第4話 自分の居場所
「まずは、心身ともに落ち着いてもらうのが大事なんじゃないかな」
三郎は、他の同僚たちへ告げた。
雪姫が匿われた翌朝のことである。
「ユキちゃんもショッキングな出来事の直後なんだし」
対して、他の六人は何か思うところもあったようだったが、それこそ今は朝の慌ただしい時間帯だ。深く追及されることもなく、「まぁ、数日程度なら」と、有耶無耶なまま話題は流れていった。
中年男性七人は、仕事に出かけて行った。雪姫は一人、留守番になる。見ず知らずの他人である雪姫だが、どうせ大したものは置いていないからということで、一人で家にいることが許された。
雪姫は今後の行動指針について改めて考えた。
まず必要なのは生活の基盤だ。
今母の下に戻ることは避けねばならない。母と交流のある人物に見つかる可能性を考えれば、街に戻ることも避けたい。なんとかここに居場所を作らねばならない。
今の雪姫の状況は、未成年者誘拐または略取に該当する可能性がある。刑事罰で三ケ月以上七年以下の懲役を科せられるが、親告罪だ。告訴されなければ処罰の対象にはならない。
この状況では、雪姫本人か、この状況を見た第三者が通報しなければ、未成年者誘拐で罰せられることはない。ただし、それをあの男性たちが警戒し、雪姫をリスクとして捉えた場合、ここを追い出される可能性はあった。
その事態を回避するため、昨日は玄関で雪姫に対応した三郎という男性の下に赴き、彼に『奉仕』を行った。彼に未成年に手を出した罪悪感を植え付けるとともに、未成年者誘拐に加えて淫行が重なることで、雪姫を匿うことよりも手放すことの方がリスクだと思わせることが目的だった。
これを、他の六人にも行う。
罪を、全員で共有させる。ただし懲罰を恐れるのみでは、雪姫自身が諸悪の根源とみなされ、腫物扱いされる可能性もある。理想は「雪姫と一緒にいたい」と思わせることだ。ならば、まずはそれを実現する。
雪姫は室内を物色する。
金目の物を見つけたいわけではない。欲しいのは彼らの好みだ。
男だらけの、しかも街から離れた場所での長期労働だ。必ずあるはずだ。
「あった」
雪姫は数本のDVDを見つけた。
「痴漢に、女子高生と……」
ジャンルはバラバラなようだ。
棚の中に、充電コードに挿したままのタブレット端末を見つけた。パスワードはかかっていない。
動画プレイヤーを開く。プレイリストを展開する。
表記は全てアルファベットとアラビア数字だ。
一つを再生する。
スピーカーから喘鳴が聞こえ、びしょ濡れになった水着の女性が映っている。
次のファイル……次のファイル……次のファイル……
全てを確認したわけではないが、五十以上のファイルは全てそっち方面の動画だ。
プロパティを開くと、最終アクセス日時が一昨日のものもある。ほぼ毎日見ている様子だ。昨日の日付のものがないのは、雪姫に気を遣ってのことか、単純に昨日の日付のファイルを見つけられなかっただけか。
どちらにしろ、正常に飢えているということだけはわかった。
ならばと、雪姫は改めて決意を固めた。
それはそれとして、雪姫は少しでも好感を持たれようと、家の中を見回す。
男性たちの昼食は、現場で仕出し弁当が用意されているとのことだが、朝食と夕食は自分たちで用意している。食品の買い出しは休日に纏めて買い込むそうだ。毎日汗だくの肌着や作業着は週末に纏めて洗濯。掃除はほとんどしていない。バスタブだけは、気にした人が洗剤をかけて適当にこすって流すくらいだと、昨日聞いた。
これからは、訳あり者を置いてもらう以上、それらは雪姫がやるしかない。男たちも、言葉にはしていないがそれを期待しているだろう。
問題は、雪姫にその経験も知識もないことだ。
家では全て家政婦がやってくれていた。
調理実習くらいしか料理の経験はない。フライパンや包丁など調理器具は揃っているし、醬油や塩コショウなどの調味料はあったが、何から手を付けていいのかわからない。そもそも、冷蔵庫の中は酒と肴、冷凍食品しかない。
