アスタリスクシティ
この国には、南と北・北東と南西・北西と南東を結ぶ3つの大きな道がある。この三大道路が交わる場所にある都市が、《アスタリスクシティ》。首都であり、地方のみならず国外からも人が集まってくる。スラムから高級住宅街、畑や田んぼといった第一次産業から、金融やサービス業の第三次産業まで賑わい、世界的な聖職者からマフィアや犯罪シンジケートのボスまで多種多様な人間がいる。人も物も、ピンからキリまで、ごちゃ混ぜだ。まるで、世界を濃縮したような場所だ。
オレは別の町の人間だが、この街のランクだと下から数えた方が早い。ただ全くの無名なうえに通り名も無いから、言うなれば殺し屋Bだな。AでもCでもなく、Bだ。特に意味は無い。今日は仕事で来た。アスタリスクシティでは殺し屋にとって良くない噂が流れてるが、楽な上に報酬が高いから引き受けた。シルバーブレッドって奴の仕業というか、お陰というか。殺し屋専門の殺し屋らしい。本当に居るかは分からない。何故なら、出会えば死ぬからだ。まぁ、返り討ちにすればいいだけだし、倒せば名が挙がるからな。おっと、そろそろ時間だな。
ターゲットのいるビルの向かいの建物の屋上から、狙撃する。風は無し。周囲に人影は無し。一発ズドンと眉間を撃ち抜けば、終わりだな。組み立ては終わってるから、後はスコープを覗いて、照準を合わせて、引き金を引くだけ。この世で最も簡単な仕事の一つだろうな、殺し屋っていうのは。かなり危険だが。
殺し屋Bは、ゆっくりとスコープを覗く。ゆっくりと慎重に照準を合わせる。ゆっくりと慎重にしっかりと引き金に指をかけようとした。が、指が引き金に触れる前に後頭部に冷たい物が当たった。正確には、
「安全装置は外してあるか?」
ドスの利いた声が聞こえた。正体を聞く前に、声の主は答えた。「死ぬ前に三つ教えてやろう。一つ、安全装置は必ず目でチェックしろ。二つ、情報が漏れている可能性も考えて出入り口には気をつけろ。三つ、俺の名前は、シルバーブレッドだ。」。その瞬間、殺し屋Bの後頭部から右目、スコープを弾丸が突き抜けた。
数時間後
陸橋の下には今は使われなくなった線路があり、そのレンガの壁に、不自然な5つの公衆電話がある。右から4つの目の受話器を男は取る。
「俺だ、開けろカラス。」
「ハイハイ、旦那。」
と、受話器の向こう側から若い男の声がした。遅れて公衆電話横の壁が半回転した。その中には通路があり、シルバーブレッドは奥に進んで行った。奥に行くと扉があり、開けるとモニターやケーブルが部屋の至る所に配置され、足の踏み場どころかケーブルが床となっていた。その中に、頭までスッポリとフードを被り、顔の見えないパーカーを着た人物がいた。
「今日のターゲットは簡単だったみたいだね。」
「三流以下の素人だった。報酬は?」
「そりゃあ、モチのロン。ターゲットだった奴から、殺されてた場合に支払われていたであろう二千万の倍、四千万をしっかりとね。」
「なら良い。」
「いやー、まさか噂の殺し屋専門の殺し屋と、伝説の情報屋が組んでるとは思わないよな~。我ながら最高の気分だね、ウンウン!」
「……………………………………」
「何すか?」
「最近の若い奴は、自分で自分の事を『伝説』とか言うのか?」
「ダメっすか?」
「……………………」
「アッ!飯あるんで、食べて下さいよ〜。ついでに、今さっき仕入れた情報、持って行きますから!!!」
「肉か?魚か?」
「ザーピー」
「またピザかよ……お前、情報屋なら料理の作り方ぐらい簡単に分かるだろ…………」
「知識は誰でも持てる。だが、技術を身に付けられるのは一部の人間だけだ。」
「誰かの名言か?」
「オレの!」
カラスのしたり顔に、シルバーブレッドはため息をついた。
「練習しろ。」
そう言って奥の部屋に向かった。
数分後、シルバーブレッドが温め直したピザを食べているところに、ノートパソコンを持ったカラスが入ってきた。
「ウマイっすか?」
「…………専門店の出来立てならな。」
「ハイハイ、ソーデスカソーデスカ。」
「で、次の仕事は?」
「今のところはナッシング!」
「そうか。」
「でも、気になる奴が街に来てる!しかも、5人!!!中でも一番ヤバそうなのが、この【ジャックポット】だね〜」
「初めて聞く名前だな。新人か?」
「そっ! 新進気鋭の大型新人!!コイツは、マージで危なーい!!!」
「理由は?」
