24-1
三年生になった。相変わらずあたしは成績ギリギリで進級できた。そのせいで千屋さんはもとより、北原さんにまで哀れむように見られるようになってしまった。
ついこの前、卒業式があり二人の先輩に記念のボールを渡した。改めて日本一になると宣言したときの決意があたしたちを熱くしていた。
クラス替えもあったが、あたしは仲のいい友達と三年連続で一緒になり安心した。千屋さんも去年に引き続きあたしと同じクラスになったが、相変わらず教室で話すことはない。
新入生の入学式も終わり、三日後には入部希望者が一人現れた。部員の数で頭を抱えていたあたしにはありがたさに涙が出る思いだった。あたしと千屋さんが引退すると北原さん一人になってしまう。部のために二人は新入生を入れないといけない。
残り半年弱であたしと千屋さんは高校での部活を引退するのだから。
「はじめまして、
体育館にはあたしが一番乗りで、次に学校指定ジャージを着た新入生と思しき生徒が入ってきた。入ってくるなりまっすぐあたしの元へ来てあいさつをしてくれた。この感じは去年の北原さんを思い出す。
「えっとはじめまして。部長の阿河彩夏です」
和食さんは童顔で泣きほくろが特徴的だ。背は一五〇くらいで、ジャージから覗く手足は白く細い。運動経験があまりなさそうな印象を受けた。
「北原明日翔です」
「千屋唯です」
いつの間にか体育館に二人が現れ、和食さんの後ろから自己紹介をした。一七〇前後のあたしたち三人が新入生を取り囲む図は傍から見たら問題ありそうだが、当の和食さんは気にすることなく目を輝かせている。
「皆さん、大きくてかっこいいですね」
とりあえず千屋さんと北原さんには練習を開始してもらい、あたしは和食さんにリフティングから教えることにした。
あたしが最初に思ったように運動経験はあまりないらしく、リフティングは二、三回しか続かない。どことなく宮成先輩を思い出したが、宮成先輩はボールを蹴ることすらままならなかったから、和食さんのほうが運動神経は上だ。
「お、新入生?」
練習開始からしばらくして曜さんが現れ、和食さんを見つけると満面の笑みを浮かべた。
「一年生の和食知沙です」
和食さんが丁寧に頭を下げあいさつをした。
「で、こちら千屋曜さん。あたしたちのコーチ」
曜さんはよろしく、と言って手を振り、
「じゃあ阿河さんは練習に戻って。和食さんは私が教えるから」
「お願いします。初心者なのであまり厳しくは……」
「大丈夫だって。マイナースポーツは人集めるのに苦労しているから、そのへんはちゃんと心得ているよ」
曜さんの指導は厳しいわけではないから、あまり心配はしていないが念のためだ。曜さんは基礎から高い技術までみっちり教えてくれる。あたしたちができるようになるまで根気強く説明してくれて、擬音だらけの千屋さんとは大違いだ。あたしたちが学ぼうとすればするほど、得るものが大きい。
一年生からその指導を受けられるのはちょっと羨ましい、そう思いながらあたしは練習に戻った。
次の日体育館に行くと、体育館床近くに備えつけてある小窓から中を覗く女子生徒三人組がいた。スカーフの色から一年生だと分かる。
なにを見ているのだろうかといぶかしりながら中に入ると、別の女子生徒三人組が練習コートのある体育館角に固まっていた。こちらも一年生だ。
あたしがそちらを見ると、三人組ははしゃいで手を取り合った。
あたしがなにかしただろうか、と困惑していると千屋さんと北原さんも現れた。
「入部希望者ですかね」
北原さんが体育館角の女子生徒と床近くの小窓からこちらを覗く女子生徒を見るとまた歓声が上がった。
「なにこれ」
さすがの千屋さんも戸惑いを隠せないのか、交互に見やっては首を傾げている。
「こんにちは」
後ろから声をかけられ振り向くと和食さんだった。同じ一年生の和食さんならここにいる小規模なギャラリーがなんなのか知っているかと思い、
「あの子たちはどうしたの?」
と聞くと、和食さんは目を丸くした。
「あれ、知らないんですか。先輩たち三人は一年生の間では有名なんですよ」
「なんで!?」
あたしが素っ頓狂な声を出しても、和食さんは落ち着いていた。
「他の部の一年生がかっこいい三人組の部があるって噂してて、それが広がったようです」
「照れるねえ」
北原さんは言葉とは裏腹に照れる様子もなく嬉しそうだ。千屋さんはあまり興味がなさそうだ。こういうところに性格がよく現れる。
