7話:街を牛耳る『闇砂漠商会』と「鬼族の少女」

 ~ 脱獄から一夜明けて ~


 ――物音ガサコソ

 耳元の雑音にまぶたを開けると、見慣れぬ光景がボクの目覚めを迎えた。

 暗がりの中に浮かぶのは、板の隙間から黒紫の空が見える安っぽい天井で、少なくとも此処ここが宿屋ではないことを示している。


(……あぁそうか、街外れの馬小屋で寝たんだ)


 柵を隔てた隣には、これ以上無い程に馬面うまづらを極めた「馬の顔」。

 干し草の上で寝ていたボクを「何だコイツ?」みたいな目で見ているが、それはさて置き。

 起きて早々に思い出すのは、昨日届けられた「あの手紙」。


 ================

“5日以内に『闇の遊園地ベックスハイランド』まで来い。間に合わなければ貴様を殺す”。

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 差出人は言わずもがな、白髪の老人:グラハムで確定。

 肝心の内容に関しても、昨日の時点で情報収集は済んでいる。


(指示された『闇の遊園地ベックスハイランド』までは、ここから「鉄道」で一本の距離だ。旅費の工面さえ出来れば、移動に関してはそこまで問題にならない。現状で一番の問題は――“入園料”か)


 昨日、最初に聞き込みした露店の店主いわく。


『あー、無理無理。あそこは金持ちボンボンの道楽息子が“闇の娯楽”の為に造った場所だからな。入るだけで「100万ゴールド」も取られるし、俺達みたいな貧乏人は指咥えて見上げるのが関の山だ』


 その他にも何人か話を聞いたが、皆口を揃えて言っていた。

 「『闇の遊園地ベックスハイランド』へ入るには大金が要る」と。

 寝起きで金のことを考えるのは頭が痛いが、痛くても考えなければ始まらない。


「5日で100万……普通に稼ぐのは無理があるね」


 小柄で片腕のボクが雇って貰えるかは別として。

 普通の仕事5日で稼げるのは、せいぜい10~15万程が限度。

 今回はその10倍程の額が必要となり、移動の時間も考えると手段は自ずと限られてくる訳で……。


 腹の虫ギュルルル


 不意に鳴った腹の音。

 出来れば腹ごしらえもしたいけれど、とは言え今すぐ動けなくなる程ではない。

 空腹 = 生きている = ボクが脱獄した動かぬ証拠だと、今はそう割り切って先を見据えた行動が必要だ。


(何にせよ、必要なのは「お金」。移動にも食事にもお金が要る)


 かくして行動方針は決定。

 何をするにも“先立つモノ”が無ければ話にならず、一番手っ取り早くお金が稼げる「闇の仕事」を探すことに決め、寝起き早々にボクが向かった先は――。



 ■



 ~ 『闇砂漠商会やみさばくしょうかい:ナイカポネ支店』 ~


 『Darkness World (暗黒世界)』に点在する暗黒街は、その全てを“複数の巨大組織”が牛耳っている。

 その巨大組織の一つが『闇砂漠商会』。

 表沙汰には出来ない様々な仕事を取り扱っており、手っ取り早く大金を稼ぐ為、ボクはこの場所を訪れた訳だが……。


「3日で100万G《ゴールド》稼げる仕事が欲しい? おいおい、夢は寝ながら見るもんだぜ? 目が覚めてんなら現実を見ろよ。冷やかしなら帰りな」


 受付の男性にカウンター越しで声を掛けてみるも、初っ端から門前払い。

 続けて隣の受付にいた客が、そして建物内にいた他の人達も揃ってボクを笑う。


「チビ、おつかいは初めてか? 魚屋さんはここじゃねーぞ」

「そうそう、さっさと帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってな」

「ギャハハッ、まだ乳離れ出来てないってか? 確かにそういう顔だぜ」


「………………(はぁ~)」


 嘲笑には慣れている。

 けど、慣れているからと言ってそれが好きな訳でもない。

 黒ヘビはあまり見せたくないし、ここはナイフ一本で“わからせよう”。


(地獄にいた時、“アレ”を練習してたんだよね)


