第9話 ドラゴン
「はあ、はあ……」
あれから2階層上がったが、まだダンジョンを出るためには18階層も降りないといけない……。
「くっそ、止まったら死ぬ……」
“何でさっきみたいに壁蹴り加速しないの?”
“さっきの構造変化のせいで階層が大広間みたいになってるから壁蹴りができないんだろ”
“これはピンチ……”
“どうか生き残ってくれ”
「加速! はあぁぁぁっ!」
加速で地面を蹴り、三体のモンスターの首をすれ違いざまに斬り落とす。
だが、そのまま勢い余って地面に転がり落ちる。
やはり、普通に加速を使うと逆に隙を見せることになるのだ。
「くっそ、多すぎるだろ!」
俺が転がった隙を見て、下層モンスターであるオーガが棍棒を振るってきたため、紙一重で転がって避ける。
“大丈夫か?”
“これは本格的に不味いぞ”
“誰か! 下層探索者の人、助けに行ってくやってくれ!!”
“いや、下手な下層探索者じゃあ二次被害になるだけだろ”
“ななせんは下手な下層探索者より強いからな”
同接は3万人を超え、コメント欄には時々、名のあるダンチューバーさんも現れていた。
俺はコメントなんて見ている暇は無いため、目の前のオーガの足を斬りつけてバランスを崩し、そのまま柔らかい脇腹を斬り裂く。
だが、後ろからまた新しいモンスターが襲いかかってくる。
「全力ダッシュで逃げるぜ!!」
“さっき、逃げないって言って強がってたやつはどこに行ったんだ?”
“もう逃げるしかないだろww”
“応援してるぞ”
“死ぬなよー”
同じ要領でさらに何階層か上がっていくが、上層に入ってもモンスターの強さは全く変わらない。
“モンスターのランクアップ度合い、おかしくね?”
“こんなにランクアップしたっけな……”
“わからんけど、七瀬頑張れ”
でも、何とかダンジョンから抜け出せそうだと希望を見い出せたその時だった。
――グラァァァッ!!
突然、今までとは確実に格が違うモンスターの雄叫びが聞こえた。
そして、その雄叫びと共に現れたのは――
「マジで言ってんのかよ……はは」
“は?”
“おいおいおい?!”
“意味がわからん”
“なんでこんなところに……”
“死んだな、七瀬”
赤い翼に全身にひしめく鱗――そう、ドラゴンだった。
「グラァァァッ!!」
まるで新しい獲物を見つけられたことを喜ぶようにドラゴンは叫んだ。
「か、加速!」
地面を踏み込もうと足を動かす。
だが、俺の足は全く動かなかった。
「なん……で?」
ドラゴンは現在進行形で迫ってきている。
なのに、俺の足は、体は全く動かなかった。
“不味いぞ! スタンだ!”
“恐怖の状態異常になってる!!”
“に、逃げて!!”
不味い、もうドラゴンとの距離はほぼない。
死ぬ、死ぬぞ、これ。
動け、俺の足!!!
「動け、動いてくれ!!」
だが、ドラゴンは途中で止まり、口から炎を漏らした。
そう、それはドラゴンが火を噴く合図だった。
“ドラゴニアファイア……”
“あれを食らったら骨すら残らないぞ!”
“誰か、強い探索者さん、助けに行ってくれ!!”
