第61話 アンダー・ア・バーニング・スカイ(3)【EW-B-8】

 アーセナル・バタフライの通路をアリウムたちは走りながら、時折やってくる警備ロボットを蹴散らす。留まれば、次々とやってくる警備ロボットに押しつぶされる。移動しながら蹴散らすのが最善策というのが防衛チームの「隊長」の結論だった。


「ほかに制御できる場所を探す?」


 アリウムの問いにハッカーが叫ぶ。


「たぶん、同じ手は使えない。使っても、さっきみたいになるだけだ!」

「同意する。もっと別の方法が必要だ」


 ボマーが静かに、だが、はっきりと聞こえる声で言った。


「機関部を破壊するのはどうか」

「ご自慢の火薬でどかーんってか」


 クラッカーの冗談にボマーはしばらく考えるそぶりを見せて、


「艦橋が焼けたから、やれるかもしれない」


 少なくと艦橋内の機材にダメージは与えられた。外の装甲に比べて柔らかいのは間違いない。しかし、機関部はどうだろうか。金属か何か頑丈の素材の塊だ。果たして、同じように破壊できるのか。


「狙いは機関部でいいと思う。入口を防御チームで固めて、破壊工作チームは手分けして弱点を見つけ出し破壊する」


 エプシロンが乱れた前髪を直しながら言った。


「機関室ならこの通路の先だよ」


 アリウムがマップを見て叫ぶ。エプシロンには文字は読めなかったが、艦橋から船尾まで伸びる通路の中央に赤い帯がある。階層マップを見ると、第1層から第3層まで赤く塗られているのがわかる。いかにも重要そうであり、危険そうだった。


「行くよ、みんな」


 異論がないのを確認して、アリウムたちは機関室に向かった。



 機関室の直前でボマーはセンサー式の爆弾を設置し、機関室に入るとアリウムと隊長は入口にバリケードを作り始めた。その辺にあった資材を持ってきたバッグに詰めて、積み上げている。そこにオフィーリアがどう考えても持ち運べないであろう重機関銃を設置した。三人の後ろでは、クラッカーとエプシロンがコンソールの前で、何か言い合いながら作業をしている。


「あ、お前、あんとき、俺を殺したやつ」


 土嚢代わりのバッグを持ってきた青年がアリウムを見て叫ぶ。


「初心者狩りしてるからだよ」

「選んで殺すのが上等かね」

「ボクの趣味だよ」

「ネギ坊主、やりあうなら外でやってくれ。ここは俺たちとこのガンナーに任せておけ」


 奥のほうでは、ほかの者たちがチーム関係なく、機関の構造を調べている。


「消化器官か脳か……だな」


 誰かが呟く。曲線の配管が複雑に絡み合っている様子はどちらにでも解釈できる。


「脳だよ、これは」


 エプシロンがコンソールから目を離さずに言った。


「巨大なエーテルリアクターと推進器を操作するための脳さ」

「じゃ、俺たちはこのバカでかい蝶のロボトミーするわけだ」


 ハッカーの言葉にエプシロンは淡々と返す。


「ロボトミーはさっきしただろう。艦橋を破壊したんだから」

「じゃあ、これからやるのはなんだ。――外部環境データを見てるな、こいつ。もちろん、内部もだ」

「なら、欺瞞データを流し込む、温度センサーを小細工する、そういったことで異常事態と認識させれば、緊急停止するはずだ」

「あーセル・バタフライが原型をとどめたまま残れば、新たな火種になりますよ」


 オフィーリアの言葉にエプシロンは唸る。


「派手に自爆させたいが――」


 クラッカーの言葉にアリウムは閃いた。


「エーテルリアクターで常に大量のエーテルを推進器に送り込んでるんだよね?」

「機体中央の空洞で亜エーテルをエーテルに変えて、そのまま推進力に変換している」

「たとえば、センサーをごまかして、バランスを崩すとかさ」


 アリウムの思い付きにクラッカーとエプシロンは並んで唸る。


「どうやったら爆発すると思うよ、えっちゃん」

「えっちゃんいうな。変換過多にしてやればいいと思う。想定外の量のエーテルを推進力に変換しようとすれば、推進器だけ急加速する。これだけ巨大な機体だ。そんな負担がかかれば、構造体が支えきれずに羽が折れる」