「普通の殺し屋なら、ターゲットやその周辺人物だったりしか殺さない。だがコイツは、組織全員や一般市民、無関係な人間だろうと、簡単に無差別に殺すのさ。ヤツが通った後には、死体の山がゴロゴロ転がってるのさ。」
「なろほど。少ない額で大当たりという意味で、ジャックポットか。」
「だねー。仕事で来てんのかは、まだ分からないんだけど、どうする?」
「とりあえず監視しといてくれ。何かあれば連絡しろ。」
「ホイホーイ。」
SBは食べ終わったピザの容器を捨てつつ、部屋を出た。
同時刻:アスタリスクシティ駅構内
「うーーーんっ!」
最近できた高層ビルの広告がラッピングされた電車から降りた男は、思いっきり伸びをした。
「ここが中心都市、アスタリスクシティかー。デカい、デカすぎる!ここなら一旗、いや、更なるキャリアを上げられる気がするぞ!!!」
声高に叫び、周りからの視線を集めたが、全く気にしていなかった。
「とりあえず、情報を集めないと。いやーワクワクが止まらない!」
荷物はほとんど無く、身一つで出てきたような青年は、ズンズンと駅の出口に向かい、街の中に消えて行った。彼が向かって行ったのはスラムや暗黒街という、どちらかといえば裏社会の方面だった。道を間違えた訳では無く、そもそもこの街に来る前から
「シルバーブレッドの野郎をぶっ殺して、他の奴らも皆殺しにして、邪魔な者もまとめてぶっ潰してやるぜ・・・」
ニヤリ、と笑みを浮かべた。ニヤニヤが止まらないといった感じで、口元を手で隠した。そんな青年の目の前に、道を塞ぐ存在が現れた。
「オイ、コラ、ニイチャン!ココデ、ナニシテンネン!」
怒鳴り声が聞こえてきた。全身が黒い格好のいかにもチャイニーズマフィアという、身長が大・中・小の三人の男が暗い路地に横並ぶ。おそらく一番偉いであろう小が、また怒鳴る。
「ココガ、ワンファミリーノシマッテ、シットンノカイ!」
「知らねー……というか聞きたい事があるんだけど。」
「ナニ!ヤッチマエー!!!」
小が叫ぶと、中と大が襲いかかった。
中が殴りかかると、青年は腕を脇で挟み、すかさず中の鳩尾に拳をめり込ませた。そしてそのまま、中の胸ポケットに入っている拳銃を抜き、大の両太ももを撃ち抜いた。倒れ込む大を跨ぎ、硝煙が立ち込めたままの拳銃を呆気に取られていた小の眉間に押し当てた。
「アツッ!」
「おい、聞きたい事があるんだけど。」
「ナンデモキクカラ、ジュウヲハナセ!」
青年はさらにグッと強く押し当て、ジュウゥと小の眉間が焼ける音がした。
「グアッ!ガァー!!!」
「あひるかよ。」
「ヤメロ!ナシテクレ!!!」
「お前さ、【シルバーブレッド】って、知ってる???」
「シッテルシッテル!」
「どこにいる?」
「ソレハ、シラン!ダレモ、シラナイ!!!」
「じゃあ、どうすれば会える?」
「ワカラナイ!デモ、コロシヤニネラワレタヤツノマエニ、カナラズアラワレルッテ、ハナシダ!」
銃も冷めてきたのか、小は叫ばなくなってきた。
「なるほどな。お前らのボスはシルバーブレッドについて、どう思ってるんだ?」
「ウチノファミリーモ、シキャクガ、ナンニンカ、ヤラレテル。デキレバ、ケシタイ。」
「じゃあ、俺が殺すから協力しろ。だから、お前らのボスに会わせろ。」
「ソノマエニ、オマエノナマエハ?」
「俺か? 俺は【ジャックポット】、絶賛売り出し中の殺し屋さ。」
半日前:同じ場所にて
たくましい男が仁王立ちで暗い裏路地を覗いている。
「ここでなら、仕事があるだろ。サーカスのスリルに飽きてきたからな。」
「無いよ。」
暗がりから女らしき声がする。
「なぜ?アスタリスクシティに、殺しの仕事が無いわけないだろ。」
「無い物は無いの。シルバーブレッドのせいで。」
「あー、つまんね。テキトーにそこら辺にいるヤツ殺すか。」
「やめなさいよ、ただでさえアンタ顔が割れてるんだから。」
「せっかく抜けてきたんだからよー。」
「じゃあ、商売敵でも消せば。」
「それは、大丈夫なのか?」
「シルバーブレッドは殺し屋しか狙わないから、殺し屋同士の争いはスルーみたいよ。」
「じゃあ、誰か当てはあんのか?」
「居るわよ。何人か候補がいるけど、アンタ向けなのは、コイツ。初めての仕事が、拳銃1つで組織を潰したって話。命知らずというより、
「ちげぇから。それにしても、そんなヤバいやつに会えるとは、《俺は神に愛されてるぅ!》」
