ななつまでのものがたり【読切】

朱えび

ななつまでのものがたり

「いーち、にーい、さぁーん」と数を刻む少女の声が聞こえる。

 

 隠れられる場所を探しながら、『俺』はどうして少女とかくれんぼをしているのだろうかと頭を悩ました。

 

――話は少し前に溯る。

 

「ここはどこで、俺は一体誰なんだ!?」

 

 どこか懐かしいような気もする山の中、俺は頭を抱えていた。


 どうも、俺は記憶喪失らしい。

 名前も住所もさっきから必死に思い出そうとしているのに欠片も思い出せない。

 というか、自分の風貌でさえ全く分からなかった。

 そこで、姿はどんな感じなのかと近くの池を覗いてみた。

 

 ……うん。何とも言えない顔をしている。

 いやまあそこまで悪くないんだが、いかんせん地味だ。年は、中学生にも見えるし大人にも見える。

 

 だめだ。性別が男なことくらいしかわからない。

 

 

 それならばと身体の方を見た、瞬間。


 俺は、ある重大な情報を手に入れた。

 自分の体を隠してくれるものが、何も無い。つまり俺は裸だったのだ。

 思い出すのに気を取られすぎて、肝心なところが見えていなかった。


 確かになんか解放感すごいなとは思っていたけど!!

 

 とにかく、何か着るものはないかと周辺を探してみることにした。幸い、あたりには誰もいない。俺は少し森の奥のほうに進んだ。

 

 森は、人の手が行き届いているのか木がきれいに等間隔で生えていた。

 木漏れ日が降り注ぎ、生命力にあふれている。

 

 傍らには『祝!森林完成百周年』と看板が建てられていて、どうやらここは人工林らしいことが分かる。これで俺が裸じゃなければ、普通にハイキングを楽しんでいたことだろう。

 

 裸じゃなければ。

 

「あーそこらへんに服落ちてたりしないかなー」と声に出して言ってみた。すると、向こうに誰にも使われていないような小綺麗な和服一式が置いてあるのを見つけた。

 

 こんなのさっきまであったっけと思ったが、そういえば俺は服を着ていないのにも気づかない人間だということを思い出した。

 断じて怖い訳ではない。ホラー要素などいらないのだ。

 

 落ちていたのが和服でよかった。体にぴったりとフィットしたその服に身を包みながら、俺は今後のことについて考え始めた。

 

 やっぱ警察とかに行くべきか…?いやその前にこの森から抜け出さねぇと。

 

 開けているとはいえ、森は森。大きな物は木しか見えない。

 

 「誰かいないのかぁ……」

 途方に暮れて呟いた。

 

 まあ流石にこんな真昼間に人がいるわけない…ん?その瞬間耳に飛び込んできた「音」を俺は聞き逃さなかった。

 

 間違いない。

 あれは紛れもなく人の泣く声だ。

 

 俺は一抹の不安を感じながら声のするほうへ足を進めた。だからホラー要素とかいらない。別に怖くはないが探索の邪魔になるからいらない。怖くはないが。

 

 

 前略、神様。

 

 確かに「誰か」はいましたが、それが幼女だとは聞いておりません。泣いていた所に俺が現れたせいでびっくりしてさらに泣いております。

 

 どうすればいいのでしょうか。

 助けてください。

 

 そんなことを祈りながら、俺は先刻会ったばかりの、目からビー玉くらいの大きさの雫を大量に落としているまだ小学生にもならない位の年齢の少女を見た。


「や、やあ。」


泣きながらめちゃくちゃ怪訝そうな目で見てくる。心が折れそうになるが、続ける。


「俺は全然怪しくないものなんだけど」


さらに訝しむ様な目で見てくる。

 うん。信じてないなそりゃそうだ。

 でも、続ける。


「お兄さんの頼みを聞いてくれないかな?」


さっと後ずさった少女の姿は威嚇している猫の姿にそっくりだった。もうやめてっ!俺のライフはもうゼロよ!

 それでも俺は続ける。


「道を教えてくださいっ。お願いします」

 俺は、懇切丁寧に正座しながら額を地面につけた。つまりは土下座した。

 「ふっ」と空気の抜けるような音がして、いつ間のにか涙が消えた少女は言った。

「いいよ。そのかわりわたしとあそんで」

 

 そうして俺は少女とかくれんぼをする羽目になった。本当にどうしてこうなった。

 

 そうこう考えている内にそろそろ少女が数え終わる頃合になってしまったので、とりあえず近くの木陰に身を潜めた。

 

 ……どのくらい時間が経ったのだろうか。未だ少女に見つかっていない俺は痺れを切らし外に出た。

 

