27-2

 二階の観客席に移動し、最大の敵になるであろう銀渓高校の試合を見ることになった。

曜さんが絶対に見ろ、と今までにないくらいあたしたちを追い立てていた。

銀渓のブロックはちょうど第二試合が始まるところで、その銀渓はコート上で三人が各々手足を揺り動かしている。

「北原さんの幼馴染みがいるんだよね?」

 あたしが右隣の北原さんに聞くと、北原さんは少しだけ顔を曇らせた。

「はい。銀渓のサーバーです。去年はいなかったのに……」

 銀渓のコートで笛が吹かれ、北原さんの幼馴染みだというサーバーがサーブを打った。ここから見る限り取り立てて特徴のある選手には見えない。サーブも身長も凡庸だ。視力が低下しているという右目の影響は感じなかった。

 北原さんのメンタルが少し心配だったが、北原さんの過去を知らない曜さんは、

「サーバーもトサーもどうでもいいから、アタッカーに注目」

と遮った。

 そのアタッカーは背番号二のユニフォームを着ていて、ここからでも分かるくらい手足が細長い。浅黒く日焼けをしていて、灰色の目が特徴的だ。

「知ってる人ですか?」

 左隣に座っている千屋さんのさらに隣に座る曜さんにそう聞くと、

「直接の面識はないけどね。セパタクローの本場タイ代表ニーさん。十七歳」

 お姉ちゃんが高校生のときもラクロスなんとか日本代表に選ばれていたし、まあそういう人も中にはいるでしょう、くらいにしかあたしには思えなかった。

 あたしと千屋さんの薄い反応に曜さんは呆れたように大きくため息をついた。

「ちゃんと話聞いてる? タイ代表だよ? アンダーなんとか、じゃなくて、タイ代表。しかもエース。十七歳で」

 曜さんを見ていたあたしと千屋さんは素早くコートに目を移した。あたしより年下で、本場タイ代表? そんなすごい人がなぜ今ここに。

 銀渓のエースがちょうどアタックに跳んでいた。意外なことにシザーだ。千屋さんみたいにぐるんぐるん回るのかと思っていたが。

 銀渓のアタッカーは足が長い。銀渓の相手が右足を突き出してブロックに跳んだが、打点に全く届きそうにない。ブロックが落ち始めたころにようやく銀渓のエースがアタックを打った。異様な滞空時間だ。

 アタックはコートのど真ん中に叩きつけられ、銀渓のアタッカーは右足を天井に向けたまま左足で着地した。右足をゆっくり下ろすと同時に少し反らせていた背中を元の位置に戻す。バレエでも踊っているつもりなのか。でなければ相手をおちょくっているようにしか見えない。