トイレ掃除は感覚的に嫌だ。今朝も使ったが、黄ばみやこびりつきが目立ち、あれを掃除など考えられない。
キッチンやバスルームの排水溝も、中を見てみたが、上がってくるにおいと黄色や茶色のぬめぬめした汚れを見ただけで無理だ。特にバスルームの排水溝に絡んだ男たちの体毛、あれに触れるなんて考えられない。
洗濯くらいなら、洗濯機に衣類を突っ込んで電源を入れればいいと思い、手を出してみる。洗剤をどれだけ入れればいいのかがわからなかったが、試しに粉の洗剤を計量用スプーン一杯分(山盛り)を入れてみる。なんとなく不安になり、もう一杯突っ込む。そして終わってみると、作業着に白い塊がこびりついてしまった。もう一度洗剤を入れて洗濯し直したが、まだ取れない。
結局、雪姫は家事を半ば諦めることにした。
やらなければいけないという打算的義務感はあるが、嫌悪感とやってもできないという結果が、居場所を作る方法として、当初考えていたことに専念することを決定させた。
午後七時過ぎ。
雪姫は真っ暗な廊下で男性たちの帰りを待つ。
外からエンジン音が聞こえてきた。家の前で止まり、スライドドアが開く音と閉まる音。間違いない、帰ってきた。
雪姫は急いでバスルームへ移動した。
四郎が家に入る。
他の六人は車からスコップなどの道具を外の流しで洗い、発電機に給油をしている。複数の子請け孫請け会社が入っている工事現場では、どれが自前の持ち物でどれが元請けが用意したリース品かなどをはっきりさせておかねばならない。ちょっとした消耗品の使用でもトラブルになることがあるため、自分たちの持ち物はその日に持ち帰り、自分たちでメンテナンスするのが常になっていた。
その中で、四郎は先に夕飯の準備に入っていた。夕飯の準備と言っても、買い溜めした冷凍食品からいくつか見繕い、温めるだけだ。普段なら暖房も入れておくのだが、雪姫がいるせいか、暖房はつけっぱなしで室内は暖かい。
だが、当の雪姫が見当たらない。
が、すぐに見当がついた。
奥にオレンジ色の四角い灯りが見える。バスルームだ。シャワーの音も聞こえる。
なんだシャワーか。
そう思った矢先、四郎はドキリとする。
シルエットが映った。オレンジ色の擦りガラスのキャンバスに、女のボディラインが浮き出ている。頭を洗っているのか、腕は頭に当てられ、下に向かうとなだらかなバストラインの曲線、下に向かうとやがて逆方向に突き出るヒップライン。
あの擦りガラスの一枚隔てた向こうに、十代後半の、アイドル顔負けの少女が裸でいる。その事実が、四郎を大いに興奮させた。自然と四郎の視線はその擦りガラスに釘付けになった。
本来ならば見えないはずの光景だ。
シャワーの音が止まる。
脱衣所と廊下の間には扉があるのだが、雪姫はあるはずの扉を閉めていない。
だから当然、その擦りガラス―――バスルームの扉が開くと、全裸の雪姫が現れることになる。
四郎は息をするのを忘れ、その光景に見入っていた。
タオルのせいで乳房が隠れてしまっているが、くびれた腰から
「きゃっ」
雪姫がかわいらしい悲鳴を上げてその場でしゃがみ込む。
一瞬視線が合い、すぐに逸らされた。
四郎はすぐに状況を理解し、「ごめん!」と言って近くにあった階段を駆け上がった。
二階にある二部屋の一つに駆け込み、息を整える。
しっかりと脳裏に焼き付いた、十代女子の―――雪姫の裸体。
その興奮が、作業着のズボンで主張される。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
我慢できなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……っ」
風呂上がりに火照った雪姫の裸体。タオルに隠れたその下と、鼠径部の先を想像し、四郎は欲望を吐き出した。
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