森の親子
朝凪 凜
第1話
「おかーさん、今日はどこにお出掛け?」
「今日は近くの集落にお買い物よ」
私に声をかけてきた我が子は本当の私の子ではない。
見た目は15歳くらいに見えるけれど、実際には10歳から11歳くらいだと思う。
この見た目というのはあくまでヒト種としての外見年齢だ。
まわりからみたら私とそう変わらない。髪の色は私が金髪で、子供が赤褐色なので髪色が違うくらいで、仲の良い姉妹に見えるだろう。
ヒトの子としての10年は長かったのだろうか、あっという間だったのだろうか。時の流れの感じ方はそれぞれだ。私は今まで生きてきた時間から考えてもあっという間だった。
* * *
いつものように近くの村との物々交換をしてきた帰り道。家に戻るために街道から外れて木々の間の獣道を通っている時だった。
「……赤子の声?」
遠くの方から聞き慣れない声が聞こえてきた。その声の主に向かって進みつつ、周囲を警戒していたものの特に何もなく、大きな木の根元に赤ん坊が布に
赤ん坊やその布に何か無いか確認をしたがこちらもやはり何もなく、捨て子だろうと判断した。
そのまま置いておくのも考えたが声につられて街道から誰かがこちらに来るかもしれないことを考えてひとまず家に連れて帰ることにした。
家といっても、ちょっとした小屋程度だ。森の中の少し開けた場所に両手を広げたくらいの家屋だ。雨風がしのげて寝られればそれで良い。
私は今までそれで暮らしてきた。食べ物は近くで採ればいいし、なんなら村の方で食べれば良い。
しかし、赤ん坊にそれは無理だろうというのに気づいたのは鳴き声が大きくなってオロオロし始めた時だった。
「困ったな。とりあえず水を飲ませて明日になったら村に行って何か無いか探すとしよう」
エルフ種はあまり手がかからない。赤ん坊でもそうそう泣きわめくことも少ないのでこの時は簡単に考えていた。
数日が経過して、これはどうにもならんと判断して、村で赤ん坊を引き取ってもらえるか尋ねて回った。
しかし自分たちの生活でいっぱいいっぱいな皆は余裕がなく、引き取り手はいなかった。そのときに育て方を色々と教えてもらって、どうにか育てることとなった。
機嫌が良い時は私の顔をぺちぺちと触りまくり、機嫌が悪いときは私の顔をばしばしと足蹴にする。
「ヒトの赤子とはこんなにも困難だとは思わなかった。よくこれで子が育てられるものだ。また一つヒトの苦労を知った。知りたくなかったが……」
幸いだったのが、寝てる間に髪を引っ張られることが少なかった。ショートカットだったため、赤ん坊の手ではなかなか掴めなかったらしく、このまま髪は短い方が良いと強く思った。
* * *
手が掛からなくなってきたと思ったときにはもう10年の歳月が流れていた。
エルフ種であれば20年ほどで成長するのだが、こうも手が掛かることはない。1年もすれば自分で立って歩くようになり、そこから10年ほどかけてゆっくりと成長していく。最初の1年だけある程度目をかけてやるだけで済む、という話は知っている。
私が実際に育てた子は居ないから本当かどうかは知らないが。
しかし、エルフに育てられたのが影響したのか、ヒトの子にしては食事の偏りが酷い。それでも村の子よりも成長が早いのだから、育て方なのかこの子がそういう希有な成長をするだけなのかは分からない。
「おかーさん。わたし昨日お話してもらったの」
「どんなお話かしら?」
「あなたは他の者を癒やすことができるから、皆を癒やしてご覧なさい、って」
「んー、誰にお話ししてもらったのかしら?」
まるで話が見えない。近くの集落でのことだろうかと思っていたら予想だにしていないことだった。
「んーっと、せいれいさん……? だったかなぁ。お話しして追いかけたら目が覚めたからよくわかんないけど、やり方は教えてもらったよ」
そう言って見せてくれたのは魔法だった。
周囲の草木が生き生きとして、私自身も疲れが取れていった。
「!! すごいじゃない! あ、でも……」
この魔法を村には見せない方が良い。エルフ差別は根強く、何に利用されるか分からないからだ。
「よし! じゃあ、それを他の者にもそれを見せましょう。私の故郷に来ればきっと」
エルフの掟を破って集落から飛び出してきた私は、今戻ってこの子をヒトとエルフの橋渡しが出来れば、と思っていた。長い長い旅が始まる前の話。
森の親子 朝凪 凜 @rin7n
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