想いに花を開かせて その六
もう会えなくなる。
そう聞いて、思考が止まってしまった。
布団に潜りながら、窓を見る。
その先にはきっと、拓実がいる。まだ、今は。
拓実のことを好きになったのは、ずっと昔だと思う。
ただ、自覚をしたのは中学生になってからだろう。
私は、何でも人より上手く出来てしまった。
最初は、嬉しかった。お父さんも、お母さんも、他の大人も、周りの子ども達も皆が私のことを褒めてくれた。
違和感は、少しずつ大きくなった。
大人達は変わらずに褒めてくれる。ただ、同い年の子達が自分を見る目が変わり始めた。
何故なのかわからなかった。何もしていないのに。ただ普通にしているだけなのに。
どうして、そんな目で見るの。
子供であろうと、いじめというのは陰湿だ。
周りの大人達が気づけないくらいに小さな、でも私の心を削るには十分な傷が、沢山付けられていった。
お父さんとお母さんには言えなかった。
二人ともとても愛してくれていたけれど、仕事で忙しそうな二人に心配を掛けるのが嫌だった。
ただ、私には拓がいた。
拓は何も変わらなかった。
もしかすると、そういったことがあったことすら気付いていなかったかもしれない。今思えば、昔から鈍感だったんだろう。
拓は私を褒めることも貶すこともしない。勿論、些細な言い争いをすることはあったけれど、私が傷付くようなことは絶対に言わなかったし、しなかった。
きっと、どんな私でも拓は私をただの千佳として一緒に居てくれる。
拓の前でだけは、混じり気のない、ただの千佳でいられた。
そんな自分が拓のことを好きなんだってわかった頃には、距離の掴み方がわからなくなっていた。
拓と会えなくなる。
いや、きっと会えない訳ではないけれど、それでも。
どうしたいのか、わかっている。それは、昔からそうだ。
ただ踏み出すのが怖いんだ。
何でも出来る私の"出来ないこと"
それはあまりにも高い壁だった。
◇
あっという間に二日が過ぎた。
あの日から、千佳は部屋に来ていない。
気を紛らわせるように机とテキストに向かっても集中出来ない。
色々と準備をしなければいけないことは理解しているが、何も手につかなかった。
また、もう昼過ぎになっている。
何かを飲もうと思い、一階に降りる。
「おはよう」
ソファに寝そべる母さんが、首だけを俺に向けて言う。
「…全然早ないやろ、昼やで」
「あれ?ほんまやな」
「麦茶ってまだあったっけ」
「あったと思う。少なかったら作っといて」
母さんはそれだけ言うとテレビに視線を戻した。
「拓実はさ、ええの?」
おもむろに、母さんが口を開いた。
「何がや。流石の俺でも主語入れてくれんとわからんで」
母さんは「んー…」と何かを考える。
「なんか考えるん面倒くさいな…」
「え、何」
母さんは何かを諦めたように、はっきりと言った。
「千佳ちゃんと付き合わんままあっち行ってもええん?」
「なっ…なんでそんな話になるん!?」
「え、だって好きやのに付き合わんままで何年もとか…もう終わりちゃう?」
母さんは心底不思議そうな顔で続ける。
「ええ加減付き合ったらええのに…」
「いや、やからさ!?その前提なんなんやっ、俺がその、千佳が好きみたいな」
まただ。風呂場で見た親父と、同じ顔をしている。
『何を言ってるんだ』、今にもそう言いそうだ。
親父と違うのは、ソファに寝そべったままなので随分間抜けな格好なことだろう。
「……お母さん、昔から天然やどうやって馬鹿にされてきたけどな」
そうやろな、とは口に出さない。
急に真面目な顔をし出したので、何を言い出すのかと身構えてしまう。
「そんなお母さんでも流石にわかるで。幼馴染やからって、普通そんなに一緒におらんから」
「そ、そうなんか」
自分が千佳に向けている感情。
ちゃんと考えたことはなかった。もしかしたら、考えないようにしてきたのかもしれない。
「あんたは、千佳ちゃんが他の男の子とくっついても平気?」
「………」
何も答えられなかった。
想像が付かなかったのもあるが、すごく、嫌な感じがした。これ以上考えるのを脳が拒否しているような、そんな感覚が。
「………あかんわ」
「え?」
母さんが唐突に欠伸をしだす。
「眠いわ…夕方なったら起こして…」
「えっ嘘、なんか珍しく真面目な話してたやんッ!?」
嫌に疲れたような気がするが、思考は動き出していた。
自分が、千佳をどう思っているのか。
どうなりたいのかを。
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