第60話 アンダー・ア・バーニング・スカイ(2)【EW-B-7】

 船体表面を気流が荒れ狂う中、隊長が非常用ハンドルを回した。扉が内側に開く。それを合図に一同は素早く中に乗り込んだ。中には白い照明に照らされた通路が続いていた。アリウムはグレーを基調とした金属か何かの素材でできた通路、照明の配置を見てエッジファイターズ戦の後に潜ったダンジョンを思い出した。


「あのダンジョンにそっくりだ」


 隊長は人選を高く評価しつつ、


「お前たちは、ネギ坊主の脇を固めるんだ。間違えても前に出るなよ」


 戦闘は自分たちが請け負い、探索はアリウムに任せるつもりだった。


「了解」

「このパーティ編成してる感じいいな」

「戦いになったときは頼りにしてるからね」


 アリウムの言葉に左右の防護服を着こんだ二人が親指を立て、しかし、次の瞬間に銃を構えた。


「隊長、前方に何かいる」


 右の男が静かにいった。防御チームが破壊工作チーム8名を守るように壁を作る。アリウムとその護衛役に追加2名、左右にそれぞれ2名、後ろに隊長含めた2名。


「照明は消せ。レーダもオフだ。パッシブな方法で見るんだ」


 隊長の指示に従い、皆、照明を消した。通路の照明だけでも十分に見える。人らしきものが歩いてきた。よく見ると、脚は2本だが逆関節で腕は武器と一体になっていた。


「防御を固めろ。向こうが撃ってくるまで手を出すな」


 頭上の天井が火花を散らすのを見て、隊長は追加の命令を出す。


「応戦開始」


 攻撃された敵が砕け、その後ろから通路を埋め尽くす勢いで別の敵の群れが姿を現す。攻撃は続き、残骸で小山ができるがそれを乗り越えて、敵が迫ってくる。


「このままだと身動きが取れない。どうする?」


 破壊工作チームにいる青いサイドテールの少年が小さな声で言った。


「ハッチの並びを考えると、並行している通路があるはずです。ダクトを通って別通路に出ましょう」


 横にいた小柄な少女が通路の天井付近にある金網を指して言う。防御チームの一人が手を伸ばすと金網は簡単に外せた。内部は整備性が重視された作りのようだ。彼はそのまま中を覗き込んで、異常がないことを確認して、


「隊長、いけます」

「こいつらは俺たちがやる。任せろ、頑丈なのが取り柄だ。アリウム、お前が破壊工作チームを守れ」

「わかった。任せて」


 背の高い者や力のある者は率先して、他のメンバーをダクトに届くよう持ち上げる。全員がダクトの中に入ると金網をもとの位置に戻した。アリウムが隊長に名前を呼ばれたと気づいた時には銃撃の音は聞こえなくなっている。攻撃はまだ続いているはずだ。ずしんと低い振動がそれを伝えていた。



 ダクトからアリウムは飛び降りる。似たような通路が広がっていた。先のような敵の姿がないことを確認して、ダクト内のメンバーを呼ぶ。皆がそろりそろりと降りてくる。戦いの心得があるものが周囲を警戒。


「クリア。いこう」


 アリウムを先頭に破壊工作チームは内部構造を把握するべく、探索を始めた。ハッチが外部からの手動操作で開いたことやロボットが巡回していることから考えると、人が乗るものであるに違いなかった。その証のように案内板があちらこちらに設置してある。案内板に書かれている言語は読めないが、英語の変形だろう、と誰かが言った。言われると読めそうな気はしたがそれは得意な人に任せるよう、とアリウムは自身の直感をいう。


「案内板の色分けが正確なら、ここは三層構造になってる。第一層の前部にあるのが操縦室だと思う」

「このサイズだと他にもありそうだな」


 誰かの指摘にアリウムは頷き、言葉を続ける。


「でも、案内板で書かれるぐらいには大事なんだよ」

「目的地がないよりずっといい。まずはここへ向かおう。その間に別の何かが見つかるかもしれない」


 別の誰かがいった。一同は慎重に前進をはじめる。戦闘の可能性があるのはわかった。曲がり角や長い通路で不意打ちを仕掛けてくる迷宮型のダンジョンと違って、このタイプのダンジョンはエリアの境や部屋の出入口にセンサーの類があり、外敵だとわかれば攻撃してくるトラップが多い。今回はあの武装ロボット以外にそういったものはなさそうな気配だ。その分、扉の守りは硬そうだ、とアリウムは考える。


「そのための破壊工作チームだ。色々揃ってるぞ」

「クラッカーから爆弾魔まで揃ってるもんな」

「言語の専門家もいますよー」


 それぞれに得意分野を述べていく。普段の探索ではお目にかかれない構成だ。アリウムはクラッカーがいるなら、爆弾魔はボマーだね、と頭の中であだ名をつけた。


「みんなの出番はボクが作るよ」

「戦力ならほかにもいますよ。室内戦闘も慣れてますので」


 やや右後ろから聞きなれた声がした。


「あれ、もしかして、オフィーリア?」

「お久しぶりです、アリウムさん」


 ギルド戦では何度か一緒に戦ったことがある人物と意外な場所での再会にアリウムは驚いた。エッジファイターズ戦では狙撃チームを率いて敵の魔術師たちを撹乱していた。前線を押し上げるときは敵の歩兵との近接戦に集中できたのだ。彼女たちのおかげだ。