「作戦としてはいいが、どうやって変換過多にさせるんだ?」


 隊長の言葉にエプシロンは即答した。


「もう一回、ロボトミーだ。エーテルリアクターと推進器の制御装置を分断する」


 通路からボマーの設置した爆弾が炸裂した音が聞こえる。警備ロボットがこれから群れのように押し寄せてくる。


「これは、せわしいな」


 エプシロンはオフィーリアの重機関銃の音に硬直気味のクラッカーをつついて、


「続けるよ、くーちゃん」

「もう少しクールなのにしてくれよ」

「音はあってるだろう、だいたい」

「接合部はここだ」


 エプシロンはコンソールから機関部の中枢を見た。コンソールの映像と一致する。


「大当たりだ。破壊すべき部位が見つかったよ」

「では、掛かろうか」


 ボマーは慣れた手つき、ほかのものはおっかなびっくりで爆発物を設置し始める。



 アロー1は空中給油機から燃料を補給していた。安全空域のここまで戦闘の音も気配も感じられない。遊覧飛行をしているようだった。通信を聞かなければ。


『艦橋が燃えているのを確認したが、依然侵攻中』

『突入組はどうなったんだ!?』


 通信は混沌としている。通信先を空中給油機に切り替える。


「そろそろ迎えが必要だ。ちょっと、約束より遅れるだけだ」

『なにが根拠だ』

「願望だよ。――分離を確認した」

『こちらも確認した。安全距離確保。飛んでいけ、アロー1』

「感謝する。アロー1、発進する」


 通信を切り、アロー1は叫んだ。


「感じろ。そして、行動しろ!」


 推進器が竜に似た音を鳴らし、ノズルから青白い炎が大きく伸びる。最大速度のアロー1は安全空域を突き抜け、危険空域に飛び込む。



 バリケード付近は大混戦の様相を呈していた。崩れかかった箇所から警備ロボットが入り込もうとするのをアリウムが剣で切り払い、オフィーリアがアサルトライフルでとどめを刺している。隊長は近づく敵に牽制射撃を続けていた。すでに重機関銃は弾切れで、ほかの武器も弾薬の底が見え始めている。


「これでマガジンは最後だよ。脱出分がなくなる」

「あの警備ロボットから弾は奪えると思います。規格が一緒です」

「そんなゲームみたいな……いや、ゲームか」


 ボマーが叫んだ。


「設置完了した。いつでもタイマーを起動できる」

「アリウム、脱出するぞ」

「隊長、この状態で!?」


 驚くアリウムに隊長は落ち着いた声で言った。


「その場にとどまるほうが不利だと言っただろう?」


 フルフェイスのヘルメットのせいで表情は読めないが、不敵な笑みを浮かべていそう、とアリウムは思った。すぐに武装の状態を確認する。多少、傷はついているが戦闘能力に問題はない。


「脱出するよ、みんな。ボマー、タイマーは11分でお願い」

「セットした」


 バリケードの数歩離れたところで隊長たちが右肩を前にして、バリケードに体当たりをした。バッグとその中身が飛び散り通路に散乱する。なだれ込んでくる警備ロボットを切り倒してアリウムは叫んだ。


「帰るよ!」


 宣言通りオフィーリアは敵から武器を奪い応戦する。横道に入り、外部に向かう。その間も戦闘は散発的に続く。


「残り5分だ」


 ボマーが時間を告げるたびにアリウムは焦りを覚える。敵を切り捨て、走り、切り捨て走り。ハッチが果てしなく遠くに感じる。



「アロー1が急速接近中」


 エリスが告げる。田辺はレーダーにアロー1のマーカーが映っているのを確認すると、道を確保するために急旋回した。


『おまえのところはバカぞろいか?』


 フレア1の問いに田辺は返す。


「大馬鹿ぞろいだよ」


 ついてくるフレア1を確認して、


「お前も立派な大馬鹿だ」

『うるせえ、アロー1を落とすぞ』


 おそらく、アロー1と突入した部隊の合流はスムーズには行えない。アーセナル・バタフライの上に立って護衛に回れる戦力が必要だ。二足歩行できる機兵は最適解だ。


「アンブロークン隊、全機へ。アロー1が迎えに行くぞ、邪魔者はすべて撃ち落せ」


 混成部隊の放ったミサイル群が敵機竜群に命中し、空に赤い花が咲く。



「ハッチだ。みんな、開けるよ。風圧に備えて!」


 軽量装備組が通路の配管や手すりを掴んだのを確かめて、アリウムはハッチを解放した。外から空気が流れ込んでくる。火薬と鉄の焼けた匂いが強い。このまま、外に出ていいのか、というアリウムの逡巡を払うように一機の機竜がふわりと着地した。アロー1だ。ついで、見慣れない二足歩行のロボットが着地した。


「機兵……!?」

「間に当たったか、はやく乗れ」


 機竜の側面にある扉が開き、階段が下りた。軽装組から順に乗り込んでいく。


「アリウムさんも乗ってください」

「離陸の許可はリーダーが出すものだ。だから先に乗れ」


 オフィーリアと隊長の言葉にアリウムはアロー1のハッチ付近で、二人の様子を見ていた。二人は扉から頭を出してくる警備ロボットを撃ち続けている。


「弾はどれぐらいだ?」

「これで最後ですよ」

「全員乗ったよ、二人とも、はやく!」


 アリウムが叫ぶとオフィーリアは扉に向けてテルミット手榴弾を投げ込んだ。数千度に達する熱が扉付近の警備ロボットたちを金属の塊に溶かしていく。二人がそれぞれ座るのを確認して、アリウムは大きく声を出した。


「全員乗機、発進して」

「アロー1、発進する」


 彼の言葉通り、アロー1はアーセナル・バタフライを滑走する。真っ白な装甲の反射光がなければ、滑走路から飛び立ったとしか思えないスムーズな離陸だ。その後は加速、アーセナルバタフライが急速に小さくなる。


「0、どかんだ」


 アーセナル・バタフライの異変がゆっくりと始まった。まず、亜エーテルリアクターの稼働率があがり、独特の動作音が空域に響いた。悲鳴にも聞こえる音だ。続いて、推進器周辺に青白い光が滞留し始める。耐え切れなくなった推進器がまばゆい光とともに爆発、アーセナル・バタフライの巨体が内側から炎に包まれ、崩れていく。


『こちらフローズンアイ、アーセナル・バタフライの破壊を確認した。破片が地上に落下する恐れがある。各機、可能な限り破壊してくれ』

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