「春に和食さんのスマホを取り上げたことがあったでしょ。そのとき画面にニーさんがいるのをちらっと見た」

 そういえばそんなこともあった。その後、曜さんは和食さんにアプリの使い方を教えてもらっていた。あれは相手の情報収集のためだったのか。

 銀渓のアタッカーは次々に点を決めていく。上がってきたトスを確実に決め、ブロックまでも確実に決める。実力は雲泥の差だ。

「大会に出てくるとは思ってなかったけどね。……あんな感じだけど、どう? 最後の最後で不幸かもしれないけど」

 曜さんの言葉とは裏腹に、曜さんは少し楽しそうだ。曜さんの中で選手としての血が騒いでいるのかもしれない。

 あたしがちらりと千屋さんを見るとこちらの視線に気がついたのか、

「なに?」

といつもと変わらない調子で返された。

「いや、千屋さんはどう思っているのかなって」

「一人だけ強くても勝てない。だから問題ない」

 千屋さんは強く言い切った。


 あたしたちは次の試合も勝ち、二日目進出を決めた。

 あたしのローリングはまだ使っていない。最後の銀渓戦に向けての隠し玉としてとっておいている。

 試合会場を出る間際に曜さんから一本の動画が全員のスマホに送られてきた。

「今送ったのは銀渓の第二試合の動画。相手アタッカーの動きはたたき込んで。と言っても、動画見れば分かるけど、なにするか分からないからあんまり意味はないかも」

 あたしたちの第二試合が始まる前に曜さんが、

「私いなくても大丈夫だよね。ピンチになっても自分たちでなんとかしな」

と言ってどこかへ消えてしまったと思っていたが、どうやら銀渓の試合を録画していたようだ。

「残りの対戦校はまあ問題ない。銀渓のアタッカーだけが厄介だね……」

 翌日は朝十時から試合で、第一試合も第二試合もストレート勝ちし、日本一へ王手をかけた。

 銀渓に勝って日本一になる。あたしたちの頭にはそれしかなかった。


 午後一時、ついに最後の試合が始まる。

 お腹が膨れない程度にお昼ご飯を食べてエネルギーを補給した。蒸し暑い体育館にもやられていないし、体力もまだまだ余っている。つまり心身ともに最高の状態だ。

 コートのエンドラインにユニフォームの番号順になるように並んだ。一日目で負けた全チームの視線が上の観客席から突き刺さるようだ。

 笛が吹かれ、一斉にネットまで走り握手をした。まずは銀渓の背番号一番、おそらく銀渓の部長だ。去年もトサーとして見た気がするし、昨日の動画でもトサーだった。

「お互い最後ですし、いい試合にしましょう」

 銀渓の部長はどうやらあたしと同じ三年生のようだ。相手の口調からは、最後だからと気負っている様子もなく爽やかな笑顔だ。

「そうですね。よろしくお願いします」

 本当は、勝つのはあたしたちですが、と続けようとしたがやめた。相手がバチバチにくるならそれでもよかったが、ここはお互い大人になるべきだ。それに、結果を見せればいい、あたしたちの勝ちを。

「やっぱりセパタクローやってたんだ。去年はいなかったよね」

 千屋さんを飛ばして左隣の北原さんが銀渓の背番号三番に話しかけていた。北原さんの幼馴染みでサーバーだ。身長は一五〇ないくらい。右目の視力が低下しているようだが、昨日の試合と動画を見る限りそんな様子は微塵も感じなかった。

「うん。去年は夏風邪で休んでた」

「そっか。……悪いけど、狙わせてもらう。私がこんなこと言うの、嫌だろうけど」

 すると北原さんの幼馴染みは力強く笑った。

「勝負だからね、いいも悪いもないよ」

 北原さんが少しの間だけほっとしたような表情を浮かべた。

 ここで北原さんに揺さぶりをかけないのだから、あくまで公平に戦おうという意思が覗える。これで唯一の懸念点は消えた。

 千屋さんはニーさんと無言で握手しただけだった。ただ、ニーさんは千屋さんを見ておらず、曜さんの方ばかりを見ている。そんなニーさんを千屋さんは気にもとめていない様子だ。

 お互いのチームが左へずれて、今度はあたしがニーさんと握手をした。やはりニーさんは曜さんを見続けている。

 こっちを見ろ、と言いかけたところでニーさんがぐるりと首を動かしてあたしを見た。

「ねえ、あなたたちの監督、もしかして千屋曜? あなたたちの代わりに戦えないかな}

 あたしはぐいっと顔をお互いの息がかかるほどに近付けた。浅黒い顔と灰色の瞳を睨めつける。

「対戦相手はあたしたち。勘違いしないで」

 あたしの言葉にニーさんは露骨に不満そうにした。

「私の相手にならないよ」

 口喧嘩をしにきたわけではない。あたしは乱暴に手を振り解き、北原さんの幼馴染みと軽く握手してからベンチへ戻った。

「なにしてんの」

 千屋さんがあたしの脇腹を肘でつついてきた。くすぐったくてあたしの体から力が少しだけ抜けた。

「対戦相手に喧嘩売るのはどうかと思いますよ」

 北原さんまで千屋さんの側に着いたようだ。

「いや、ニーさんがあたしたちなんか眼中にないみたいな態度だったから」

「気にしなければいいものを。油断している間に点差を広げればいいんだよ」

 千屋さんが大袈裟にため息をつき、哀れむような目であたしを見た。この目つきはあたしの成績を見るときと同じだ。つまりばか、と言っている。

「集中しな」

 曜さんの一声であたしたちのおしゃべりは中断した。あたしたちの中で小競り合いしていても仕方ない。勝たないといけない相手は銀渓だ。

「とりあえず、相手のニーさんを徹底マーク」

 曜さんが試合前最後の指示を出していく。といっても昨日と同じ指示で、ちゃんと頭に入っているか確認しているだけだ。

「他の二人はまあ普通の選手だ。恐れる必要はない。唯がニーさんに勝てるかが勝負の鍵だからね」

 一度深呼吸してからコートへ入った。

 銀渓の三人も入り、ボールが審判から千屋さんに手渡された。

 サーブ権はあたしたち。

 笛が吹かれ、最後の試合開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る