そして、ドラゴンの口から炎は――
放たれた。
体を溶かすのではないかと思うほどの熱風が俺を襲い、同時に炎が至近距離まで迫ってきた。
だが、死の直前で何故か、時間が遅くなったように感じた。
ああ、なるほど俺は死ぬのか。
ここにきてやっと自分がやってきたことの危険性を痛感した。
調子に乗って許可証もなく中層まで来て、そしてあろうことか逃げずにスタンピードを止めようとした。
その結果がこれだ。
実に滑稽だ、強くなれる人というのは引き際がわかっている人なのだな。
でもまあ、後悔はないや。
炎が俺の全身を包む――
かと思われたその瞬間、氷のような鋭利で冷たい声が俺の鼓膜を揺らした、
「絶対零度」と。
――刹那、炎は凍ったのだ
「ほら、ななせん、動いて、ドラゴンは殺しておくから」
顔を上げるとそこには銀髪の少女、リノがいた。
「リノ……さん?」
「そうだけど? それより、スタンはもう切れてるから動いて、危ない」
リノさんはまるで氷の女王のように澄まし顔で氷の上に立っていた。
「あ、危ないですよ! あのドラゴンは、雄叫びだけで人を動けなくしてしまうくらい!」
「何言ってるの? もうドラゴンは叫べないよ? だって凍ってるから」
リノさんが指を刺した先には全身が凍ったドラゴンがいた。
ドラゴンは炎を出して氷を溶かそうとするが、氷には全く歯が立たっていないらしく、周りに火がちょろっと漏れるだけだった。
「なんで……? リノさんの素質は〈剣の素質〉と〈舞の素質〉だけじゃないんですか?」
「何、言ってるの? 私、一度もそれしか素質持ってないなんて言ってないよ?」
「は、はい?」
“待て待て待て、どういうこと?”
“いつの間にこんなに強くなったんだ、リノ氏”
“確かに一年くらいは配信してなかったけど、そんな短期間にこんなに強くなるのか?”
“どいつもこいつも規格外すぎんだろ”
「ドラゴンさん、ななせんを死にかけさせた罪は重いよ」
リノさんは左手をドラゴンに向けてかざした。
そして――
「氷よ、貫き殺せ」
リノさんの手が青く光ると、ドラゴンの全身に張り付いていた氷からドラゴンに向かって氷の針が伸び始める。
「ァァァァ」
声にすら出来ない悲鳴がドラゴンの口から漏れ出す。
氷はあっという間にドラゴンの全身を侵食していき、最終的にはドラゴンの全身は穴まみれになった。
「ほら、ななせん、あれなら倒せるでしょ?」
「え、ええ?」
あんなにでかいドラゴンを俺が……?
凍っているとはいえど、ドラゴンの鱗は鉄の5倍硬いと言われているんだぞ?
「できるよ、多分」
「わ、わかりましたよぉ、加速! 加速!」
俺の体が壊れないくらいに加速を使った。
二回使用された加速によって俺の体は音速の2倍もの速さになり、音速を超えた物体は衝撃波を放ちながら進んでいく弾丸へと変わる。
「お前の急所、それはここだ」
全動物が持っており、その機能が停止すると必ず死に至る場所――心臓。
ドラゴンの心臓の場所は前に図鑑で見たことがあるため知っていた。
「よくもさっきはやってくれたなぁぁ!!」
俺の剣はドラゴンに接触すると衝撃波でドラゴンの心臓ごとドラゴンを貫いた。
“こいつも大概だろ”
“ああ……これが最凶のコンビか”
“つんよ”
“チート野郎が”
そして、ドラゴンは血を撒き散らし、霧となって消える。
さっきまでドラゴンがいた場所にはドロップアイテムと思われる剣が転がっていた。
「ん、ナイスななせん、確実に強くなってる」
「あ、ありがとうございます」
「ドロップアイテム……いいよ、ななせん、あげる」
「え、いいんですか?」
俺はリノさんを二度見した。
ドラゴンからドロップする剣は深層探索者でも使うくらい強力なものだ、それをもらってもいいのだろうか?
いや、こういうのはトラブルの元になるっていうからな……でも剣は二等分できないし。
「私は前、深層で手に入れた剣があるから大丈夫、それに、ななせんの剣はもう折れてるでしょ?」
「え?」
リノさんが指差した先には俺が握っている先っぽがなくなっている剣があった。
ほ、ほんとだ……あまりにも夢中すぎて気付いてなかった。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
その剣の刀身は血を連想させるような真っ赤で禍々しい雰囲気を纏っていた。
俺はもっと近くで観察するために剣を拾う。
“あっ……”
“あっ……”
“不味い”
“草”
だが、同時にこう聞こえてきたのだ。
『呪いのアイテムを手に入れました』
と。
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