第7話 覚悟




 まるで軍隊が歩いてくるような音と共に現れたのは――大量のモンスターの軍勢だった。


「ええええ?!」


“わあ”

“死んだな”

異常現象イレギュラーにも程があるだろww”


 異常現象イレギュラー、それは一つの国で一年に一回ほどでどこかのダンジョンで起こるものだ。

 ひとえにイレギュラーといっても規模はピンからキリまであり、ダンジョン内の構造が変わるものからモンスターが強くなったり、群れたりするようになったりするものまで。


 どうやら、俺は運が悪いことにイレギュラーの中でも最悪であるモンスターの大量発生に遭遇したらしい。


 でも、それよりやばいのはイレギュラーが起こった場合……。


「送還システムが使えなくなる……」


 そう、ダンジョン協会が発明した死に際にダンジョン外に転移させることで探索者の死を防ぐ、送還システム。

 それがイレギュラー中は何故か使えなくなるのだ。


“死ぬ気で逃げろ”

Lino:“逃げて”

ペペロン:“逃げて!!”

“#逃げろ七瀬”

“スタンピード?!”

“マジかよ、やっぱり唯たんの悲劇から世間は一回も学んでないんだな”

“唯たんに続いて七瀬までも死ぬのはやめてくれ”


 コメント欄は逃げろという言葉と前にスタンピードの餌食となったアイドル配信者の名前で溢れかえった。

 なんと同接は2500人になっており、現在進行形で毎秒100人ずつ増えている。

 そして、まさかの人物さえもコメント欄に現れた。


“レゾス:“七瀬君、逃げろ”


「れ、レゾスさん?!」


 レゾス・ロギア――日本人とアメリカ人のハーフであり、世界最強の探索者として挙げるなら彼の名前が一番最初に出てくるような実力者。


レゾス:“無理だ、君の実力では”


「で、ですけど……もし、ここで俺が逃げたらモンスターはダンジョンから溢れて、近隣住民を殺すかも知れないんですよ?! それなのに自分だけ逃げるなんて……」


Lino:“それはななせんがこのモンスター達に立ち向かって負けた時も同じじゃない? まあ、どうしても逃げられないなら、やってみてもいいんじゃない? ななせんには加速の素質があるから、いざとなったら逃げれるし”


「はい、でも、俺はどうしても見て見ぬ振りは出来ないんです、次、逃げたら何もかも失ってしまいそうで」


 彼女を失った。

 それは相当ショックだった、だが、一日経ってみればまるで本当は俺に彼女なんていなかったのではないかと思うほど立ち直っていた自分がいた。

 だが、俺はその時、気づいた。

“ああ、逃げたのだ”と。

 彼女を理解せず、距離を保ち続けた。結局、配信が大切で愛情の注ぎ方を間違えた。なのに俺はその事実から逃げたのだ。


 そして、浮気されたからと被害者ヅラをしていた自分が嫌いになった。


 なら、今回は逃げない。

 これは自分との戦い、ここで逃げたら一生逃げ続けるから。


 だから俺は誰のためでもなく、自分のために剣を抜いた。



レゾス:“正気か? リトルボーイ、君は強い、だが驕っちゃダメだ”



「わかってます、でも、これは俺が決めたことです、だから――だから俺以外の奴は邪魔すんな」


“#七瀬覚醒”

“拡散するわ”

“あんたは漢だよ”

“同接一万? 足りねえな、こいつには100万くらいやらねえと”


「はは、ありがと、みんな」


“もう人の死ぬ姿は見たくねえんだ、じゃあな”

“死んだだろ”

“ダメだ、トラウマが……”


