第十二話 ひとりじゃないから
理科室に続く階段を登り切ったら、英嗣がいた。軽く壁にもたれ、腕組みしている。
ぼくに気づいたとたん、気まずそうに視線を泳がせた。
「今のやりとり、見てたんだ……」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど……声が聞こえたものでさ」
すまなかった、と小さく呟く声が耳に届いた。
理科室までのわずかな時間、英嗣は何もいわない。ぼくらの靴音だけが静かな校舎に響く。
が、理科室に入ると不意に、
「なあハヤト。今日は思いっ切り、好きな曲を演奏しなよ。気晴らしにな。とことんつきあうぜ」
英嗣は親指を立ててそれだけ言うと、また口を閉じた。
ぼくはギターを取り出して、チューニングを始める。
ほどなくして翔太と優が顔を見せた。
「おはよう」
元気な第一声は翔太だ。
「あれ、どうした? なんかふたりとも静かだけど」
優が不思議そうにぼくに問いかける。
「そうか? いつもと同じだよ。それより文化祭に演奏する曲に、これ追加したいんだけど。どう?」
ぼくはみんなの前で楽譜を広げた。
大好きなハードロックで、兄さんと一緒に弾いた曲だ。夏休みのあいだ何度も何度も練習して、手がすっかりなじんでいる。
オープニングの曲にして、聴きにきてくれた人たちのハートをがっちりつかみたい。
「オレもこの曲好きだな。実は夏休み、ずっと練習してたんだ。ライブで弾きたいよ」
優が賛成してくれた。英嗣は、
「実はぼくも、休みの間何度も弾いてたよ。ハヤトが提案しなかったら、ぼくから言うつもりだった」
と楽譜を眺めながら答えた。
「なんだ、なんだ。みんな考えることは同じってか?」
翔太は苦笑すると、カバンの中からバンドスコアを取り出した。
それはぼくの持っているものと同じでいろいろと書き込みがされている。
示し合わせたわけでもないのに、なんて仲間だよ。
これこそ以心伝心。ぼくらバンドメンバーの絆はばっちりだ。
本当にばっちりで……涙が出そうになるじゃないか。
「じゃあ早速あわせてみるか」
優のリードですぐに演奏を始める。リズムパートのふたりが支えてくれるから、本当にメロディが乗せやすい。
ぼくはギターの弾き語りをしながら、麻衣のことを考えていた。
地球のためのヒーローなんてどうでもいい。麻衣のヒーローでさえいられたらよかった。
ぼくよりも頭が良くて、なんでもできる倉田先輩。どうあがいたってかなわないことは、ずっと前から解っていた。
予想通りの結果だ。逆転できなかったのが悔しい。
今のぼくは、人を惹きつけるだけの人間的な魅力がなかった。言葉にすればそれだけなのに、実行するのはなんて難しいんだろう。
ああそうか。
失恋もひとつの失敗に過ぎない。
時間と共に気持ちが落ち着いたら、ぼくは自分を磨く。もっともっといい男になって、魅力的な人間になってみせる。
気持ちの通じ合ったメンバーが一緒なら、ぼくは必ずそうなれる。
そしてみんなも。
だって何も説明しなくても、英嗣たちは解ってくれるんだから。
以心伝心。絆はばっちりの仲間たちに、ぼくは心の中で感謝する。
ひとりでは何もできなくても、みんなと力を合わせれば、いつの日か誰かの心を動かせるだろう。
兄さんのバンドのように。
ぼくはひとりじゃないんだ。
メンバーとともに、地球のために何かできる日だって来るかもしれない。
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