 見つからなかった原因としては完璧に木陰に同化していた俺のせいであろう。

 少女がこの木陰を見た時は流石に内心冷や冷やしていたが、祈っていたらすぐ違う方を探しに行ってくれた。俺の姿は目に入らなかったらしい。運が良かったと思う。

 

 幸い、少女はすぐに見つかった。

 不幸にも、「泣いている」状態で。

 

 Q.恐らく自分が泣かせてしまった少女の姿を見た瞬間の俺の行動を答えよ。

 A.即座に少女との距離を詰め思いっきりスライディング土下座をした。

 

 結論:もっと泣かせた。

 

 

 マジでごめんなさい。


ようやく冷静になった少女は、大慌てで謝り倒す俺に「きもい」「てか大人気ない」と冷たい言葉を投げかけた。

 

 グサリと心が抉られたが返す言葉が無い。本当に申し訳ございませんでした。

 

 それでも許して貰えたらしい。場も和み、雰囲気が良くなったのを見計らい、俺は気になっていたことを口にした。


「なぁ。えーっと……」


「『茜』。夕焼けのきれいな時に生まれたからこの名前になったの」


「そうか。茜はどうしてこんな森に一人でいたんだ?」


「…それは…」


「あ、無理に話さなくでも大丈夫だけど」


「……いいよ。話す」


茜は、母親と二人暮らしで母親はいつも仕事が忙しく帰ってくるのも遅いこと。

 約束していたのに今日も遅くなると言われてしまい思わず家を飛び出して来てしまったこと。

 

 そして、今日が六歳の誕生日であることを教えてくれた。

 

 ……うーむ。俺がどうにかできる問題でもないし首を突っ込むのも無粋だろう。だから、

「そうだったんだな。誕生日おめでとう。

 それと、個人情報はあまり他人に教えるもんじゃ無いぞ。注意した方がいい」と言った。

 すると茜は目を丸くして、

「…えっそこ?早く家に帰れとか言われると思った……」と答えた。


「だって帰りたくないからここに居るんだろ?無理に帰れとは言わねぇよ。それと個人情報流出は怖いらしいぞ。そういうのには気をつけた方がいい。いつ悪い奴が茜のこと……」


「いやもういいから。…ありがとう。」

「もっとお礼言ってもいいんだぜ?」

「うざい。」

 うわようじょつめたい。

 

 一息ついたところでもう一試合することになった。今度は俺が鬼である。

「それじゃ数えるぞ。いーち、にーい……」

 

 茜の駆ける音が聴こえる。すぐに小さくなり聞こえなくなった。途端静寂が訪れる。久しぶりの静けさだった。

 

 すると頭の中にこれからの不安が一気に押し避けてきた。

 

 「茜の事はどうするのか」

 「食事は?」「寝る場所は?」

 

 そして「俺は一体何者なのか」

 

 

 色々な問題がありすぎてパンクしそうだ。未だ俺の記憶は戻っていない。何一つも、だ。

 

 もうそろそろ戻ってもいい頃合いだろう…そんなふうに頭を働かせていると、あっという間に数え終わってしまった。

 

 仕方ない。また今度考えよう。

 

「もういーかい」とかくれんぼの常套句を言ってみる。しかし、反応が無い。

 聞こえないのかと思いもう一度言ってみる。


けれども返事のひとつも聞こえてこない。普通なら「もういーよ」か「まーだだよ」と帰ってくるはずなのに何も返ってこない。

 

 おかしい。

 

 俺は一目散に茜が隠れているらしき場所を探し始めた。


「いない」「いない」「いない」

 

どこを探しても茜の姿が見当たらない。


「なぁ神様。お願いだから茜の元へ連れて行かせてくれよ。」そう呟いた瞬間、ザァッと風が吹き、目の前に茜が誰かと話しているのが見えた。

 

 またホラー展開かよと思ったが、まぁとにかく茜が大事なさそうでほっとした。

 だが、その直後それが杞憂でなかったことが分かった。

 

 

 その茜と話している人の様子が、どうにも『奇妙』なのだ。


「ねぇねぇ聞いて、ぼくさ、こぉーんないい天気の日に君に会えて本当に幸運だと思うんだァ」


「な、なんですかあなた…」


「うんうん。君もそう思うよねぇ。」


「えっちょっときいてますか??」


「だからさ、こぉーんな天気の日なんだから、殺しちゃってもいいよねぇ?」


「は…?今なんて…」


「だってさ、こんな山にいたいけな少女が一人でいるなんて神様からの贈り物だと思わないー?」そう言って奴は手に持っていたカッターを茜に切りつけ

「茜!」


俺は咄嗟に駆けつけて、茜の手を取り逃げ出した。こいつはヤバい。本能というか身体が告げている。捕まったらダメだ。

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 

 だが、そんな速さに幼女がついていけるはずも無い。

 茜はいつの間にか行きも絶え絶えで走るのはおろか喋るのでさえやっとの状態になっていた。

 

