冷酷無残な勇者を抹殺するために魔王を助けに来たのは、未来の勇者たちだった

属-金閣

第1話 魔王を救ったのは未来の勇者

 ――この物語は、ある勇者が魔王の討伐を決意をするまでの物語である。



「魔王様、あの勇者が単独で攻めてきました。どういたしましょう?」


 部下からのそう報告を受けると、翡翠色の瞳が特徴である現魔王のカイル・ステラは直ぐに指示を出した。


「最前線にいる者たちを全員下げろ。あの勇者に立ち向かわず撤退だ。あの勇者とは今日ここで俺と四天王たちでケリをつける!」


 報告に来た部下はすぐさま最前線へとカイルの指示を届けに向かった。

 そしてカイルは同時に近くに控えていた側近に、この魔王城に残っている者らをすぐに全員撤退させる様に指示をだす。

 側近は「承知いたしました」と返事をすると、一瞬でその場から姿を消した。

 指示を出し終えて、小さくため息をつくと傍で控えていた四天王たちが話し掛けて来た。


「どうしたカイル? さっき言った事でも後悔しているのか?」

「そんなんじゃないよ、アルクトゥールス」

「アルクトゥールス違いますよ、カイルはどう勇者を倒そうか迷っていたのですよ」

「それも微妙に違うよ、アルファルド」


 アルクトゥールスは、四天王の中で一番肉体派であり兄貴肌な一面がある。大きな斧を二本背負い、鉤爪の武器をいつも持ち歩いているのが特徴である。

 アルファルドは、口元をいつもベールで隠していており、手足も完全に見えない様に少し大きめの長けの服を着ているのが特徴の女性だ。

 そしてこの二人はよく口喧嘩をする関係でもあり、カイルへの態度の解釈についてまた口喧嘩を始めてしまう。

 するとそんな二人を見ていた、蒼色の髪が特徴のポルックスがいつものように恐る恐る仲裁に入って行く。


「二人とも、魔王様の前で口喧嘩は良くないよ……良くない」

「アルファルド、いつも俺に突っかかって来るんじゃねぇよ」

「そう言うアルクトゥールスこそが、いつもいつも私にいちゃもんを付けて来るのではないのですか?」

「何だと!?」

「何ですか!?」

「ちょ、ちょっと二人ともやめっ……うわぁっ」


 ポルックスが二人に押されて転んで頭を打って気を失ってしまうと、髪色が紅色に変わりむくっと立ち上がると二人の肩を掴んだ。


「おい、俺様がさっから止めろって言ってんだよ! 魔王様の前で何喧嘩してるんだぁ? あぁ!?」

「やべぇ、ポルックスの奴人格変わって、カストルの方になってやがる」

「カストル分かりましたから、そろそろ肩の手離してくれませんか? ちょっと痛いです」


 するとカストルは二人からここで喧嘩しない事を条件に手を離した。

 ポルックスは二重人格であり、気絶する事で髪の色が蒼色から紅色に変わり、弱気な少しネガティブなポルックスから口調もきつめなイケイケなカストルとなるのだ。

 カイルはいつも通りの三人を優しく見守っていると、最後の四天王であるレグルスが近寄って来た。


 レグルスは四天王の指揮官的な立場で、視野も広く仕事も的確な事から周囲からは魔王の右腕と呼ばれており、魔王になる以前から旧知の仲でありカイルも信頼を寄せている人物である。


「緊張感がなく、申し訳ありませんカイル様」

「いや、いいよ。勇者との決戦前にいつも通りで、俺が少し心配し過ぎだったなと思ってたんだ」

「心配ですか?」

「あぁ、本当はあの勇者とは俺だけで決着をつけるべきなんだが、確実に仕留める為にお前たちに無理を言ったからな。本当は戦いたくないんじゃないかと思ってたんだ」

「そんな事ありません。我々四天王は、カイル様の剣であり盾でもあります。カイル様が我々全魔族をまとめ上げ、今の素晴らしい時代を作って下さったのですから、カイル様に従うのは当然です」


