第三話「最強の剣をくれ」
気づけば、奈路は二本の足で立っていた。口から吐き出した血は、黒色の学ランに一滴も付着していない。
口を触るが、湿った感じはなく手に血はつかなかった。
足を上げ、踏み下ろす。地面がある。しかし、視覚的には何もないように見える。
なんせ上を見ても下をみても、すべてが白一色。地面すら視覚的には見えないのだ。しかし。立っている。地面がある。頭がおかしくなりそうだった。
「こほん」
わざとらしい咳払いが前方から聞こえる。
見ると奈路と同年代ほどの少女が、半透明の椅子の上に座っている。
少女はギリシャ神話を中途半端にモチーフにしたようなキトンを纏っていた。
その姿を見て奈路の脳裏に|過(よ)ぎったのは、読んでいた異世界小説に出てくる、主人公に都合のいいチート能力を与えてくれる神様だった。
その少女は、しかもこんなことを言った。
「|奈路(なろ)|安智(やすとも)さん。あなたは女神の遣いに選ばれました」
奈路は我慢できずに呟いた。
「つまらない異世界小説みたいなセリフだな」
その言葉を聞くと、女神は目を光らせた。
「そのとおり。異世界小説です。あなたには今から異世界に行って、魔王を倒してもらいます」
「はぁ?」
女神を名乗る少女の隣に翼の生えた少年が現れた。少年はアイドルのように整った顔をしていたが、年格好は小学生ほどに見える。
それは、女神の要領を得ない説明に呆れたオルファス天使長だった。
「いきなりこんなことを言われて、さぞ混乱していることでしょう。トラックに轢かれてしまったことは覚えていますか?」
「はぁ、まあ」
「女神の遣いとなる候補者は、現世の死者の中から選出されます。選ばれた者は、女神から協力な能力を授かり、その能力を使って、現世に直接干渉することができない女神に代行して、女神の願いを叶えます。ここまでは理解できましたか?」
「要はパシリってことか。能力っていうのがどんなものか気になるな」
尋ねると、女神が割り込んだ。
「だから異世界小説よ。チートよチート。魔王を簡単に倒せる能力を与えるから、それを使って、ちゃちゃっと倒してきてってこと」
奈路は頭を抱えた。
「最悪だ。死ぬ間際にあんなゴミみたいな小説読んだせいだきっと」
「最悪ってあんたねえ。大抵の候補者は平気なふりして、鼻の穴ヒクヒクさせて、内心めちゃくちゃ喜んでそうなのが伝わってくるのよ。でもあんたそれ本気で言ってるわね。新しいわ」
奈路とは対象的に、女神は生き生きとして嬉しそうだった。
「てか、あんた。さっきから
奈路が
この不思議な白い空間に全く似つかわしくない、事務的な物質だった。
「別にいいでしょ」と女神が誤魔化したが、少年が言った。
「異世界小説です」
「異世界小説?」
「この方は、世界の管理者としての役目にかこつけて、選ばれた候補者達の行動をトレースして、あなたが存在していた世界の小説投稿サイトに、異世界小説を投稿しているんです」
「異世界小説って、どんなのだよ」
「読む?」
女神は少し恥ずかしそうにパソコンを渡した。
画面には奈路が死ぬ間際に開いていた小説投稿サイトが映っていて、ちょうど女神の作品を開いているようだった。
「本当に投稿してるのか。しかもあそこかよ」
「『全能力値カンスト!?最強ステータスで異世界チーレム』」
「ちょ、タイトルとか読み上げないでよ。恥ずかしいから」
「『メガ女神ん』。名前ダサ」
「人のペンネームにケチつけないでよね」
奈路はその後無言になり、10分ほど小説を読んでいたが、やがて顔をあげた。
「どうだった?」
女神がワクワクしながら尋ねる。
「クソつまらん。なんじゃこれ。主人公全くピンチにならないし、ヒロインはアホみたいに簡単に主人公に惚れるし。あとなんでこいつ貰った能力使ってるだけなのに、こんなに偉そうに出来るんだよ。現実じゃ誰にも相手にされない気持ち悪いやつがイキってるみたいで、読んでて吐き気すら覚えるね」
そんなに言われると思っていなかった女神は、流石に目を細める。
「書いた本人目の前にしてよくそこまで言えるわね」
「お前が感想を求めたんだろうが」
「まあ、アンタは今からその小説の主人公になるわけだけどね」
「いい性格してやがるよな本当、女神さまなだけあるわ」
「なんとでも言いなさーい」
奈路はものを考えるときの癖で、口を手で覆った。女神ではなく少年の方に話しかける。
「そういえば、さっき俺のことは
「ええ、可能ですよ」
少年が答える。
「え? もしかして断るの?」
女神が言った。
「当たり前だろ。こんな気持ち悪いことやってたまるか。さっさと元の世界に戻しやがれ」
奈路はラップトップPCに映る女神の小説を指差しながら言った。
「無理よ。戻すこと
「じゃあどうすればいいんだよ」
「方法が一つだけあります」
少年が言った。
「魔王を倒してください。そうすれば、報酬として一つだけ願いを叶えることができます」
「本当か?」
奈路が尋ねると、女神が答えた。
「本当よ。女神の遣いとして無事役割を果たしたものには、なんでも一つだけ願いを叶えることが出来ます。当然、元の世界に無傷で戻るなんてことも可能よ」
「なるほど」
「まあ今までそんなことを頼んだ候補者なんて居ないけどね。あんたもその意地がどこまで持つもんだか。歴代の女神の遣いは、みーんな任地の異世界で、魔王を倒したあともよろしくやってるわ」
女神がそう言うと、実は女神より年上の少年が付け加えた。
「居ることには居ますよ。彼以外には居ませんけどね」
「どういう意味?」
女神が尋ねると、少年は口を噤んだ。
「つまり元の世界に戻るには、魔王を倒すしかないってことか。貰う能力っていうのは、ある程度こっちの希望が通ったりするのか?」
「そうね、どんなものかは候補者が選べるわ。ただ形式に依らず、能力の絶対量としては、確実に魔王を倒せる程度のものになるけどね。どんなのがいいの?」
「剣をくれ。最強の剣な。持ってるだけでその世界で最強になれる、頭の悪そうなやつがいい」
奈路がそう言うと、女神はほくそ笑んだ。
「オーケー、大丈夫よ。意外とノリノリなのね」
女神は自分の身に纏う布のような衣服の、深い袖に手を入れると、青白く光る両刃のロングソードを取り出した。
指を鳴らすと、抜身の剣は鞘に収まる。
「はいどうぞ。これであなたが最強よ」
奈路は受け取った剣を背中に背負う。女神の表情にはムカついたが、一つ考えがあった。そのために我慢する。
「そうだ。もう一つ、決める必要があるわ。その姿のまま行く異世界転移コースと、現地人として赤ちゃんからスタートする異世界転生コースがあるけど、どっちにする?」
「異世界転移コースで。とっとと終わらせたい」
奈路は即答する。
「そういうと思ってたわ。じゃあ、とっとと飛ばすわよ」
女神は両手の指を組み、目を閉じた。
何語か分から無い呪文のような言葉を唱えると、奈路の足元に魔方陣が現れた。
魔方陣は中心に描かれた五芒星を中心に光り始め、すぐに奈路はその光りに包まれた。
「いってらっしゃい」
まばゆく輝く光にむけて、女神は目を閉じたままつぶやいた。
次に目を開いた時には、既に奈路は女神の魔法によって、剣とともに異世界に飛ばされたあとだった。
少年のような見た目の天使長は、やりとりが終わると深くため息を吐いた。
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