大仏閉眼

物部がたり

大仏閉眼

 時は戦や疫病、飢饉が続き、人々がこの世の地獄に生きた奈良時代。

 全身に発疹があらわれる謎の病が蔓延し、度重なる不作と干ばつによって明日食うものにも困り、鬼になる者も後を絶たなかった。

 そのような地獄を目の当たりにした時の権力者、天武天皇は、ある僧侶からこのような進言をされる。

「この乱れた世を鎮め、民心を救うには、仏のお力を借りるしかありません」


「仏の力を借りるとはどういうことじゃ。仏にはすでに祈祷しておろう」

「それでは足りないのです」

 天武天皇は不愉快そうに顔をしかめ「余の祈りが足りぬと申すか」と説明を求めた。

「たしかに帝は民を想い日夜仏に祈られております。ですが、民は違います。民の仏への信仰心は皆無に等しいでしょう」

「民が仏を信じていないと申すか」

「はい」

「どうしろというのだ」


「民は目で見えないものは信じません。民は目に見える信仰対象を求めておるのです」

「仏像があるではないか」

「もっと大きな。仏像。大仏様を造立するのです」

「大仏とな」

「さようです。見上げんばかりの巨大な大仏様を造立するのです」

 天武天皇は僧侶の言葉を信じて大仏造立のみことのりを発し、平城東山の山金里にて盧舎那仏るしゃなぶつと呼ばれる大仏の造立が開始された。


 大仏造立には民が駆り出され、大仏となる原型に、土や粘土などで形を整えた。外側に雲母や紙ですき間を開けながら、外型を粘土で作り、できた外型を外し内側を削る。

 その削った外型にそって、銅を流し込み、最後に金で装飾したといわれている。

 そして、天平勝宝てんぴょうしょうほう四年(752年)に開眼供養会が行われる運びとなった。

 完成した神々しい黄金の輝きを放つ大仏を見て涙する者もいた。


「これで、乱れた世は治まるのだな」

 老いた天武天皇は完成した大仏を見て、これから世の中は良い方向に向かってゆくのだと確信し756年、息を引き取った。

 だが、天武天皇の想いも虚しく、それから間もなく、都に謎の病が蔓延し、人々は高熱、咽頭の痛み、下痢などに苦しみ、亡くなる者たちが後を絶たなかった。

「どうして、どうしてですか、盧舎那仏よ! 帝も民も、みなあなたを信じているではないか……。なのにどうして、このような病を蔓延されるのだ!」


 そのとき僧侶は、大仏が泣いているのを見た。

 実際には涙の雫を流しているのではなく、金が下まぶたから頬にかけて剥がれたために泣いているように見えただけだが、僧侶はそれが廬舎那仏が流す本当の涙のように思われた。

 間もなく、廬舎那仏を信じていた僧侶までも、謎の病に倒れたと伝わる――。

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