 するとレグルスが片膝を付き従属すると、他の三人も同じ様にカイルに感謝している言葉を述べた。


「皆カイルに感謝している。それにカイルは世界までも平和にしようと頑張ってんだ! それを邪魔する勇者との戦いに参加出来るだけで光栄な事だ!」

「えぇ、その通りです。一部の人間とも分かり合えて来ていますし、この戦いさえ終われば誰もが幸せで平和な世界が訪れると信じています!」

「魔王様は俺様見たいな、半人半魔の奴にも手を差し伸べるくらいのあまちゃんだが、やる時はやる奴だって知ってるぜ! 勇者を倒して、戦争もおしまいだにしてやろうぜ!」

「お前ら、急に恥ずかしい事を言うな」


 カイルが照れくさそうにしていると、レグルスは小さく微笑み他の三人は大きく笑った。

 今この世界は、大きく魔族領と人間領の二つに分かれており、ちょうど中間地点で戦争が起きている。

 戦争は魔族側から仕掛けたのではなく、人間側から魔族の存在など許せないなどといった憎悪から始まったものであった。


 戦争が始まる以前は、領土が別れていても魔族と人間は互いに手を取りつつ生活をしていたが、ある日勇者と呼ばれる人間が誕生した事で状況が一変した。

 そのキッカケは魔族と人間の本当に小さな言い合いからであり、その時事故的に魔族が人間に怪我をさせてしまう。

 この時傷つけた魔族も謝り、人間側も事故だと理解して和解をしようとしていたが、それを偶然にも見ていた勇者が魔族は人間の敵と言い始めたのだ。


 初めは周囲の皆も勇者の言葉には耳をかさずになだめていたが、何故が徐々にその思考が周囲に伝染していき、魔族への視線がきつくなっていき石を投げ始めたり、罵倒し始めたのだ。

 そしてそれが次第に過激になって行き、遂には人間側が魔族側を一方的に攻撃し始め、魔族が人間に殺されてしまう事件が起こってしまう。

 そうして勇者を筆頭とした魔族を憎む人間たちとそれに対抗する魔族との戦争が始まったのだ。


 戦争の中で勇者の力は強く、更には仲間を仲間とも思わずに手段を選ばず責めて来る姿から冷酷無残な勇者と呼ばれていた。

 魔族側は責めて来る人間を追い返そうと戦うが、勇者の猛攻に押され更には種族などで揉めていた為、被害が大きく出ていた。

 だがそんな魔族をまとめたのが、現在魔王と呼ばれるカイルと四天王たちであった。

 カイルたちは皆を説得、時にはぶつかり合って理解を得て魔族側をまとめあげ、平和の為に戦争の元凶とも呼べる勇者討伐を最前線で指揮し続け遂に最終決戦の準備を整えたのだった。


