質問攻めされて草

 いらっしゃい……とセクシャルが周囲の人々に声をかける。


 すると、周囲に集まっていた人の中でも格段にお金を持っていそうな青髪のイケおじが、最初に口を開いた。


「これは、トレーニング用の道具ということであってるかね」

「ああ。これはダンベルと言って、持ちやすいように加工した重りのようなものだ。これを使えば、さまざまな全身のトレーニングを行うことができる」

「ほう……。これ一つで全身を……それは実に興味深いなぁ。ちょうど最近、私有軍の新しいトレーニングを考えていたところなのだよ。この商品について詳しく教えてくれるかね?」


 どうやら、この金持ちはダンベルに興味があるらしい。それに、軍を持っているということなので、いざ購入となったら大量購入間違いなしだ。


 このチャンスを逃すまいと、セクシャルはダンベルの利点について語り始めた。


「まず、1つ目は、筋力を鍛える上で大切な高重量でのトレーニングが行えるということだ。

 この辺の一般的なトレーニングといえば、腕立て伏せ、スクワット、腹筋、ランニング、素振りと言ったところだと思うが、はっきり言って、筋力を高めるのが目的ならばそれらは非効率的なトレーニングとしか言いようがない。」

「ほう……それらは私の軍でも行っているが、非効率的だと言うのか。根拠はあるのかね?」


 今までのトレーニングの基礎とも言える自重トレーニングや素振りを真っ向から否定したセクシャル。


 結構失礼なことを言っているので若干圧をかけられているが、顔色ひとつ変えることなくセクシャルは話し続けた。


「それらのトレーニングは自重トレーニングと言って、ほとんどが自分の体重を負荷にして行うものだ。

 そのため、負荷を高くするならば重りを体に括り付けるなどの工夫が必要になる。

 しかし、体に直接重りを括り付けるということは、重りが骨に当たったり、体に擦れたりことで怪我のリスクが高いし、邪魔になって集中を途切れさせることがある」

「ふむ、確かにその通りだ。鎧を着たままのランニングなどを実施させてみたことがあるが、視界が狭く蒸し暑く、何より体に鎧の重量がのしかかるということで、軽い怪我人を出してしまったことがあったな……」


 鎧を着たままランニング……恐ろしいことをするものだ。狭い視界や蒸し暑い環境、動かしにくい四肢で正常に動くための軍的トレーニングとしては有用かもしれないが、その状態での長距離ランニングなど、恐ろしくてたまらない。


 みんなは、リュックを背負いながら走ったらことがあるだろうか。自分が跳ねるように走れば走るほど、肩にかける部分が肩に食い込み、物を入れる部分が浮いて背中を打ち付ける。重ければ重いほどその威力は強くなり、とても走れたものではないと思う。


 鎧を着たまま走るということは、それの数倍重くて硬いものが体にぶつかってくるということ。怪我まっしぐらである。


「それは良くないな。体を鍛えるために怪我をして、トレーニングができなくなってしまったら本末転倒だ。

 しかし、このダンベルを使用すれば、安全に負荷を高めて全身を鍛えることができる。素晴らしい商品だから、試しに買ってみるのを勧めたい」

「ふむ、この商品がいいものなのは理解したが、もう少し質問してもいいかね?」


 どうやら、すでにダンベルを買うのは決定していそうな雰囲気だ。しかし、単純に知識を得るためにセクシャルに質問がしたいようだな。


「ああ、いいだろう」

「負荷を高める必要があると言うが、本当にそれは必要なのか? 

 実際、私の軍の者たちは腕立て伏せなどを続けることでどんどん筋力が高まり、トレーニング開始前の何倍もできる回数が増えたのだぞ」

「それは、少し勘違いをしているな。筋力ももちろん向上しただろうが、腕立て伏せが2.30回くらい余裕でできるようになったころから筋力の向上は低下していると考えていいだろう。

 それ以降に向上したのは、弱い筋力を長時間発揮し続けるための遅筋。つまり、筋持久力が向上しただけだと言うことだ筋力を高めるためには、3〜5回で限界が来るような負荷でのトレーニングが良いとされている。」


 これはセクシャルの言う通りで、ずっと同じ負荷でトレーニングを続けていれば、いつかはそれが余裕になる。余裕な負荷を多い回数行うと言うことは、それは持久力を高めるためのトレーニングとなっているに違いないのだ。


 筋肉を大きくするのが目的だとしても、ずっと同じ負荷で行うのは効率的だとはいえない。筋肉は、同じ負荷には慣れてしまうものなのだ。


「ふむ、ふむふむふむ! なるほど! 納得した! 君の知識は素晴らしいな……それに肉体も素晴らしい。正直、君の体を見た時点で買うのは決めていたんだが、色々と聞きたくなってしまってね。すまなかった」

「いいや、全くもって問題ない。俺が作り出したダンベルで、俺が伝えた知識を使って体を鍛える。それはつまり、俺自身の筋肉が増えると言うことだ。」

「……?ちょっと言っている意味がよくわからないが、商品は買わせてもらうよ。そうだ、君の名前を教えてくれ。ぜひ知りたい」


 セクシャルの筋トレ知識を聞いて、このイケオジは色々と納得したようだった。ダンベルの購入も決まったし、大成功だね。


 だけど、もうそろそろ他人にその意味不明理論を話すのはやめておいた方がいいと思う。ほら、この人も困ってるし。頭おかしいと思われて、購入を取り消されなくてよかった。


 名前を尋ねてきたイケおじに対して、セクシャルはなぜか残念そうな人を見るような目で口を開いた。


「俺は、セクシャル・ハラスメント。何度か話したことがあったはずだが、非情なものだな。イイヒト公爵よ」

「は!? 君がハラスメント家の三男だって? 私が彼と最後に会ったのは3年前……彼は当時3歳だったはずだ。まさか、君がまだ6歳だとでもいうのか?」

「そうだ。筋トレして、レベルアップしたらこうなった」


 セクシャルが誰に対しても偉そうに話すのは元からなのだが、なぜかのこの人にはやけに親しげに声をかけているのが引っかかっていた。


 ……まさか、この人がイイヒト公爵だったとは。たしかに、どこかで見たことがあるような気はしていた……ちなみにガチ。


 というか、最近公爵家登場しすぎである。ハラスメント公爵家、レスト公爵家、ワルイヒト公爵家、イイヒト公爵家。オリンピア王国におけるすべての公爵家がすでに出揃ってしまった。


 そんなことはいいとして、この驚愕するイイヒト公爵の顔が草である。イケおじなのに、残念になるほどのアホ面。


 この青年がセクシャルであることについて半信半疑だったが、セクシャルがハラスメント公爵家の刻印が刻まれた指輪を見せると、本当にこいつがセクシャルなのだと理解せざるを得なくなったようで、再びアホ面を晒していた。


 大人しめのイケおじキャラ登場かと思いきや、いきなりキャラ崩壊である。かわいそうに。

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