第22話 プライマルスクリーム【G-EX-1】

――5年前、とある村。


「あちこち罠だらけだ」

「これでは、脱出も難しいですよ」

「しかし、ここで身を潜めていても、いずれ見つかってしまう」


 男たちは茂みに隠れながら相談をする。地元の警察から連絡を受け、よくわからない儀式をしている村に被害者を保護しに飛び込んだまではよかった。が、あちこちにある落とし穴や鳴子、村人による包囲網が厳しく、身動きが取れなくなっていた。被害者の少女は隊長各の男の腕の中で意識を失っている。


「やはり、暗示性を高める薬物を使われていたようです」


 採血した血を分析していた女性が声を低くしながら告げる。


「違法疑似魔法事件で確定か」

「どう考えてもろくでもないですね、いてて」


 落とし穴に引っかかった青年が空を仰ぎながら呻く。


「アンドロイドだろ、しっかりしろ」

「痛いもんは痛いんです。……それにこっちのほうが好都合だ」

「好都合?」

「うちのアンドロイドは協定を結んでてですね。戦闘で負傷した場合、助っ人が呼べる」

「助っ人?」


 助っ人を呼んだところで山間部に位置するこの村にすぐに来れるとは思えない。隊長格の男は眉を顰める。


「来ましたよ、切り札が」

『聞こえますか、救出部隊』


 少女の落ち着いた声が無線から聞こえてきた。


 結界があれば通じなくなる無線が今も生きている。要となる少女が救出されたことで結界は消失したようだ。作戦に変更なし、と判断してアルギズは村の上空で減速する。

 背負っていたカイトにも似たUAVが3機、分離して飛び立っていくのを確認。アルギズは愛用のセミオートの狙撃銃を携えて、


「これより戦闘行動を開始します」



「ね」


 アンドロイドの言葉を無視して、男は通信に応じる。


「こちらアルファチーム、感度良好」

『状況を教えてください』

「被害者の確保には成功したが脱出できていない。村の外に出ようとしているが見張りとトラップで身動きが取れない状況だ」

『エイフさん』

「罠探知か、久しぶりなんですよねえ」

『やってください、あなたが適任です」

「了解、罠探知してチームを脱出させます」

『皆さんが脱出する時間を稼ぎます』

「稼ぐといってもどうするつもりだ」


 リーダー格の男が問うと、


『ちょっとばかり、荒らしてきます』


 悪戯っぽさの感じられる声が返ってきた。

 何をするつもりなんだ、とリーダー格の男は力が抜けたが、すぐに気を取り直し、


「脱出だ。エイフ、さっきはわざと引っかかったのか」

「どれぐらいのレベルなのか知りたかったもので」

「食えないやつだ」

「アンドロイドは食用に適しませんよ」


 とやり取りをしていると、遠くから落雷に似た音が聞こえてきた。


「木を倒しているのか、まさか」

『道を塞いだりいろいろやってます。そちらの端末に転送した脱出ルートで脱出してください。護衛に無人航空機もつけていますから、罠さえ引っかからなければ大丈夫です』

 

 脱出ルートは今は使われていない山道を通って麓まで降りるものだ。警備の薄いところをつくならそうするしかない。


『村人が気づいてくれました。不正改造したテクニックデバイスを所持してます』


 通信にざざ、とノイズが混じる。


「大丈夫か!?」

『被弾しました。ダメージはありませんが、これで反撃できます。多少、うるさくなるのでお喋りはここまでです』


 一方的に通信が切られてしまい、あたりは静かになった。


「……急ぐぞ」


 リーダー格の男の言葉に一同は頷き、歩き出す。



 対空砲よろしく飛んでくる火の玉や氷の矢をひらりひらりとよけながら、アルギズは一人ずつ丁寧に非殺傷のゴム弾を叩き込んでいく。当たり所が悪ければ致命傷になりかねない。狙いは正確にしている。


「くそ、空を飛ぶアンドロイドなんているのかよ!」

「あいつ、バリアを持ってるぞ!!」


 地上では村人たちがああでもないこうでもないと騒いでいる。


「今どきはシールドというんですよ」


 ライフルを圧縮空間内にしまうと、代わりに機関砲を取り出して、両腕でホールドする。狙撃銃で危機感を持ってもらえないなら、よりわかりやすい武器を使って降参して欲しい。


「さて、遊びはここまでです」


 トリガーを引くと、毎分6,000発の非殺傷弾が村人たちに降り注いだ。数秒の連射で地上に出ていた村人たちすべてが地面に転がっている。胸の動きを見る限り、全員呼吸はしている。うめき声も聞こえるので致命傷は与えていない。

 突然、シールドが火花を散らした。


「銃もだめか」


 喋らなければ場所を瞬時に特定されることもなかっただろうに、とアルギズは短く溜息をつく。住民の半分ぐらいは状況に飲み込まれてしまっただけなのだろう。それでも、武器を持っている以上は対応せざるを得ない。


『さっきの射撃でもう一段、リミッターの解除ができるようになった。どうする?』


 通信から少年の声が聞こえてきた。この戦いを遠隔地でモニタリングしているアズだ。


「それはまだ大丈夫です。屋内の鎮圧にかかります」

『わかった、気を付けてね』


 アルギズはふわりと地面に着地した。シールドが火花をまた散らす。今度は3か所だ。


「少しは懲りて欲しかったのですが……」


 素朴なつくりの2階建ての家屋の玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。


「武器を捨てて投降してください」


 当然のように家主の返事はない。


「投降しない場合、痛い目を見てもらうことになります」


 やはり、返事はない。ドアノブを回そうとするが鍵がかかっているため回らない。強く蹴ると蝶番から引きはがされたドアがゆっくりと家の内側に向けて倒れる。

 倒れたドアを踏み越えながら、


「お邪魔します」


 と挨拶をして、アルギズは家に入っていく。


 それからアルギズは家に入っては銃だの鉈だの持った村人相手にワンサイドゲームを行い、縛り上げ、外の広場に並べるのを繰り返した。全員片付けたところで無線が鳴った。


「はい」

『脱出に成功した。全員無事だ』

「それはよかったです」

『後片付けに別チームが向かっている。それまでは待機していて欲しい』

「退屈な監視任務、了解しました」


 リーダーの苦笑いが聞こえた気がする。

 空を見上げると、夕日がはっきりと見える。

 戦闘スーツの汚れを払うと、アルギズはゆっくり息を吐いてから吸った。そして、赤く染まった空を眺める。


「綺麗な夕日ですね」

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