28-1

 北原さんのサーブは北原さんの幼馴染みの右半身へ飛んでいった。右目の視力が低下しているなら、相当取りづらいはずだ。

 威力も狙いも申し分なかったが、あっさりレシーブされ、ニーさんにトスが上がった。やはり視力低下の影響はないと見ていい。

 ニーさんがジャンプし、千屋さんはいつもより遅くブロックに跳んだ。ニーさんの滞空時間はあたしたち日本人より遙かに長い。それを考慮してだろう。

 ニーさんのアタックはシザーで、タイ代表というくらいだからローリングを使うとばかり思っていたあたしは動画を見ているときからずっと意外に思っていた。

 千屋さんとニーさんの右足が空中で交差し、タイミングはばっちりと見ていたら、ニーさんが空中で右足の膝から下を折り曲げ、左足でアタックを打った。

 わずかに落ちかけていた千屋さんの右足にボールがあたり、ボールが床へまっすぐ落ちた。

 ニーさんは頭が床にぶつかる直前に右手右足で着地した。ずいぶん危険な動きを平気でしてくる。

「トリッキーなことしてくれるじゃん」

 千屋さんが忌々しそうにそう言うと、ニーさんはニッと笑うだけだった。

 北原さんのサーブはさっきと同じ場所へ跳んでいったが、またレシーブされニーさんにトスが上がった。

 ニーさんがジャンプすると同時にあたしは構えた。今度はどんなプレーをするのか予想もつかない。

 千屋さんは相手に背中を見せながらブロックに跳ぶ。いわゆる背面ブロックだ。背面ブロックは打点が高いアタッカーに対して有効で、今は絶好の場面と言える。

 ニーさんの極普通のシザーアタックは千屋さんの背中に阻まれ、ボールがニーさんの真後ろに落ちていく。

「これならどんな動きでも関係ないでしょ」

 千屋さんが勝ち誇ったような表情で自分の右肩越しにボールの行方を追った。

 ニーさんは素早く着地すると、左踵でニーさんの背中側のボールを蹴り上げた。

 ニーさんを除くコート上の全員が目を丸くする中、ニーさんは再びジャンプした。

 我に返ったときにはすでにニーさんが空中で回転していた。

 ローリングか、と思っている間にもニーさんはフリーの状態でアタックを打ち、ボールはあたしの右真横に打ち落とされた。

 あたしが全然反応できなかった……。これが高校二年生ながらタイ代表になった人のアタックか。

 笛が吹かれ、北原さんがサーブを打つ。あたしたちの最後のサーブ権だ。今度のサーブは北原さんの幼馴染みの左側へ飛んでいった。右側へ打ったサーブはきっちり拾われているのだから、違う場所へ打つのが道理だ。

 レシーブは北原さんの幼馴染みの頭上に上がった。トサーが走りだそうとしたが、ニーさんが右掌を向けてそれを制した。代わりにニーさんがボールの上がった場所へ走り出した。

 ボールが上がったのはサーブを打つ円の真上、つまりコートのほぼ真ん中だ。ニーさんがボールの下へ走りながら、バック転の要領でジャンプしてから回転した。

 そんな場所から、と思っているうちにボールが矢のように飛んできた。あたしの顔真横を通り過ぎたかと思うと、エンドラインとサイドラインが交わるギリギリにボールが落ちた。

 ニーさんの超ビッグプレーで三連続失点。0対3と滑り出しは最悪だ。

 曜さんがタイムを要求し、あたしたちは一度ベンチへ下がった。千屋さんにはまだないが北原さんに少しだけ悲壮感が顔に浮かんでいた。タイムを取るのはこのタイミングかもしれない。