 練習したのは他でもない、ボクが「7回」も“殺された技”。

 地獄の4000年で、ボクの脱獄を阻止する為に「赤鬼の獄卒」が7回も繰り出した技だ。


「お、何だ? そのチンケなナイフで脅すつもりか?」

「おいおい、オモチャちゃで遊ぶなら外でやりな」

「俺と管理者ごっこでもやるか? ギャハハッ」


「………………(斬るか? いや、辞めておこう)」


 彼等を斬ってもよかったが、それだと後に支障が出る。

 代わりに狙うは正面入り口の「扉」。

 距離はおおよそ5メートル。


 ボクを嘲笑あざわう彼等に見せつける為――振り払いビュンッ


 目にも止まらぬ速度でナイフを振るい、その軌道から生まれたのは「風の刃」。

 地獄の支配者だった赤鬼の極卒、彼の十八番おはこだったその斬撃の名は――“鎌鼬かまいたち”。



 斬ッ!!



「「「ッ!?」」」


 嘲笑は驚愕へ。

 真っ二つに斬られ、一瞬で役割を失った「元:扉」の残骸を見て、多少なりともボクを見る目が変わったらしい。

 周囲の人々は警戒の目に変わり、受付の男性は値踏みする瞳をボクに向ける。


「ほう? 見た目に反して良い腕してるじゃねーか。やり方は随分と粗っぽいが、度胸と腕っ節がある奴は嫌いじゃないぜ」


「それはどうも。早速だけど仕事を紹介してくれる?」


「勿論だ。扉の修繕費を請求しなきゃならねーし、金を持ってないならガキでも稼いで貰わねーとな。今更『逃げる』とは言わねーだろ?」


「当然。仮に逃げるとしても、それはボクじゃなくてそっちでしょ?」


「ハッ、マジでいい度胸してやがる。いいぜ、気に入った」

 ここで受付の男性は振り返り、「おーい」と奥の部屋に声を掛ける。

「『鬼姫おにひめ』、これから“あの仕事”に行くんだろ? コイツも連れて行ってやれ」



「ん~? 足手纏あしでまといなら要らないよ」



 気だるけな声と共に、奥の部屋から出て来た「眼帯の少女」。

 途端、ボクに“緊張が走った”のは、彼女が腰に刀を携えているから――ではなく、“ひたいに2本の角が生えていた”為だ。


(地獄の鬼族!? 地獄から追いかけて来た管理者かッ!?)


 内心慌てるも、すぐにその可能性を頭から排除。

 地獄で生まれる鬼族は、その大半が管理者の職に就くけれど、闇の組織である『闇砂漠商会』に管理者が居る筈もない。

 種族の王道レールから外れた「はぐれ」的な人間だろう。


「どうした少年、そんなにジッと見つめられると照れるじゃないか。あまりの可愛さに一目惚れでもしたかい?」


「あーいや、考え事してただけ。別に何でもないよ」と答えた途端。

 鬼姫の目尻が上がる。


「はぁッ!? 何でもないとはなんだいッ、失礼だなキミは!!」


「え? あぁ、ゴメン。失礼だったね。それで、大金が稼げる仕事って何?」


「………………」


 ムスッとした顔で急に無言。

 そのままスタスタとボクの横を通り過ぎ、鬼姫は扉の無い入口から外に出た。


(おかしいな、ちゃんと謝った筈なのに)


 コレはどうしたものかと受付の男性を見ると、彼は「やれやれ」と肩を竦める。


「金が欲しけりゃ追いかけることだ。あまり鬼姫の機嫌を損ねるなよ?」


「ボク、謝ったけど?」


「謝って済むなら管理者は要らねーんだよ。ま、管理者なんて居ない方が俺達は仕事し易いけどな」


 笑い声わっはっはっと、何が面白いのか大声で笑う受付の男性。

 彼に構っていても時間の無駄だと、ボクは『闇砂漠商会やみさばくしょうかい:ナイカポネ支店』を出て、先を行く少女:鬼姫の背中を追った。


 相変わらず暗い空の下。

 そこそこ人通りの多い道を急ぎ早に歩き。

 彼女の背中に追いつくかどうかのタイミングで、先を歩いていた鬼姫が脚を止めることなく口を開く。


「――キミ、脱獄者だろう?」


「ッ!?」

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