知ってるつもりだった

おくとりょう

「好きです。付き合ってください」

「うん!おっけー!よろしくー」

 そう応えると、彼女はホッとしたような泣き出しそうな顔で笑って、「軽すぎる」と僕のことを軽く叩いた。

 クリスマスデートの後。プレゼントを交換した後のことだった。

 彼女が僕を好きなことは、他の女友達から聴いていたし、クリスマスに誘われた時点で覚悟していた。ちょうど僕が失恋したことも公然の事実で、デートの誘いを断らなかった時点で、OKするのは予定調和だったと思う。

「……ハグ、しとく?」

 なんとなく申し訳なくなってそう聞くと、彼女はぎゅっと目をつぶって、僕の方へ身を寄せた。バッチリ着込んだ彼女の熱はハグくらいじゃ伝わってこない。

 ちょっぴり寂しくって見上げた夜空は明るい街灯で星がちっとも見えなかった。


******************************


「もうキスはした?」


 一月ほど経った頃。周りの友人からよく聞かれるようになった。なんとなくタイミングがなくて、まだだった。

 もちろん、彼女のことは好きだった。"告白されたから"なんて、軽薄な理由で付き合い始めたので、少し不安もあったけど、ちゃんと好きだったと思う。髪型を変えた彼女にドキッとしたし、他の男が声をかけているとムッとしたし……。

 でも、キスはまだだった。


 そんなある日。いつも通りの帰り道。その日は小雨で、相合傘で帰っていた。ふわふわ触れあう肩と肩。彼女のことを濡らしたくないのだけれど、ほんのちょっと濡れてる気がした。もっとこっちに入ればいいのに。バッチリ手を繋いで歩ける晴れの方が好きだった。


「……食べる?」

 ふと隣を見ると、トッポを差し出す彼女。さっき、コンビニで買ったヤツだ。「ありがとー」と咥えると、頬を赤らめ少し寂しそうな顔をした。

「?……ぁ、お行儀悪かったな。ごめんごめん」

「そうじゃなくて」

 目を伏せて、モゴモゴ何かつぶやく。睫毛の上でマスカラのラメがキラッと光った。

「……ポッキーゲームがしたかったの」


「これポッキーちゃうやん!トッポやん!」


 危うく咀嚼したチョコを噴き出すところだった。

「だって、ポッキー売り切れだったし」

 コンビニで選んでいるとき、妙に悩んでいると思ったら。まぁ、ぶっちゃけ長い食べ物なら何でもいいと僕も思う。たとえゴボウやセロリでもポッキーゲームはポッキーゲームだ。


「……ほな、しよか。ほら」

 再び一本咥えて、彼女の方へ顔を突き出す。

 恥ずかしそうに目をつぶる彼女は、恐る恐るそれを咥えた。その歯がトッポを挟んだのを見たとき、僕はハッと気づいてしまった。

 ポッキーゲームって何をしたらいいんだっけ?

 両端から食べるゲームということは知っているけど、違反行為や勝利条件がわからない。というか、そもそもこれはゲームなのか?ただキスをするための前座なのでは?え、じゃあ、合コンとかの罰ゲームはポッキーゲームそのものではなく、キスの方ってこと?いや、途中で折れるんだから、折ったら負けなのか?でも、僕たちは付き合ってるんだし、折っちゃいかんな。それなら……。

 一瞬の逡巡のあと、僕はカツカツカツと食べ進めた。回りくどいのは好きじゃなかったし、結末が決まっているならそれでいいと思った。

「……っ!」

 あっという間に唇の先がぶつかって、息を飲む声が聴こえた。目を開けると、さっと顔をそむける彼女。

 チョコで口がいっぱいの僕は「どうしたん?」と尋ねることもできず、ただ首をかしげる。

「……初めてだったのに」

 一応、僕も初めてだったのだけど、口はまだまだチョコだらけ。一本ほぼ全部ひとりで食べちゃったみたいだ。ある意味、これは僕の勝ちなんじゃないか。

 悶々とモグモグする僕と、ひと齧りだけで拗ねた彼女。雨はまだまだ止まなくて、僕たちは黙々と歩き続けた。ひとりなら傘なんて差さないくらいの小雨だったけど。彼女のことを濡らしたくなくて、相合傘を握ってた。


******************************


「ありがとう」

 いつも送り届ける彼女の家。結局、何も話さないまま、着いてしまった。

「……じゃあ」

「もう一回!」

 焦って飛び出た唐突な言葉。今を逃すと届かない気がして、寂しそうな背中に叫んだ。

「……もう一回。やり直し、したらあかん?初キス」

 一瞬の沈黙。それがすごく長く感じて、僕はうつむく。『ごめーん、やっぱり大丈夫!ホンマごめんな!おやすみー』と叫んで逃げ出したかったけど、もう足がすくんで動けなかった。


「いいよ」


 目の前に立った彼女の顔は逆光でどんな表情か、わからなかった。思いきって、抱き寄せると、彼女の両手が応えるように背中にまわる。……僕はそのままキスをした。そして、


(おっ、これは唇やな!唇や!へー、唇を使って唇に触っているんやな!)

 と思った。ダメだと思う。

 だって、ロマンスの欠片もない。指で触るのと大して変わらない。でも、指で触ると唾液が付いて気持ち悪いから、やっぱり唇で触るのがベストだなとまで考えてしまった。恋人とのキスの感想としてあり得ない。ただの自己中なカスだ。

 慌てた僕は舌を入れてみた。ドラマとかでよく見るヤツ。これなら、興奮するかもしれない。頼む!興奮してくれ!そう祈りつつ舌を伸ばすと、彼女の身体がビクッと震えた。そして、


(これは、……口だ!今、僕は他人の口内に舌を入れている!)

 と思った。もう最低な男だと思った。

 なんか、もうホントにどうしようもない。申し訳なさは絶望へと変わった。初キスだけでなく、初ディープキスまで奪ったくせに、何も変わらなかった。

 恐る恐る顔をあげると、彼女は暗がりでもわかるくらいに頬を高揚させて、潤んだ瞳でこちらを見ていた。

「……もうっ」

 口を尖らせる彼女に「ごめんね」と言って、再び軽くキスをする。今度は、ちゃんと舌を入れずに。


 それが僕の初めてのキス。それはただの無味無臭だった。チョコを全部食べたせいかもしれなかった。

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知ってるつもりだった おくとりょう @n8osoeuta

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