58話:VS 『車掌:ディグリード』

 蜘蛛の子を散らす、とは“こういう事”を言うのだろう。

 車掌:ディグリードが放った「奇怪な車輪」の軌道を目の当たりにして、町の人達が一目散に逃げだした。


 慌ただしい事この上ない光景を横目に、車掌は再びボクに向けてムッと眉根を寄せる。


「私の車輪を止めるとは……随分と奇怪な右腕を持ってますね。“魂乃炎アトリビュート”の炎は見せませんし、それが噂に聞く『バグ』とやらですか?」


「さぁどうだろうね。そっちこそ妙な“魂乃炎アトリビュート”を持ってるけど、厄介だから回転を止めてくれない?」


「そう頼まれて、はいそうですかと頷くとでも?」


 言って、車掌がもう一度車輪を放つ!!

 逃げる人々に向かって進むその車輪を、再度ボクが黒ヘビで弾く!!


 すると、弾かれた車輪はグルリとUターン。

 さも当然の如く車掌の腕に戻り、彼は「やれやれ」とため息を吐く。


「全く、とんだ邪魔者がいたものです。こんな事になるくらいなら、意地でも先に見つけて始末しておくべきでした。いい加減、私の邪魔をしないで頂きたい」


「先に邪魔をしたのはそっちでしょ? ボクの攻撃を防ぐんだもん」


「そりゃあそうですよ。あんな無法集団バカどもでも、指示通りに働いて貰わないと困りますからね。建物を襲って金品の強奪……そんなゴミみたいな仕事は、ゴミみたいな連中に任せる方が合理的でしょう? 適材適所というやつです。低能な人間は指示された事だけやってればいいんですよ。どうせ頭を使ったところで馬鹿な考えしか浮かばないのですから」


「ふ~ん、話はそれで終わり? もう攻撃していい?」


「……生意気な子供だ」


 それから数秒の睨み合いを経て、動いたのはほぼ同時。

 左手のナイフで斬撃:“鎌鼬かまいたち”を振るうも、やはり車輪で弾かれる!!


 しかし、それは囮。

 ボクの本命は、ナイフの先端に集めた「地獄の熱」。

 車掌がペラペラ喋る間に、身体の奥底から引き出したそれを――解き放つ!!



 “爆炎地獄ばくえんじごく”!!



「無駄です」


「ッ!?」


 放った爆炎が“掻き消えた”。

 高威力の技を以てしても、あの車輪に当たればたちまち掻き消されてしまうらしい。


(あらら、本当に厄介な車輪だね。迂闊に触れるとボクまで弾き飛ばされそうだ)


 あれだけ高速回転する重い物体に触れたら、体重の軽いボクが勝てる道理は無い。

 だからといって遠距離攻撃を仕掛けても、あの車輪で無効化されるのがオチ。


(それなら、“死角”から攻撃を入れるまで……ッ!!)


 領主:ピエトロをる前に、あまり時間も体力も使いたくない。

 次の、次の、次で、終わらせよう。


 ボクはすぐさま距離を詰め、黒ヘビをバネに“跳躍”。

 彼の頭上からナイフを振るい、斬撃を放つも、弾かれる!!


 車掌が軽々と車輪を持ち上げ、真上からの防御に利用したのだ。


「無駄ですよ。私に死角はありません」


「みたいだね。でも、上空からの斬撃が一発だけとは限らないよ」


「何?」


 慌てて上空を見上げる車掌。

 しかし、彼の瞳に映ったのは変わらぬ夜空。

 そこには斬撃の「ざ」の字も見当たらず、ボクが着地して片膝を着いても、やはり斬撃は降って来ない。


 ――当然だ。

 今のは“ただのハッタリ”。

 それもすぐさま車掌にバレる。


「ふむ、どうやら嘘を吐くことでしか私に勝機を見出せないみたいですね。まぁそれも一つの戦法ですし、何も卑怯とは言いませんよ。ただ、そういう戦法しか貴方に残されていない時点で、既に勝負の行方は見えていると思いますが?」


 己の勝ちを確信したのだろう。

 車掌がボクを見て鼻で笑うも、彼は鼻で笑う前に“ボクの右腕の行方”を気にしなければならなかった。


 着地したボクが、片膝を着いたままである理由に。

 身体で隠した黒ヘビが、地面を食べて“地中を掘り進んでいた”ことに。


「“鎌鼬かまいたち”」


「またこの技ですか? だから無駄だと何度言えば――ッ!?」


 ボクが左手で放った斬撃。

 それを車掌が車輪で弾いた、瞬間。


 彼の「足元」から“大口を開けた黒ヘビ”が飛び出す!!



「“黒蛇クロノ蟻地獄アリジゴク”」



 バクンッ!!

 油断した車掌の下半身に噛み付き、そのまま穴の中にズルズルと“引きずり込む”!!


「ぎゃぁぁぁぁああああッ!?」


 “上”以上に“下”は死角。

 突然の出来事に対応も出来ず、襲ってきた激痛に悲鳴を上げる車掌。

 その際、彼は車輪を手放してしまったものの、仮に車輪を持っていたところで反撃する時間的な余裕も、また空間的な余裕も無い。


 あっという間に首元まで穴に埋まった彼の頭に――ゴンッ!!

 200~300キロはあるだろう「車輪」が倒れ込み、車掌の野太い悲鳴は完全に掻き消えたのだった。



 ■



 ~ 数分後 ~


「「「ぐわぁぁああッ!?」」」


 風の刃に斬り刻まれ、『ハッピータウン』で略奪を続けていた無法集団アウトライブが悲鳴を上げる。


 ――『車掌:ディグリード』を倒した後。

 ボクはバラバラに散った無法集団アウトライブの残党狩りを行っていた。

 火口湖をグルっと囲む町の建物は、その1/3程が無法集団アウトライブによって何らかの被害を受けてしまったが、今ここで被害を食い止めれば、まだ「復興」も可能な筈だ。


(当初あった敵の勢いは完全に消えた。車掌が負けたって噂も広まって、逃げ出す輩も出て来てる始末……)


 無法集団アウトライブの侵入を許したのは失策だったけど、その後の対応としては上出来だろう。

 ただし、ピエトロの姿が見えないのは気がかりで、どうやっても安心出来る状況にはない。


(この事態にまだ気付いてない……ってことは流石に無いだろうし、もう略奪を諦めて町を出たか?)


 と、ピエトロの「逃走」を視野に入れ始めた時。

 視界の隅に動くモノが映ったかと思えば、一瞬にしてボクの目の前に“瓦礫の塊”が飛び出して来る!!


廃棄怪物ダスティード!?」


 不意の一撃を、黒ヘビの右腕で防御。

 意識を吹き飛ばされることは阻止したものの、身体が吹き飛ばされる事は流石に防ぐことが出来ない。

 来た道を戻るように、ボクの身体が勢いよく宙に舞う。


(何故あんな場所に廃棄怪物ダスティードが!?)


 空を飛びつつも、当然の様に沸いた疑問。

 その「答え」を教えに来てくれたのだろうか?


 吹き飛ぶボクの軌道が放物線の頂点に来たところで――そこに、空中に、“瓦礫に乗った男”が待ち構えていた。


「ようチビガキ、少々調子に乗り過ぎだ」


「ピエトロ!?」

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