 これではいけない。しかし、俺には茜をおぶって逃げることは体力的に無理だということがわかっていた。


「ちょっとぉ、なんで逃げるのさぁ」

 

 嗚呼、奴の声が聞こえてきた。


「あーぁ。折角いい気分だったのになぁ。

 悪い子だねぇ。君ぃ。おしおきしないとねぇ」

 そう言って奴はどんどん近づいてくる。

 

 このままだと茜の身が危ない。

「お前っ」俺は決死の覚悟で奴に掴みかかろうとした。

 

 だが、出来なかった。

 

 俺の手は奴の体を通り抜けて、虚空を掴んだ。まるで、俺が、……のように。


「え…?」


その間も奴の手は茜に近づいている。【俺が見えていないというように】。

 

 殴ってみる。蹴ってみる。何をしても俺の体は奴に触れられないで虚空に舞う。

 そしてついに奴の手が茜に届きカッターを

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 プツンと何かが繋がった音がした気がした。

 嗚呼そうか。俺は、いや我は…

 

「そこの人間。」

 

 さっきまで、このふしんしゃにふれられずもがいていて中々なホラー演出をしていたお兄さんのふんいきがいきなり変わった。

 正直、もうダメかと思っていた。わたしの人生終わったなと思っていた。

 だけど、今のお兄さんにだったらどうにかしてくれそうな、ふんいきがある。


「おやぁ?君は誰かなぁ…?」

 ふしんしゃはいきなり現れた(ように見えるらしい)お兄さんにおどろいたようだったけど、それでもあまり変化はなかった。


「我の名はどうだっていい。細かいことは気にするな」


「まぁでも。もう1人増えるなんてやっぱり僕は幸運だなぁ」

 

 うわぁ。話が噛み合ってない。


「さっ、気を取り直して殺ろっかな♪」

 

 さっきの言葉は訂正する。だめだこいつ。役に立たない。


「むっ。無駄な殺生は良くないぞ。よせ」

「まずはぁ。やっぱりいたいけな君から!」

 

 そう言ってこのふしんしゃは私の首をつかもうとしてきた。けれど、


「ダメだと言っているだろう。こら。」

 

 お兄さんはその言葉を静かに言った。静かにけれど『いげん』に満ちて。いあつした、という言葉が正しいかもしれない。事実私は動けなくなり、ふしんしゃも動きを止めていた。


「……君何をしたの?」


「なぁに少し怒気を強めただけだ。」

「…っそう。でも殺すよ。変わらない」

 

「やめろ。さっきの言葉が聞こえなかったのか?」

 

 そう言って、お兄さんはふしんしゃの目を見つめた。

 

 「ひっ」

 

 その瞬間、ふしんしゃが真青になり震え始めた。

 「分かった分かったやめる」

 「約束だぞ」 「あ、あぁ」

 

 ふしんしゃは私の首から手を離し、そしてお兄さんへ斬りかかった。

 

 「誰が聞くかよぉっ!!」

 

 でもその刃はお兄さんへ届かなかった。

「約束、破ったな?」

 その声は今までのどの言葉より怒気を含んでおり、せつな、ふしんしゃの姿が消えた。


「何を…したの?」

「少し地獄を見せるだけだ。」

 

 ふんいきの変わったお兄さんは、私の方をみてにこりと笑った。

 うん。気にしないでおこう。


「それはそうと、お主を探している者がいるみたいだぞ。」「えっ?」

 

 さぁっと開いた木の向こうに、私のお母さんが見えた。「お母さんっ!」

「茜っ!何処にいたのよ。……心配したのよ?」

 お母さんはふだん見ないくらい目を赤くしていた。

 あはは、な〜んだ。

 私、ちゃんと愛されていたのね。 

 

 

「さぁ、帰りましょう。」

「うん。お兄さんもありがとう…あれ?」

 

 いつの間にかお兄さんの姿は消えていた。どこに行ったのだろうか。探して、あれ…私何を探していたんだっけ。

 

 まあいいか。お母さんの所に戻ろう。

 

 その様子をすぐ間近で眺めていた俺は、ほっと胸を撫で下ろし先程『思い出した』元の居るべき場所へと歩を歩めた。

 

 空はきれいな茜色に染まっていた。

 

 

 彼は今日生まれた山の神。生まれたばかりで上手く神の力が使えない。

 

 神隠しされた少女は無事に母親と再会出来た。

 神との約束を破った青年は天罰をくらった。

 

 数えで七つまでは神の子と言われている。

 これはななつまでの物語。


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