不器用な二人の恋物語2

 食事を終えて自室に戻りながら、クリスティーナとリュディーは昔話をする。


「レオンハルトは元気?」

「はい、騎士団長は忙しくなさっております」

「そう……」


 なんとなくいきなり彼自身のことを聞きづらくて、共通の知り合いである幼馴染の事を口にしてしまう。

 あの頃と違って身長を高くなった彼になかなか見ることができない。


(どうしよう……顔、見れない……)


 彼のことを気にすると、なんとなく呼吸が荒くなってしまい、それをごまかすために頻繁にため息をつく。


「どうかなさいましたか?」

「え!? いいえ、なんでもないわ……!」


(まさか、あなたと話すのに緊張してしまっているなんて言えないわ……)



 ようやく部屋についたところで、彼はクリスティーナに声をかけた。


「王女殿下、本日はこちらで失礼いたします」


 そう言って長い髪をさらりと流してリュディーは部屋を早々に立ち去ろうとする。


「待ってっ!!」


 思わず叫ぶながら、彼の袖を無意識に掴んでしまう。


「──王女、殿下?」

「……クリスティーナ……」

「え?」

「名前で、呼んで? お願い」


 彼は少し戸惑ったように目を泳がせて頬をかくと、小さな声で呟いた。


「クリスティーナ様……」

「──っ!!! あ、ありがとう!! 今夜はもう寝るわ! 明日もよろしく」

「え? あ、かしこまりました」

「それじゃあっ!!」


 半ば追い出すようにドアを閉めると、扉にもたれかかる。

 その手は震えていて、思わずその場に力なくしゃがみ込んでしまう……。


(名前、呼んでくれた……)


 あの頃よりも低い声、大人びた表情。

 そんな彼に、大好きな彼に名前を呼ばれた。


(嬉しい……)


 両手で口元を覆うと、そのまま目をぎゅっと閉じて何度も何度も脳内再生する。

 彼女の恋心はあふれ出しそうになっていた──



 公務をこなす日々の中で、四六時中一緒にいるわけではないリュディーを、ついつい探してしまう。


(今日は何してるのかしら……)


 書庫室から大量の資料を持っていたところ、クリスティーナはリュディーの姿を見つける。


(リュディーだわ!!)


 どうやら同僚の騎士団兵といるようで、何か話している。

 世間話でもしているのか、久々の再会を喜んでいるのだろうか、そんなことを考えていたが、彼女の考えは甘かったことを知る。


「お前、没落貴族のくせに王女殿下の護衛騎士とか、なんかコネでも使ったんじゃねーの?」

「そうだよな、しかも馴れ馴れしく、クリスティーナ様って名前で呼びやがって」

「ウザいんだよ、その何考えてるかわかんねー顔」


 彼らの悪口に対して一向に反論せずに黙って聞いているだけの彼を見て、思わず身体が動いた。


「やめなさい」

「──っ!! 王女殿下……!!」


 ひれ伏して頭を下げる彼らに、彼女は唇を一度噛みしめた後、強い目を向けた。


「私が命令したのです。彼に、名前で呼ぶようにと。ですから、彼を侮辱することは、私を侮辱することと同義。あなたたちは王族を侮辱するのですね?」

「そ、そんなっ!! 滅相もございません!! 大変申し訳ございませんでした」

「わかったら、さがりなさい」

「「「かしこまりましたっ!!」」」


 リュディーを侮辱した彼らは一目散に逃げるようにその場を去った。


「なぜ、あんなことを?」

「……実際、命令したものよ。あんなの」


 彼女は唇を震わせる。

 喉の奥がつんとしてもう話せない。


(早くここから立ち去らないと……)


 クリスティーナはリュディーに背を向けて歩いたところで、持っていた荷物がふわりと浮き上がる。


「──?」

「持ちます」

「でも。あなた今から仕事じゃあ……」

「あなたの傍にいたいんです」

「──っ!!!」


 クリスティーナはその青い瞳を大きく見開いて、今度はそっと顔を逸らした。

 ──頬を伝った涙が、彼に見えないように。



 リュディーが護衛騎士になって一年が経過した頃、二人の関係を大きく動かす事件が起こる──

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