つ風の刃が、ウィズに襲い掛かる。
風刃。ヘクトの得意技だ。
しかしその魔法はウィズに命中することはなかった。
ウィズは杖を背中に背負い両手を空けると、懐から魔石と魔導書を取り出した。魔導書のページを開き、そこに魔石を押し当てる。
「お前らの魔王は、あまり頭が回らないらしいな。ここに来るまでに、魔石が盗み放題だったぞ」
魔導書が光り、光の壁が現れる。開いたページにかかれていたのは、大量の魔力を要する代わりに、強力な魔法壁を作り出す魔法陣だった。
ウィズは自分の魔力を一切消耗せずに、それを発動した。
生成された防壁は、ヘクトの風魔法を完全に防いだ。
しかし、無詠唱の魔法使いが、たった一撃だけで攻撃をやめるわけがない。
ヘクトは今度は人差し指と中指、親指を立て、手銃を作る。それをウィズに向けると、「パン」と小さく呟いた。
風弾。これもまたヘクトの得意技だった。極限まで圧縮された空気の弾丸が魔法壁に命中すると、壊れはしなかったものの、壁に
しかしウィズはまったく慌てることなく懐から新たな魔石を取り出し、再び同じように魔導書に押し当てる。すると魔法壁の罅が修復された。
「そんなことをしていても、無駄に魔力を消耗するだけでしょう。地面に降りてきて、正々堂々と戦ったらどうで――痛っ」
ウィズは無視して、使い終わった魔石をレイスに投げた。
「パン、パン、パン、パン」
両手に手銃を構え、ヘクトが風弾を連発する。その度に魔法壁に罅が入るが、ウィズはすぐに魔石を使って修復した。
「このままじゃ埒が開かないですね。仕方ない」
レイスは再び右手を上げた。ヘクトが魔法を使い始めてからピクリとも動いていなかったキロが、再び動き出す。
魔法壁は魔法を防ぐことが出来るが、剣の一撃は防げない。
キロは、宙に浮かぶウィズを見上げると、地面にしゃがんだ。
「何をするつもりだ? 獣人族じゃあるまいし、人が重い剣を持って飛べる高さじゃないだろ」
部屋は天井がかなり高かった。ウィズが宙に逃げる手段をとったのもこれが理由だ。
「いいですか? あくまでも浅めに斬るんですよ。四肢を斬ったりなんかしたら許しませんからね」
レイスが叫んだ直後だった。
筋肉の塊のような男が跳躍すると、大理石の地面に深く足の跡が残った。
キロは楽々とウィズの高さまで飛び上がると、構えていた剣でウィズの身体を深々と切り裂いた。
四肢を斬る、どころではなかった。剛剣は、ウィズを上半身と下半身に両断した。
「ゴラアアアアアッ!!」
レイスは低い声で怒鳴った。しかし、その怒りはすぐに困惑に変わる。
ウィズの死体が動き出したからだ。
上半身と下半身に両断されたウィズの死体は、地面に落下すると破裂して、いくつかの肉塊と血の海になった。それらがぐちゅぐちゅと移動し、一つの塊になると、蕾のような形になり、大きな赤い花が咲いた。
「これも幻影魔法か。一体どこにいるんだ」
レイスはそういうと、部屋の中をきょろきょろ見回した。
「ここだよ」
声は再び上空から聞こえた。
見上げると、ウィズは先ほどまで見えていた位置と反対側の宙に浮かび上がっていた。
「空を飛んだ上で、幻影をもう一体出していましたか。それも幻影かもしれませんが」
「いいや。こっちはちゃんと本体だよ」
そう言うと、ウィズはゆっくりと地面に降り立った。
「少し背が伸びましたか?」
レイスが尋ねた。実際、ウィズは背が伸びたというよりは、全体的に成長し、着ていた服が少し小さくなっていた。
「気のせいだ」
ウィズは端的に答えた。天井を見上げて、語りかけるように続けた。
「もう状況は分かったな。ここからは任せるぞ」
そして、眼を瞑る。
「なんの真似です? ああ、そうか。大人しく降参する気になったのですね。それならば話がはや――」
レイスがそう言いながら、ウィズの方に近づきかけた瞬間だった。
ウィズの眼が開き、先程までと様子が変わり、ガサツに笑い始めた。
「ったく。相変わらず人使いが荒ぇ。いくらなんでも無茶ぶりすぎだろ。あ、この場合は魂使いか? まあなんでもいいか」
「貴様、誰だ!」
レイスが叫ぶと、ウィズはふふふと、わざとらしく怪しげに笑った。
「誰だってお前顔見りゃ分かんだろ。どっからどう見てもウィズちゃんだろうg」
言う途中で、ウィズは自分の頬を自分で殴った。それは、まるで誰か別のものに体を操られているような容赦のなさだった。
「ちょ、あんたこれ自分の顔だろ。いいのか? あとで痛いの自分だろうが。分かったよ。名乗ればいいんだろ」
ウィズは恥ずかしそうに頭をポリポリと掻き、血の混じった唾を吐いたあとに言った。
「ハザンだ」
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