「でもまさか、本当にこの城に突っ込んで来るとはね。わざわざ敵の中に来るか普通?」

「それが勇者なんでしょ? それに魔王城なんてこんな大々的に言っていれば来るでしょ」

「敵の親玉の名が付いてるんだし当然だろよ! 向うも親玉を潰したいと思ってるって事だろ!」

「カイル様の作戦通りに勇者も動いてくれているという事ですよ。後は、油断せずに勇者と対峙すればいいだけです」

「レグルスの言う通りだ。皆、気は抜くなよ。相手は一人だが俺と同等、それ以上の力を持つ勇者だ」


 と言葉を告げた直後、大広間の扉が蹴破られて一つの人影が部屋に入って来る。


「ここか? 魔王カイルが居るって場所は?」


 そこへ現れたのは、黒髪で黄金の瞳をした青年であった。

 手には白い剣を握っていたが、返り血で一部は赤く染まっていた。


「おーおー、五人もいるのか? いや、魔王は真ん中の奥にいるお前だな。後の四人は……何? 盾役か?」

「勇者アルゴ……来たか」

「盾役とか失礼な事を言うじゃない」

「頭を地面にこすらせてやるぜ!」

「カイル様、作戦通りでよろしいですか?」


 レグルスの言葉にカイルは頷くと皆が声を上げ一斉に勇者へと攻撃を開始する。

 アルクトゥールスは二本の斧で斬り掛かり、アルファルドは使役している魔獣を呼び出し突撃させ、ポルックスも殴り掛かる。

 そしてレグルスと同時に、勇者アルゴの頭上に魔法を展開し攻撃を仕掛けた。


「五対一……いいねぇ!」


 とアルゴが口にすると、握っていた剣が光だしそのまま振り上げ魔法を打ち消した。

 そしてアルクトゥールスの斧をいとも簡単に叩き斬ると、ポルックスの攻撃を避けそのまま掴みアルクトゥールス目掛けて投げ飛ばす。

 次に飛び掛かって来た魔獣は、片足で軽々と宙へと蹴り飛ばすと先程斬り落とした斧の先を一つ投げ込み、もう一つをカイル目掛けて投げ飛ばす。

 だが、レグルスが防壁で防ぐ。


「何だよ~防ぐのかよ」


 アルゴがそう嘆いた直後、鉤爪を装備したアルクトゥールスとポルックスが同時に仕掛ける。

 が、二人の攻撃は勇者に当たる前に何かに弾かれてしまい、更には宙で身動きが取れなくなってしまう。


「あ~れ~あんたら、俺に加護があるの知らなかったの? 勇者だけに与えられる加護があるんだよ!」

「っ! アルクトゥールス! ポルックス!」


 声を出した時には、二人は勇者の白い剣によって胸を切り裂かれてしまい、大量の血が噴き出していた。


「はい、まずは二つの盾削り終わり~残りは二つだけ~」


 アルゴが返り血を浴びながら挑発する様な不敵な笑みを見せて来た。


「勇者ー! 貴方だけは絶対に許さないわ!」


 アルファルドは仲間がやられた姿をあざけ笑われ、感情を抑えられずに使役している魔獣を一斉に呼び出し四方からアルゴを襲わせる。

 しかし、次の瞬間アルファルドの胸にはアルゴが先程まで握っていた白い剣が突き刺さっていた。


「ごふっ……どう、して……剣が」

「アルファルド!」

「おさがり下さいカイル様!」


 カイルは膝から崩れ落ちるアルファルドに近寄ろうとするが、レグルスが手を出して止める。

 一方でアルゴは、アルクトゥールスの鉤爪を奪い取りアルファルドが呼び出した魔獣を歪んだ笑顔で蹂躙し惨殺し終えていた。


「後盾は一つか」


 アルゴがそう呟きながら鉤爪を投げ捨て、剣が突き刺さったアルファルドの方に手をかざすと突き刺さっていた白い剣がアルゴの方へと戻って行く。

 そして剣を手にしたアルゴは、カイルたちの方へとゆっくりと向かって行く。


「カイル様!」

「っ、分かってる!」


 カイルとレグルスは連携し、時間差の魔法攻撃を仕掛けるがアルゴは一気に駆け抜けてかわし、レグルス目掛けて剣を振り抜く。

 だがレグルスは咄嗟に魔力で剣を創り出しアルゴの攻撃を防ぐ。

 カイルはレグルスの背後から、一瞬動きが止まったアルゴの腹部目掛けて手の平に魔力を凝縮させ叩き込み吹き飛ばすも、同時にカイルの視界をある肉塊が吹き飛ぶのが通り過ぎる。