 俺を励ましてくれるようなコメントが見られた一方、やはり、前の悲劇を思い出して離脱する人も一定数いる。

 それはしょうがない。


「おっと、もう時間だな」


 モンスターたちは俺が決断している時間を待つわけがなく、近くまで行進してきていた。

 とりあえず、一番最初に攻撃してきたオークの棍棒を躱し、カウンターで首を刎ねた。


「まずは一体」


 次は蛇のモンスターと巨大な熊のモンスターが左右から挟み込むように襲ってくる。

 俺は蛇の首を踏み、そのまま体を捩らせて熊の爪攻撃を躱し、オークと同じ要領で急所である脇腹を切り裂き、蛇の首も刎ねた。


「くっそ、これじゃあキリがないし、もっと多くのモンスターが来たら対応しきれない」


 何より、通路は狭いため大勢のモンスターが一斉に来た場合、俺は身動きが取れずに死ぬだろう。

 ならば、あれを使うしかない。

 俺は迫ってくる5体のオークを目の前にして素質を発動させた。


「加速しろ、俺の体」


 一歩踏み込むと音速で進んでいく体。

 俺はまず、壁を蹴った。

 そして、目の素質を使ってオーク達の間を縫うようなルートを見つけ出し、すれ違いざまに首を刎ねる。


 目の素質×加速の素質、これが俺の勝利の方程式。


“新作のアクション映画かな?”

“目が回る〜”

“本当にピンチか? これ?”


「まだまだぁ! 加速しろ!」


 まるで、それは光のようにモンスターの間を通り過ぎていき、モンスター達をありえないスピードで斬り殺していく。


 ――バタバタバタ


 そして、斬られたことに気づかず、体を動かしたモンスターは地面に倒れ、大量の死体を作っていった。


 ―――――


 スレッド:七瀬とかいうダンチューバーについて


 121

 七瀬君がエグいぞ!


 122

 知っとる、今、配信見てる


 123 スレ主

 待って、今、混乱してる。


 124

 まさか、グレートスパイダーを余裕でソロ討伐した上に中層モンスター達を瞬殺だぞ!?


 125

 ななせん、強すぎない?


 126

 てか、なんでこんな強い人が今まで上層に居たんだよ 


 127

 なんでやろな


 128 スレ主

 一年前までのアーカイブは大体見てきたけど、なんかLinoっていう一人の視聴者がずっとまだ上層に居たほうがいいってアドバイスし続けてたらしい


 129

 は? どゆこと? つまり、そいつがななせんからの信頼を逆手に取って敢えてななせんの成長を邪魔してたってこと?


 130

 >129 待て待て待て! そのLinoって奴、舞姫こと一条莉乃だぞ!


 131

 >130 why?


 132

 意味がわからん


 133

 >130 ソースは?


 134

 俺は今まで一条莉乃の配信をかなり昔から見てきたからわかる、あれはリノがサブ垢を作ろうとした時に年齢の設定を間違えたから視聴用にした垢、ほら、これがその時の配信のURLだ。この配信の12分37秒のところにそれが映ってる

【URL】


 135

 >134 ガチじゃん


 136

 >134 でも、リノの視聴用垢を騙った偽物っていう説もあるだろ


 137

 >136 IDが同じだろ、同じIDは作れないぞ


 138

 >134 でも、もしも本物だったとしてもなんでリノがダメなサムネやタイトルの付け方、戦い方を教えるんだよ


 139

 >138 そんなのリノ自身が配信にゴミみたいなサムネとかタイトル付けてるからだろ


 140

 そういえばそうだった


 141

 ダサいサムネといえばリノだもんなww 


 142

 じゃあ、あの変な戦い方は?


 143

 >142 それが謎だ、でもまあ、あっちの戦い方の方が七瀬には合ってる気はするんだけどな


 144

 >143 つまり、リノがそれに気づいて敢えて変な戦い方を教えたってこと?


 145 スレ主

 >144 そういう可能性もあるのか


 146

 やっぱり、リノの考えは読めねえ……


 147

 世間でも注目されてる配信者だが、謎が多すぎる。


 148

 おい! お前ら、そんなこと話してる場合じゃねぇぞ! 七瀬がスタンピードに巻き込まれた!

 

 149 スレ主

 >148 はあああ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る