ケイコクします! タマモちゃん!

一矢射的

第1話



 ああ、なんてこった。

 せっかく今日は楽しいバレンタインデーだってのに。

 世界中の誰もが 新たな恋の予感に色めき立っているというのに!


 俺ときたら、いつも通り地味な交通違反の取り締まりだなんて。

 ここには色気の欠片もない、畜生め。


 しかし、それも仕方ないじゃないか。

 人間の本質はしょせん悪。交機の白バイ隊員が性善説を信じていたんじゃ、交通戦争の犠牲となって泣く人が増えるばかりだ。


 頭ではちゃんと理解できているんだが。

 捕まえた違反者がどいつもこいつも彼女連ればかりだと。


 嫌でも今日が男女で寝物語ピロートークを楽しむ時だと思い知らされる。


 オウ、そうだよ。

 交通違反が多い大通りで、あえて違反者を待ち受ける。


 世間ではネズミ捕りと揶揄やゆされる任務の最中なんだ、本官は。


 ドライバーに難癖をつけて罰金を徴収する。

 そんな陰口、百も承知の上。

 取り締まりをするんだ。嫌われもするさ。

 治安の為に憎まれ役を買って出るのが警察の仕事だからな。


 しかし、ここは通学路でもある学園大通りだぞ。

 二月十四日だからといって暴走するやからを見逃せるわけがない。


 昼間から飲酒運転なんて、もってのほかだ。


 これでもはや何台目になるのか。

 白バイのサイレンを鳴らしながら、本官が停車命令を出したのは真っ赤なスポーツカーだ。フラフラと蛇行運転しやがって。ここまで露骨に有罪だとこっちも良心が痛まずにすむ。


 そして車を停めてみれば、案の定、またも若者の女連れじゃないか。



「ヘイ、飲酒運転は一発免停だと知ってるよな? ここからは歩いてもらおうか」

「ちょ、勘弁して下さいよ。これは無理矢理のまされちゃって」


「えー、そは まことぉ? もう車が使えんのかえ?」



 すると助手席に座っていた金髪女がすっとんきょうな声をあげたじゃないか。

 「まこと」って、マジのことか? ギャルにしてはどこか古風な言い回しだな。


 その女は派手なサングラスをオデコにかけ、アロハシャツの裾を乳房の下で結んでいる。襟元からのぞくチューブトップと胸の谷間がチト目に毒だ。しかも、へそ出しホットパンツで太腿まで露わになっているのだから、服装に気合が入り過ぎだろう。


 おーい、世間はまだ二月だぞ?

 彼女は本官の脳内ツッコミなどお構いなしだ。



「くわぁ、この有様、いと耐へ難し。もういい、ワレまさにタクシーで帰宅せんとす」

「あの、お嬢さん? 飲酒運転には同乗者にも責任と罰則がありまして」

「我は知らぬ!」



 俺の警告もどこ吹く風。女は車を降り、そそくさと去っていく。

 運転手の軽薄そうな男も、悲しげだ。



「そんなぁ、タマモちゃん、見捨てないで~」



 気の毒だが、仕方ない。本官もこれが仕事だからな?

 断じてザマァなどと思ってはいないからな?


 けれど、気分が良かったのはほんの数分だけ。捨てられた男の落ち込みぶりが洒落にならない度合いで、なんとなく気の毒になってきたからだ。


 それでも違反は違反。

 切符をきってレッカー車を待っていると、俺の目に信じがたい光景が飛び込んできたではないか。俺達の目前を通り過ぎた黒塗りのベンツ。その助手席からこっちに手を振っているのは、間違いなく先程のオデコ グラサン女ではないか!


 なんだと? 別の男の車?

 あれがまさか、彼女の言うタクシーなのか?


 憮然ぶぜんとしている本官の前で、女は助手席の窓から飲み終えたペットボトルを投げ捨てる。(慣性の法則に従い)回転しながら宙を舞うそのゴミは、見事に本官の頭を直撃したじゃないの。おいおい、窓からポイ捨てもれっきとした犯罪だからな!


 ゆ、許せん。いくらスタイル良好で可愛くても許せんぞ。



「こらぁ、そこのベンツ! 停まりなさーい!」



 思い返せば飲酒運転の男も「飲まされた」と言っていたではないか。

 この女こそが諸悪の根源。本官はそう直観し、パトライトを起動させた。


 それが深淵の沼地へ足を踏み入れる蛮勇とも知らずに。やれやれだ。

 正義は辛いぜ。



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