第11巡 茅ヶ谷巡の定食熱り
自分と馬場園さんは赤阪さんを放置して、空腹を満たすために2人で食堂へと移動する。そんなときにちょっと虚しいことを思い出したけど、自分が誰かと食事するのってすごい久々だ。下手をすれば新入生のときの交流会以来かもしれない。
「へぇー、茅ヶ谷はBセットにするのか。もしかして和食好き?」
「あ、いえ。和洋に関してはどちらでも……この前がAセットだったので、せっかくだからアルファベット順に制覇してみようかなって」
本当は自分の優柔不断で馬場園さんを待たせたくない意味合いの方が強いけれど、もちろん指摘通りでもある。
じゃあ次に訪れたときはCセットで決まりだなんて、気が和らぐ。
「ああなるほどなー。そういえば、この前決めた演目も確か、アルファベットに関係した事件が起きる物語だったよな?」
「はい。ただ、オマージュとかパスティーシュの域で留まってくれるかどうか分かりません……一応、誰かの作品で披露したトリックそのものを引用しても、盗作とは見做さないらしいのですが……確認と検討は別途したほうが良いかもです」
今話題になっているのは、馬場園さんたちが劇団を立ち上げる前の試金石として公演するための演目に設定について。
自分が一任された範囲は、赤阪さんの勧めもあって脚本とちょびっとだけ演出。役者は馬場園さんを筆頭として、頭数が足りなければ赤阪さんや昔の仲間にも声を掛けるらしいが……その他分野はほぼ馬場園さん1人で作業する。
「著作権とか、そういうのだよな」
「……自分はその辺に詳しくないので」
「オーケー。癪だが赤阪の野郎にも訊いて、最終チェックはしておこうか」
「お願いします」
彼女が心配なのは当然だけど、最低限自分の範疇をこなせていないと、お手伝いとはいえ迷惑が掛かってしまう。
幸いにも物語を自分で考えて制作した過去があったり、単位取得のためのレポートや、早過ぎる卒業論文を形にはしたりと、基礎的な知識なら問題にはならないと思う。
でも一朝一夕で白紙に文字を書き込んだり、設定を構築したり、他分野の演繹まで考えるのは簡単なことじゃない。だから自分はいくつかの有名作品や偉人に影響されたオリジナルストーリーを、一先ず提出して了承を頂いている。引用なら世界観の造詣を共有しやすいらしく、馬場園さんも練習も兼ねて、それ専用の小道具を鋭利制作している……これが遠目でもなかなかのクオリティだ。
「茅ヶ谷?」
「え? はい?」
「ボクも決まったからさ、さっさと受け取って席に着いて話そうぜ」
「……分かりました」
そうして自分と馬場園さんは、それぞれ券売機で購入したメニューのトレーを受け取って、手短な席を選んで隣り合わせに座る。
自分はBセット……この前食したAセットのフライ盛りがブリの照り焼きと温泉卵に置き換わり、漬け物がべったら漬けになっている。和食の真髄が堪能出来そうな定食だ。
一方で馬場園さんは肉うどんといなり寿司。個人的には公共で啜り上げる麺類はなんだか躊躇われるから、その胆力に感嘆せざるを得ない。
「……なんか、交換する?」
「いえ。馬場園さん買ったそれ、まだ食べたことがなかったので、こんな感じなんだなー……て思っただけです、お構いなく」
「そう? ならいいんだが……あむ」
馬場園さんがいなり寿司を軽く摘み上げて、慣れた手つきで口元に放り込む。そして半分ほどまでに噛みちぎって、口腔に入り切らなかった残りをまた摘んで離す。
なかなかにアグレッシブ食べ方だ。
だけど下手な食レポよりはよっぽど美味しそうで、食欲がそそられてくる。
「…………………………食べねぇの?」
「食べますよ……今度は冷める前に」
「ふーん……なんか引っかかる言い方すんな?」
「気のせいです。別に赤阪さんとか、関係ないですから」
「ちっ、またアイツかよ……あとで代わりにとっちめてやるよ」
自分は手を合わせ、箸を右手に持つ。それを真っ先にメインディッシュである、照るブリの身に差し込む。微弱な圧力で簡単にほろけてしまい、それを一口サイズにまで切り取り、丁寧に摘み引き上げ、自分の味蕾に乗せる。
醤油の塩味に砂糖の甘味、それとやんわりと勢力を拡大させる内緒のスパイス。その全てがブリの身に染み込んでいて、まとめて温もりと共に、いっぱいに満たして喉を通って行く……やっぱり料理は、出来立てが良い。
「美味しい……」
「ふっ……そりゃ良かった。どんなに作法を知らなくても、汚らしくても、邪魔されても、美味く食べられたら結局なんでも良くて、最高だからな」
そのまま自分と馬場園さんは食べ進めた。
それはもう黙々と、味わい尽くすように。
やがて馬場園が歯間を爪楊枝でつつき始めたあたりで、ようやく本題に触れる。
「そういや茅ヶ谷」
「なんですか?」
「お前って、やっぱミステリーが好きなの? ほら、クソ赤坂のヤツもそれが最も得意だって——」
ミステリーが好きかどうか?
