恋を例えるなら(1話完結系短編集)
青時雨
苺の品評会
私が手に入れたいあの人の背には、羽が生えていた。
あの人の甘い
態度 言葉 声 視線
それに蟻のように群がる者たちを愛おしむ瞳は、気まぐれに興味の向いたものを映す。
時にその蟻たちの方へ、時に蟻たちを置いて気になったものの方へ飛び去ってしまう。
私も、あの人を愛する他の者たちも、何一つ変わらない、ただ地に根を張る花だ。
気まぐれにやってきたあの人に魅入られて恋に落ちて太陽さえ目に入らなくなるくらい見つめ続けても、あの人は蝶のごとく飽きて次の花を求めて去って行く。
あの人は、自分を愛してくれる者たちには平等に接した。
その目はいつも思わせぶりで、あの人のことを自分のものだと錯覚させる。
だから少しでも自分と同じように他の誰かと話すあの人を見ていると、嫉妬で狂ってしまいそうになる。
けれど常に傍でよく見せようと自分を上塗りして何もかもを着飾る私たちの醜い恋心を天使は知らない。
誰かひとりのものになることを天使は嫌う。常に愛されていることが天使の存在証明だから。
誰かのものになる時、天使は天使をやめるらしい。
ただふわふわと色んな人の所を羽ばたくあの人の羽が憎い。
あの人の羽もあの人も全部ほしい。
こんな醜い心を持たせたのはあなたでしょう?
こんな思いにさせておいて、興味がなくなったら少し遠くから「これで十分だろう?」と言わんばかりに手を振ってくるのはもう見飽きた。
明日は苺の品評会が開かれるという噂。
あの人も例に違わずきっと訪れるはず。
さあ、何も知らずに来るがいい。
そして私のとっておきの苺を食べて?
多くの天使の集う場所、そこでは苺の品評会が開かれていた。
みな好かれる何かを持っているけれど、私はあの人にしかこの苺を見せないつもりだ。
あの人に群がっていた蟻たちは他の天使に目移りしたり、自分の苺を友人に見せて品評してもらってもいたけれど、そんなことじゃああの人を手に入れることは出来ない。
私たちの苺は他ならぬ天使が育ててきた。
そのことを天使たちは知らない。
愛することしか出来ない者の気持ちは、愛されるだけの者にはわからない。
着飾らず、笑顔を見せず、品評会の浮かれた雰囲気に到底そぐわないような振る舞いが、あの人の興味をそそることはわかってる。
ほら、どこからともなく現れたあの人は、私の苺を手に取った。
「歪な形をしていて面白いね」
色んな所の苺を見てきたけれど、こんな形の苺は初めてだと言う。
そうだろう、この苺をここまで歪められるのはあなただけだから。
「これまで見たものは赤や白が多かったけれど、あなたの苺は黒いんだね」
色んな所の苺を見てきたけれど、こんな色の苺は初めてだと言う。
そうだろう、この苺をここまで黒く染めあげられるのはあなただけだから。
「食べてみてもいい?」
「どうぞ」
これまで味わった甘さを想像していた舌が、予想に反する酸味と苦さに驚いたようだ。
この人に苺を見せた誰もが「おいしい」「あまい」といったありきたりな言葉をもらったことだろう。
そんな甘いものではこの人の心には響かない。
だってなんとなくで甘さを生み出す人なんだもの。
私の感じた想い、辛さ、悔しさがそのままこの人へ届きますように。
「この苺はユニークで面白い。あなたも私の専属の苺売りに…」
「なりませんよ」
「どうして?」
首を縦にしか振られたことのないこの人にはわからないだろう。
私はあなたのことを愛してる。
けれど同時に憎んでいる。
だから
「私はもうこの苺を作りません」
「興味があるんだ、この苺に」
「気になるなら探してみればいいのではないでしょうか」
「あなたは私のものになると思ってました」
「勝手ですね、あなたはいつも」
苺の正体を知らない天使は、去った私のことを考え続けた。
どうしてあんな苺を品評会に出したのか、確信があったのになぜ自分のものにならなかったのか、私へ向けられた疑問に答えは永遠にみつからない。
私のものにならない限り。
興味が私だけにしばられたあの人は、一本の魔法の短剣を差し出した。
「私をあなたのものにしてほしい」
聞けば魔法の短剣は天使の羽を削ぐことが出来る特殊なもの。
天使はひとり一本、自分の羽用に誂られた短剣を持っていると言う。
そして使えるのは一度だけ。
削いだ羽は砂糖が水に溶けるように消えていく。
人となったあの人は、私を抱きしめた。羽を失いもうどこにも行けなくなったあの人は、言葉を甘くする余裕もなく本音を告げる。
「あなたを愛してる」
これでこの人は私のものだ。
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