「じゃあ、エプシロンさんもいる?」

「いるよ」


 一番後ろから返事がした。オフィーリアの相棒だ。これだけのプレイヤーが揃っているのなら攻略できる。アリウムはそう判断して前進する。



 アリウムの予想通り、操縦室への最後の直線通路の手前の開けた場所で、武装ロボットの大群に襲われた。アリウムは即座に前に出て牽制する。フォローするように銃弾と炎の弾が大群に叩き込まれた。


「こんなスリリングなシチュエーションあると思うか?」


 クラッカーが興奮を隠せずに叫ぶ。戦闘によるものなのか、未知のシステムをクラックしているからなのか。


「今まさに」


 エプシロンがクラッキングの支援をしながら告げる。そういう機会は人生、何度かあるよ、と心の中でつぶやいた。


「よっしゃ!」


 クラッカーがガッツポーズをとると同時に扉が上下に割れて開いた。ガッツポーズをとっているクラッカーを爆弾魔が抱きかかえて通路に駆け込み、ほかのプレイヤーたちが後に続く。最後にアリウムとオフィーリアの二人が滑り込むとアリウムは即座に扉横のスイッチを叩き、扉は瞬時に閉まった。

 アリウムの予想に反して、敵は現れなかった。操縦室は広く、艦橋と呼ぶのがふさわしい。フロントはガラス張りで外の様子が肉眼でも確認できる。船内や船外の状態を表示する無数のディスプレイがなければ、展望室といわれても納得してしまいそうだ。艦橋中央に他とは違う設備が集中している。誰もが操縦系だと直感した。さっそく、クラッカーとエプシロンが加わり、分析を試みる。


「ぶち抜くか?」

「まずは何かから調べよう。いうことを聞かないなら君の出番だ」

「あいよ」


 二人は今回が初顔合わせだというのに息があった様子で動かしている。破壊工作チームのほかの面々もそれぞれのスキルを活かすべく、艦橋のディスプレイをのぞき込んだりしている。入口の扉付近にはアリウムが警戒し、オフィーリアはその近くで環境全体を警戒している。この部屋に何か潜んでいる可能性を考慮しているようだった。


「みんな、アーセナル・バタフライの正式名称と建造時期がわかったよ!」


 フロント近くのディスプレイでキーボードを叩いていた一人が叫ぶ。


「正式名称はヴィエイター・ステラルム、建造時期は異常地震がはじまったあたりから正体不明機が確認されたあたり!」

「こいつは新造艦なのか……というか、何語だ……?」


 爆弾魔が呟く。


「ラテン語だと思う」


 叫んでいた少女が続ける。


「正体不明機は偵察機なんだ。ギルド戦が行われているかどうかを見て、どうするか考えたみたい」

「考えた結果が更地に戻すか」


 クラッカーは操作を続けながらいった。


「情報は見てもいいが、手出しは許さねえってか。この石頭どうする?」


 エプシロンはクラッカーに問われて答える。


「かち割ろう」

「オーケイ、そうこなくっちゃな」


 うきうきしながらクラッカーはターミナルを起動してコマンドを叩き始めた。通常の作業はGUI、特殊な作業や設定はターミナルで行うようにすみわけされている。作りは市販のOSに似ているとエプシロンは思う。


「管理者権限は奪取できた……」


 扉を開けたときと違いガッツポーズはしなかった。


「これから、攻撃中止命令を出す。命令は、これか」


 誰もがクラッカーを見る。彼も視線が集まっていることに気づいている。


「すんなりすぎる。何か構えてくれ」


 がちゃ、と金属音がした。音の方向を見ればオフィーリアがライフルの安全装置を外したのだ。それを合図に皆が武器を構え、守りを固める。


「構え終わったよ」


 アリウムの言葉を合図にクラッカーはエンターキーを叩く。無音。何も起こらない。成功か、と誰もが思ったときに警報とアナウンスが響く。意味はわからないが警告だと誰もが理解した。


「くそ、根本からプログラムを書き換えやがった!」

「床下から何か来ます。アリウムさん、戦力が足りません」


 通路の向こう扉で爆発音がした。敵が侵入してきたのか、とアリウムが覗くとそこには防護服に身を包んだ集団がいた。


「隊長!」

「アリウムさん、ここは退避を」


 オフィーリアにうながされて、アリウムは叫ぶ。


「みんな、走って。ボマーは爆破の準備を」


 ボマーと呼ばれた男はサムズアップした。艦橋のあちこちに爆発物が仕掛けてある。やってくるかもしれない敵と爆発物の脅威に皆が逃げ出す。装備の多い者は軽装の者が手伝い、攻撃や防御が不得手なものから順に通路に逃していくのはダンジョン攻略パーティの習性が良く出ている。誰も残っていないことを確認してアリウムは通路に滑り込み、叫ぶ。


「ボマー、爆破!」


 無人になった艦橋にテルミット反応の強烈な熱が襲い掛かる。

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