「どう? タイ代表の実力は?」

 曜さんの質問に、千屋さんは和食さんから受け取った飲み物を一口飲んでから、

「それなりに強い」

と呟いた。

「それなりどころか、かなり強いと思うんですけど」

 北原さんが珍しく弱気だ。千屋さんがここまで一方的に負けたのが堪えているように見える。

「強いけど、問題ありません」

 あたしも飲み物を一口だけ飲んでから言った。

「どんなスーパープレーでも入るのは一点だけです。二点も三点も入らない。着実に取り返します」

 あたしの言葉に曜さんは満足そうに頷き、北原さんも少し安心したようだ。

「少しはセパタクローのことが分かってきたんじゃない?」

 千屋さんのちょっと皮肉めいた口調にあたしは、

「お陰さまでね」

と返した。

 笛が吹かれ、コートへ戻った。勝負はまだ始まったばかりだ。

 サーブ権は銀渓に移る。つまりここから三本は千屋さんかあたしのアタックで取り返すことができる重要な局面だ。試合の流れを決定付けると言っても過言ではない。

 サーブがコート左サイドライン際に飛んできた。動画でもそうだったが、銀渓のサーブはコースに打つのが上手い。

 あたしは左足をボールの下に潜り込ませた。強烈な横回転がかかっているのか、わずかにコート外へボールが出た。

 こうなると利き足である右足でトスを上げにくい。でも、問題ない。ちゃんと両足でトスを上げられるように練習している。

 練習通りに左足でトスを上げ、千屋さんがジャンプした。続けてニーさんも跳ぶ。今まで見てきたどのブロックよりも高い。

 千屋さんは空中で回転せず、ボールをブロックにゆるく当て、着地してからボールを自分で蹴って再度ジャンプした。さっきのニーさんのプレーの意趣返しとも取れる。

 千屋さんが空中で回転すると同時にニーさんが着地した。これは決まる、そう思ったがニーさんもまたブロックに再度跳んだ。

 反射神経も足のバネもどうかしている。

 千屋さんのアタックは見事に阻まれ、ボールはすとんと床に落ちた。これで四連続失点。

 千屋さんがあたしをじっと見つめてきた。なにを言いたいのか今なら分かる。今度はあたしの仕事だ。

 相手サーブがまたも左サイドライン際に飛んでき、あたしが左足でレシーブした。今度はコート内だがネット近くに上がった。

 ドンピシャだ。

 あたしは走りだし、ジャンプした。空中で回転しながら目の前を確認する。だれもいない。相手レシーブの驚いた表情がよく見える。

 ボールを蹴ったと同時にネット際に長い足が突如現れた。ニーさんだ。さっきまで右サイドライン際の千屋さんの前にいたはずなのに。

 回転しながらボールが叩きつけられた音が聞こえた。ニーさんといえどさすがに間に合わなかったようだ。

 あたしたちのチームに一点が入ったのを得点表で確認してから小さく拳を握った。

「見事に決まりましたね」

 北原さんが嬉しそうに言い、一方で千屋さんはどこか浮かない表情で、

「もう少しで追いつかれるところだったけど、決まってよかった」

 あたしの今のアタックは今大会初で、最大の秘密兵器だった。これが決まらなかったら今後は絶対に決まることがない。そういう意味で決まって本当によかった。

「ニーさんがすごいのはもう十分理解した。千屋さんとあたしのアタックを交互に使ってニーさんの疲労を狙う」

 あたしと千屋さんのアタックはブロックなしでレシーブできるほどヤワじゃない。それにニーさんにもタイ代表としてのが意地があるだろうから、ブロックには必ず跳ぶはずだ。二人のアタッカーを相手するのだから疲労はかさむはずだ。