「ハァ、よくもまぁ、そんな恥ずかしい言葉が言えるわね。」
「有言実行って言うだろ?」
「それは……ちょっと違うんじゃない………………」
「で、相手の顔とか無いのか?」
「ハイ。」
暗がりから出てきた写真を見て、男は苦い顔をした。そして、今から殺しに行く相手に対する言葉とは思えない台詞が出てきた。
「コイツ、ちゃんとメシ食ってるのか…………」
前日・別の場所:写真の男
二股になっている道の真ん中に若者が立っていた。しかし若者とは分からないくらい体全体がやせ細り、目には深く濃いクマがくっきりと出来ていた。若白髪が多すぎるからか、完全に老人であった。そんな彼は目の前の二つの道、明るく大通りに通じる道と真っ暗な裏道に通じる道がある。どんな人間であろうと明るい道を選ぶ中、まっすぐ暗い道を進んで行った。すぐに、悪そうカップルに絡まれた。
「そこのお前、ちょっとカネ貸してくれよ~」
「コイツ、顔ヤバ!クスリでもやってんの?」
肩を組みつつ、若者の前に立ちはだかった。若者は無言で立ち止まり、虚空を見つめていた。
「聞いてんのか!」
男は叫びながら、若者にナイフを突きつける。その瞬間、ナイフは喉に刺さっていた。イキがっていた男の喉に。若者が男の手首を掴んで、グイと引っ張り突き立てたのである。女は返り血で真っ赤になりながら、悲鳴をあげて消えて行った。若者は、刺されて崩れ落ちた男が動かなくなるまで見続け、また歩を進めた。
しばらくすると、別の奴に絡まれた。
「オイ!金を出せ!!!」
拳銃を突きつけられたが、構わず若者は歩いた。7発の弾丸が放たれたが、かすりもしなかった。若者はまっすぐ歩くだけで避けておらず、どちらかと言えば、
さらに歩を進めると、さっきのカップルの片割れの女が仲間を連れてやってきた。数は10人を超えていた。若者は囲まれて一斉に襲って来たが、ただの烏合の衆だけに統率も取れていないので、確実に1人ずつ殺していくのは簡単だった。最後の一人の頭をかち割った時、パンッと乾いた音がした。女が若者の胸に弾丸を放ったのである。若者はそのまま倒れ込んだ。女が恐る恐る倒れた若者に近づくと、眉間に風穴が開いた。若者は生きていたのである。たまたま拾った銃を、たまたま右胸に入れていたおかげで、女の弾を止めたのである。そして、たまたま胸に入れていた銃に、たまたま1発だけ弾が残っていたのだ。
死体が周囲に転がり血まみれになった男に、雨が降り出した。血を洗い流してくれる恵みの雨の中、若者は天に向かって呟いた。
「あぁ……今日も[死神に嫌われたまま]か…………」
雨が降り出した直後:飲み屋街
バシャーーーン!!!
車が水たまりを、猛スピードで突き抜けた。カウボーイは頭から水を浴びた。
「荒野なら良いけど、ここは大都会。辛すぎる……」
暗いトーンで呟く。
「まっ、酒を飲めばあったまるだろ。」
カーボーイは、楽観的だった。
この現代の大都会に於いて、1・2世紀前の荒野に存在したカウボーイが居ることは、コスプレかタイムスリップしか考えられなかった。ただでさえ人目を引くのだが、さらに注目されたのはカウボーイが完全に東洋人だったのである。明らかに東洋人なのである。どこからどう見ても東洋人なのである。しかし周囲の目などお構いなしに、鼻歌を歌いながらカウボーイは突き進む。子供に教えてもらった酒場へ向けて。
「それにしても、金が無いんだよなー。仕方ない。早撃ちか、いつものうんちくを話して奢ってもらおうか。」
雨が降り出した直後:飲み屋街
バシャーーーン‼
車が水たまりを猛スピードで突き抜けた。侍は頭から水を浴びた。
「荒野ならいざしらず、ここは大都会。辛すぎる・・・」
暗いトーンで呟く。
「これも修行でゴザル。」
侍は、楽観的だった。
この現代の大都会に於いて1・2世紀前の日本に存在した侍が居ることは、コスプレかタイムスリップしか考えられなかった。ただでさえ人目を引くのだが、さらに注目されたのは侍が完全に西洋人だったのである。明らかに西洋人なのである。どこからどう見ても西洋人なのである。しかし周囲の目などお構いなしに、黙々と侍は突き進む。子供に教えてもらった酒場へ向けて。
「いかんせん、拙者は一文無し。背に腹は代えられぬ。居合か、いつものうんちくを申して情けをかけてもらうでゴザル。」
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