第六話 花火大会に誘ったら

 今朝も日差しが強い。

 学校に着く前に溶けてしまうんじゃないかなんて莫迦ばかなことを考えながら、ぼくは学童に向かう悪ガキ軍団と交差点でじゃれあっている。


 悪ガキとはいえ、こうやってぼくに懐いてくれるのは嬉しい。

 多分それは、長期休暇ほど忙しい家庭に育ったという共通点があるからだろう。

 心の中でこの子たちを「悪ガキ」と勝手に読んでいるけれど、年上の人に毒舌を吐きたいという時期なのは理解できる。


 なんて感じで夏休みの寂しさを実感しながら、ぼくは交差点の向こうを見る。

 麻衣はどうしたんだ?

 いつもならこの時間には来ているはずだ。だけど今朝は姿を見ない。


 夏風邪でもひいて今日はお休みかな。それならメッセージが届くはずなのに。それすらできないくらい具合が悪いのか?

 それとも単に、今朝は早く登校したのかな、なんて考えていたら、

「ハッちゃん、彼女がやっと来たよ」

 昭が交差点の向こうで信号待ちをしている麻衣を見つけた。


「ぼくらもう行くね。ハッちゃんは彼女と仲良く学校に行くんだよ」

 生意気なセリフを残して、聡は仲間を引っ張るように小学校に向かって走り始めた。

「車に気をつけるんだよう」

 後ろ姿に声をかけると、和人がふりむきざまに手をふった。


 信号が変わって、麻衣が横断歩道を渡り始める。

 あれ、様子がおかしくないか? なんだかぼうっとして、いつもの覇気はきがない。

 夏風邪というのは当たっているのかもしれない。


「おはよう」

 交差点を渡り切ったところで声をかけたけれど、麻衣はぼくに気づきもしないで素通りした。


「麻衣、おはようっ」

 背中に向けて大声でもう一度挨拶すると、麻衣はおもむろに立ち止まり、ゆっくりとふりかえる。

「あ、ハヤト、いたんだ……」


 麻衣はうつろな目でぼくを見た。

 心ここにあらず。物思いにふけっているようにも見えるが、よく解らない。

「どうしたんだよ、ぼうっとして。麻衣らしくない。夏風邪でもひいた?」

「ん? べ、別になんでもないって」


 落ち込んでいるわけでもなさそうだが、浮足立っているのとも違う。

 でも何かあったのは間違いない。


 いつもの麻衣に戻ってもらいたくて、ぼくはお盆に開かれる花火大会に誘った。

 極上の笑顔を浮かべて「もちろん。今年もみんなで行こうね」と即答してくれるはずだ。

 だけど今朝の麻衣はぼくから目をそらし、行き場のなくした視線を足元に落とす。


「……どうしたの?」

 ぼくはだれにも聞こえないように、小さな声でつぶやいた。


 麻衣はしばらく黙り込む。

 まちがいない。断る口実を探しているんだ。

 そして思った通り、

「……ごめん。今年はもう友だちと約束しちゃったの」

 と、うつむいたまま小さな声で答えた。


 小学校の高学年になってから、英嗣ヒデや麻衣も含めて同じ学年のみんなで毎年出かけていた。だから今年もみんなで一緒に行けるとばかり思っていた。

 そういう意味では、麻衣の口から出た言葉は予想外の返事だ。


「そ、そうなんだ。約束してんじゃ、しかたないな」

 ぼくは動揺を悟られまいと、作り笑顔で答える。

 道すがら麻衣が「ごめんね」と繰り返す。その声がぼくの胸に刺さる。


 悪いことをしたわけじゃないんだから、謝らないでほしいよ。もっと早くから計画を立てなかったぼくの落ち度なんだから。

 なんとか平然を装い、何もなかったように会話をしながら学校まで行くと、また今朝も昇降口で倉田先輩と出くわした。


 夏休みになってから遭遇率が高くないか?


「麻衣、おはよう」

「あ、お、おはようございます」

 いつものあいさつを交わすふたり……のはずが、妙な違和感がある。おかしい。


 ぼくはそれとなく倉田先輩に目を向ける。

 やばい。いつかのように目があってしまった。


 ……あれ?


 先輩はぼくに何かを言いかけたが、途中でやめ、代わりに意味ありげな笑みを浮かべる。

 な、なんだ、今のは?


 先輩はぼくに意味不明の笑顔を見せたのに、麻衣には挨拶以上の言葉をかけない。いつもなら肩を並べて楽しそうに歩くのに、今日の麻衣はうつむきながら、先輩の少し後ろをついていくように歩いていた。


 この前までと空気が異なり、ぼくのほおがピリピリする。

 緊張のあまり、触れたら感電しそうだ。


 ふたりのあいだに何かがあったのは間違いない。麻衣たちの後ろ姿を見ながら、ぼくはそう確信した。



   ☆  ☆  ☆



「それはな。岡村が、の倉田にフラれたからだぜ」

 昇降口の出来事を部室で話すと、真っ先に口を開いたのは翔太ショウだ。

「たらし」ってなんだよ。相変わらず言葉の端々に、倉田先輩への敵対心があふれていないか?


「えらく自信たっぷりだけど、そう断言する根拠ってあるの?」

 ぼくはギターをケースから出しながら問いかけた。英嗣ヒデマサルも楽器を準備する手を止めて、翔太ショウを見る。


「おれのダチがな、倉田が女子とふたりでフードコートにいるところを見たんだ。私立の中学に進んだやつだけど、おれが倉田のせいでフラれたことを知ってて、情報を流してくれるんだよ」

「まるでストーカーだな。で、相手の女子はどこのだれなんだ?」

 マサルがあきれて口をはさんだ。


 翔太ショウはアメリカ人みたいに肩をすくめて答える。

「少なくともおれたちと同じ小学校出身じゃないな。ダチの知らない女子だったらしいし」

「くだらない。妹さんか姉さんだろう?」

「甘いなヒデ。倉田は一人っ子だ」


 うわっ、翔太ショウって倉田先輩のこと、詳しすぎる。そこまでライバルが気になっているのか。マサルの言う通り、ストーカーと変わらない。

「吹奏楽部ではすでに話題になってるのかもしれねえぜ。そのことが岡村の耳に入って、距離が生まれたに違いない。

 ハヤト、チャンスだ! この機会を逃すなよ」


 それはあるかもしれない。失恋を引きずった心情では、男子抜きで出かけたいかもしれない。

 でもそんなこと考えず、ぼくに話してくれればいいのに。相談でも愚痴でも、麻衣の気のすむまで聞いてあげるよ。幼馴染だし、ぼくにとって麻衣はプリンセスなんだよ。

 もしかしたら今日あたり連絡が入るかもしれない。そのときはすぐにかけつけなきゃ。いつでも麻衣を慰めるぞ。


 地球のために何を頑張ればいいのか、今のぼくには解らない。でも麻衣の笑顔のためだったら、いくらでもがんばれる。



 だが翌日からお盆で部活も休みになり、麻衣との接点が切れた。

 そして期待に反して、連絡は一切入らなかった。



  ☆  ☆  ☆

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