 あたしの小さい頭で考えた作戦に千屋さんは、

「それしかないね」

と苦々しげに頷いた。

「それと北原さん、サーブなんだけど、ニーさんを狙ってくれる」

 相手に聞かれたくなく、あたしは声をひそめた。

「ニーさんですか? よりによって一番上手いとこを?」

 北原さんが少し怪訝な顔をし、あたしが理由を説明しようとしたところで千屋さんが割って入った。

「性格なのかタイ代表の意地なのか、ニーさんは自分一人で全部処理しようとするはず。ネットから離れたレシーブをローリングで返すくらいだし」

「どうせレシーブされちゃうなら、徹底的に疲れさせようってことですね」

 北原さんが納得したように強く頷いた。

 そうは言ってもサーブ権はまだ銀渓にある。

 笛が吹かれ、サーブはまた左サイドライン際に飛んできた。得意なコースで、散々練習したのだろう。

 あたしはネット際にレシーブし、アタックのために走り出した。ジャンプする。

 さっきのあたしのアタックを見てもなお千屋さんをマークしていたニーさんの足が一瞬であたしの前に現れた。

 アタックを打つもボールがニーさんの膝に当たり、真っ逆さまに自コートへ落ちていく。

 落ちる寸前で千屋さんの足が滑り込んでいた。

「ナイス、千屋さん」

 あたしは手をつきながら着地して素早く体勢を整えた。ボールは高めに上がっているため、いくらか猶予がある。

「私のアタックがブロック越えないんだから、ブロックされることは折り込み済み」

 千屋さんのいつもの口調が頼もしいと初めて感じたかもしれない。あたしたちのチームに千屋さんがいる限り負けない。

 千屋さんにトスを上げた。ニーさんはすでに千屋さんの目の前でブロックに入ろうとしている。あたしがアタックからトスまで時間的余裕があったということはニーさんにも同じだけ体勢を整える余裕があったということだ。

 千屋さんのローリングはまたもニーさんのブロックに阻まれた。あたしもそのことは折り込み済みだ。アタックを打てば打つだけ決まるほど甘い相手じゃない。

 ブロックされたボールを蹴り上げたが、相手コートに返ってしまった。

 ボールの行方を追っていると、空中に足が現れボールが蹴り込まれた。ニーさんがアタックを打ったと理解するまで時間がかかった。

 いったいどこまであたしたちの度肝を抜く気なんだ……。

「こんなもんか」

 ニーさんが無感情に千屋さんとあたしを見、ぷいっと背を向けてしまった。ニーさんの目には失望も怒りも退屈さも感じなかった。あれは路傍の石を見る目だ。

 あたしと千屋さんは背番号二をじっと睨みつけた。

 1対5であたしたちにサーブ権が回ってきた。北原さんがサーブを打つ。作戦通り、北原さんのサーブはニーさんの正面に飛んでいった。

 ニーさんはヘディングで自分の真上にボールを上げ、またもオーバーヘッドキックの要領でアタックを打ってきた。

 千屋さんがすかさず片足ブロックに飛び、アタックを阻んだ。タイミングはばっちりで、ボールが相手コートのネット際に落ちていく。

「去年も同じようなことやられているから、それは通じない」

 千屋さんがニーさんに向かって勝利宣言をした。

 ニーさんがこちらに背を向けながら着地するやいなや、右足を軸にして長い足を精一杯伸ばして体を回転させながら左足をボール下に忍び込ませた。そこにもう一本別の足が伸び、ニーさんの足とぶつかった。銀渓のトサーだ。

 ボールはコート外へ勢いよく飛んでいき、運良くあたしたちに一点が入った。

「私がやるからいいよ」

「ごめん」

 ニーさんが高圧的に言うと、銀渓のトサーはすっかり萎縮し小さく謝った。銀渓のトサーは部長で最高学年のはずだが、チームでの力関係は微妙なようだ。

「いやあ、怖いですねえ。このまま仲間割れでもしてくれませんかね」

 北原さんがあたしに言ったが、どうやら相手に聞こえるようにわざと少し大きな声でしゃべっているようだ。その証拠に目線は相手コートだ。

「変なこと期待しないの。あたしたちの力で勝つんだよ」

 あたしがたしなめると北原さんは肩をすくめた。

 あたしたちにできるのはニーさんの体力を削ることだけだった。北原さんがサーブでニーさんを狙い、千屋さんがニーさんのアタックに徹底抗戦、あたしのトスでニーさんを走らせる、対策らしい対策がこれしかないが、とにかく必死だった。

 ニーさんのアタックが決まり、11対21の大差で第一セットを落とした。千屋さんを相手にしたチームの気持ちが少し分かった気がする。この実力差は、同じ高校生とは思えない。

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