「おしゃれでモデルみたいな北原先輩、抜群の実力の千屋先輩、成績が玉に瑕だがそれを束ねる部長の阿河先輩、三者三様の派閥があるみたいです」
あたしの知らないところでそんなふうに言われているのか……。それよりあたしの成績についてはどこから知れ渡ったのか不思議だ。
「まあいいや」
あたしの力では派閥とやらはどうにもできないし、勝手に騒がせておけばいい。
「あたしはギャラリーより新入部員がほしいんだけど、そういう人はいないの?」
「難しそうな競技ということで、みんな尻込みしていますね」
その気持ちは痛いほど分かるからそれ以上はなにも言えなかった。
次の日、体育館に行くと和食さんと三人のギャラリーがすでに来ていた。和食さんはリフティングをしていて、その様子をギャラリーの一人がスマホで撮っていた。
四回で失敗し、あたしに気がついた和食さんたちがあいさつをしてきた。
「早いね。動画撮ってたの?」
「そうです。SNSに上げようと思って」
思わぬ言葉にあたしは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「客観的にフォームを確認するとか、そういうのじゃなくて?」
今度は和食さんが言葉を詰まらせ、動画を撮っていたギャラリーからも感心の声が上がった。
「そういう使い方もあるんですね! さすがストイックです」
あたしとはあまりに考え方が違い戸惑った。二年違うだけで、世代間ギャップとは言えないだろうし、たぶんあたしのようなのが稀有なのだろう。
「SNSかあ。マイナースポーツの発展に貢献してくれませんかね」
後ろから覗き込んでそう言ったのはいつの間にか現れた北原さんだ。
「知名度は多少上がっても競技人口はどうかな」
こちらはいつの間にか現れた千屋さんだ。そういえば、この二人とSNSの話題をしたことがない。そもそもセパタクロー以外の話をしたことがないのではないだろうか。
「これを見れば競技人口が増えるの待ったなしですよ」
和食さんはスマホを少し操作し、あたしたちに画面を見せてくれた。そこにはいつ撮影したのか分からないが、千屋さんのアタックの動画が再生されていた。動画でも迫力はそこそこ伝わってくるが、実物には遠く及んでいない。それでもすごいとか、かっこいいとか、好意的なコメントが多数ついている。いや、それよりも……。
「これいつ撮ったの? てか、千屋さんは知ってた?」
千屋さんは首を横に振り、和食さんは悪びれる様子もなく、
「昨日こっそり撮りました」
と言ってのけた。
「動画ぁ? ちょっと勘弁してよ」
あたしの後ろから腕が伸び、和食さんのスマホを取り上げたのは曜さんだった。今まで練習中に見せていた厳しさとは違う種類の険しさが顔の表情に刻まれていた。
「唯のアタック以外に私たちの練習を上げた?」
「まだ、上げてないです」
曜さんが安心したのか、表情が和らいだ。
「唯はどうせ対策される側だから動画を見られてもそんなに問題ないけど、阿河さんと北原さんの実力を知られるのは困る。わざわざチームの力を世界中に無償でばらまく必要ないって」
和食さんは少し不服そうだったが、一応は納得したのか頷いてはくれた。
曜さんが和食さんにスマホを返そうとしたところで動きを止め、画面を食い入るように見つめた。しばらく動きを止め、どうしたのだろう、とみんなが怪訝そうな表情を浮かべ、和食さんが、
「あの、そろそろ返してもらっても?」
と、声を上げると、ようやく曜さんが我に返った。
「ああ、ごめん。ところで、このアプリ? の使い方教えてくれる?」
曜さんは和食さんにスマホを渡し、自分のスマホを取り出した。和食さんから一通り使い方を教わると、
「しかし、インターネットに顔も名前も出す時代とは、ちょっと考えられないよ。若い子って怖いねえ」
曜さんが何歳なのか気になってネットで調べたところ、どうも四〇後半らしい。それが本当かどうか千屋さんに聞いたところ、千屋さんも正確には知らないそうだ。どうも教えてくれないらしいが、曜さんくらいの世代なら実名顔出しに抵抗があるだろう。
「まあいいや。はい練習。動画は撮らないでね」
曜さんはギャリーにも釘をさすと、スマホを手にしていたギャラリーはそそくさとスマホをポケットにしまった。
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