うん。この際だ、ちょっと話してもいいよね。
「——……好き、なんて言葉で留まってくれたら良いんですけどね。自分のはちょっと盲目的というか、入れ込み過ぎというか、自分の理想を欲したのが始まりというか……そうやって色んな作品を漁っていまして。個人的には探偵役の風貌はスタイリッシュでも、だらしなくても、いざというときに格好良く推理を展開していく様は文章でも、映像でも、素晴らしいんですよね。あと、いわゆる叙述トリックの小説を映像化した場合の演出家の機転とか、加害者と被害者の気持ちまで推し量っているのとかも、こよなく……——」
「——ああ、分かった分かった。お前がミステリーをめちゃくちゃ好きで、恋煩いのように愛しているのがな……つか、そんな饒舌に喋れるんだな、茅ヶ谷って——」
また熱くなってやってしまった。
これを奇行と受け取られ、今まで何人がドン引きしたことか……大学では自制して来ていたのにな。
「——これで文系じゃなくて理系を選択してんのが不思議だな。見た目は文学に精通していそうな感じするし」
「えっと。それは単純に理数系の方が、当時のテストの点数が良かったからってだけなので、あまり深い意味とかはないです。九ノ瀬大学を選んだのも、地元の北海道でも受験可能だったからですし」
正直、文理のどちらが得意かどうかは未だに判別が付いていない。高校時代の進路決定前最後の試験の結果がそうだっただけだ……安直な進路の決め方だって、後にならないと気が付かないものだね。
「ふーん。そういやさっきのミステリーオタクっぷり、赤坂の前でも披露したのか?」
「いや、おそらく言った記憶はないです」
「ありゃ、違うのか……まあなんにせよ、それだけの熱量を秘めてたヤツなら、素人でも赤阪が連れて来た理由が分かる気がしただけだ。ほら、設定を考えるには適任ってもんだろ?」
「そう、なんですかね……」
馬場園さんの言葉をちょっぴり疑う。
自分のことって、自分じゃ分からない。
「そうに決まってる。実際プロットと大まかな文章だけではあるけど、ボクが今までに演じることがなかった複雑怪奇なキャラクターと世界観は茅ヶ谷が立案してくれなきゃ生まれなかったんだからな……あのままだときっと、昔見た舞台の猿真似にしかならなかっただろうからさ」
「大袈裟ですよ。自分だって誰かの真似事に過ぎません」
きっと馬場園さんが称賛してくれることは、これまでの人生を歩んだ道のりの相違に過ぎない。そしてその相違が、お互いにとっては真新しくて、無知を突き付けされるだけ。つまり、隣の芝生が青いだけだ。
「そう悲観することねぇさ」
「ですが……——」
「——この世に今さら、完全オリジナルのストーリーなんてねぇよ……役者だったそうだ、誰かの技術を見ては都合の良い部分を盗んでばかり。真似に真似をして真似される。どちらも何が正解なんて、何年積み重ねようがきっと底知れん泥沼だろうな……でもだからこそ、面白いんだと思うんだよ、ボクは」
不敵に微笑み馬場園さんは言い切る。
使い捨ての爪楊枝を、へし折りながら。
これが馬場園さんの人生の価値観。
なんというか、上手に受け止め切れない。
日常の泥沼に嵌ってしまうときに、面白いと思えるなんてときが、自分にも訪れるのかなと。
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