「レグル――っ!?」


 すぐさま振り返ると、レグルスの右手首が斬り落とされており左手で右手首を抑えつけていた。

 レグルスに言葉を失いながらもすぐさま回復魔法、と言っても止血程度の魔法しか使えないためそれををカイルは掛け始める。


「あはははは! 魔王、お前の盾はどいつもこいつも弱いな」

「勇者っ!」

「ダメです、カイル様。私は大丈夫ですので、怒りに身を任せないで下さい。奴はそうやって相手の冷静さをかきみだして来るのです!」

「っ……はぁー、悪いレグルス」

「いえ」


 カイルは最低限の治療を終え、レグルスに手を貸して共に立ち上がる。


「魔王知ってるか? 人間には昔からこういう言い伝えがあるんだよ。最後に必ず勝利するのは、正義! 要はお前が悪で、俺が正義って事だ!」

「お前の何処が正義なんだ勇者! 人をも道具の様に使い、弱者を捨て、己の都合だけで突き進むお前の何処に正義がある!」

「勇者こそが正義の証だ。俺が成す事が正義、敵対する存在を滅ぼす事が正義、敵を滅ぼし世界を救う事こそが正義だろうが!」


 その直後アルゴが剣を構えて踏み込んで来た。

 二人は反応が遅れてしまい、このままじゃ二人とも殺されると感じたレグルスはカイルを突き飛ばし身を挺して守ろうとした。

 その時だった、突然その場に居た全員が世界の時間が止まった様な感覚に陥る。


「何だ、これは……」


 意識だけははっきりしているのに、身体が全く動かない状況であった。


「何が起きているんですか?」

「くそっ! 動かねぇ! 何しやがった魔王!」


 すると上空の空間がねじれ始め、大きな穴が開くとそこからフードを被った人間四人降りてくると、遅れてもう一人降りて来た。

 そして最後に降り立った人間はアルゴに近付いて行き、顔を覗き込んだ直後アルゴを蹴り飛ばすと、止まっていた時が動き始めアルゴは物凄い勢いで吹き飛んで行く。


「(何が起きているんだ!? 誰だこいつらは?)」


 カイルが混乱していると、何処からか現れた人間たちはフードを脱ぎ捨てる。

 その下には鎧や武器を身に付け完全武装状態であり、先頭に立ちアルゴを先程蹴とばした金髪の人間が腰から剣を抜き口を開いた。


「お前が勇者アルゴだな」

「がっ! 何だてめぇら、どっから現れやがった!」

「質問しているのはこちらだ。お前が勇者アルゴで間違いないな」


 するとアルゴは問答無用で問いかけて来る人間に剣を振り抜き、斬撃波を飛ばすがその人間はいとも簡単にそれを剣で弾く。


「っ!?」

「今のを答えとして受け取ろう。では勇者アルゴよ、未来の為にここで死んでもらう」


 そう告げると先頭にいた人間の剣が光り出し、それをアルゴ目掛けて真横に振り抜く。アルゴは剣で放たれた強力な斬撃波を受け止めるも、そのまま抑えきれずに再び吹き飛ばされる。


「リギル、ベガ。奴の死体を確認して来てくれ」

「「了解」」

「カノープス、アークツルス。四天王方の手当てをしてくれ、残りの軍は私が呼び込む」

「「了解」」


 その後金髪の人間の指示を受け四人はそれぞれに動き始め、一人がレグルスの元に駆け寄って来るがレグルスは警戒しカイルを護るように近づけさせない。

 カイルも誰だか分からない奴に警戒していると、先程アルゴと戦った金髪の人間が話し掛けて来る。


「ご無事でしたか、魔王カイル」

「誰だお前は? 勇者アルゴと敵対している勢力か? それにさっきの変な魔法はお前たちの仕業か?」

「その辺の説明は必ずさせていただきますが、まずは我々に四天王の皆様の治療に専念させてくださいませんか? 我々であればまだ四天王方を救えます」

「!? 嘘を言うな! あれほどの重傷者や既に……既に死んだ者を救える訳ないだろうが」

「いえ、我々なら出来るのです。現に見て下さい」


 そう言って金髪の人間はレグルスの斬り落とされた右手首へと両手を向ける。

 次の瞬間、レグルスが失ったはずの右手が元通りになっている光景を二人は目の当たりにし、目を疑う。


「どう言う……ことだ?」


 その後、胸を切り裂かれたアルクトゥールスとポルックスの傷も癒し目を覚まし、更には、剣で貫かれて倒れていたアルファルドも起き上がり不思議そうに胸を何度も触っていた。


「シリウス、こちらの四天王方は無事に治療完了した」

「ありがとうカノープス」

「僕も頑張ったんだけど?」

「あぁごめんよ、アークツルス。助かった」


 シリウスと呼ばれた金髪男子は、銀髪男子のカノープスと青髪女子のアークツルスに声を掛けていた。

 するとそこへ先程アルゴが吹き飛んで行った方から、赤髪女子リギルと紫髪男子ベガが戻って来た。


「シリウス」

「そっちは、どうだった?」


 シリウスがそう問いかけると、二人は小さく顔を横に振る。


「そうか……分かった。ありがとうリギル、ベガ」

「おい、シリウスと言うのかお前は? 仲間たちを治療してもらったことは感謝するが、もうこっちは訳が分からない状況だ。説明してもらっていいか?」

「! 申し訳ありませんでした、魔王カイル。では、治療も完了していますので、改めて自己紹介させていただきます」


 シリウスを筆頭に他の四人がカイルの前に集まって来ると突然膝をつきだした。

 カイルも含め四天王たちも驚いているとシリウスが口を開く。


「私の名はシリウス。今より百五十年後の未来からやって来た勇者です。目的はこの時代の勇者アルゴの抹殺。未来では現勇者が原因で、世界が滅亡しかけているので我々は未来を変えるため、勇者アルゴの抹殺をするため過去へとやって来たのです。簡単にいえば、貴方様の援軍です」

「(……勇者アルゴが原因で未来が滅亡? 未来の勇者が援軍? てか未来から来たって何? あーもしかしてこれ、夢?)」


 カイルは想像の斜め上を行く話に頭が追い付いていかず、無意識に現実逃避するのだった。

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