番外編
不器用な二人の恋物語1
「王女殿下、国王がお呼びです」
「ええ、すぐに行くわ。それより、また危ないこと、したの?」
「……それが務め、王女殿下をお守りすることが私の今の務めでございます」
王女は美しい金髪を耳にかけて、目の前に跪く彼を見つめる。
シルバーの長い髪を横に束ねた彼は、その瞳を伏せており、彼女のサファイアブルーの瞳を見つめることはない。
「そうね……。ありがとう、お父様のところにすぐに向かうわ」
「かしこまりました」
王女殿下と呼ばれた華奢な彼女が、艶めかしい赤を基調としたドレスを翻して書庫室を退室する。
国王の元に向かう彼女に恭しく跪きながら、顔を下げたまま見送っている彼。
(王女殿下……か)
彼女は自分の名を呼んでほしいと内心思っていたが、それを口にすることはできなかった。
(クリスティーナ……)
跪き、自分に忠実に従う彼の艶のある声で脳内再生して、少し顔を赤らめる。
廊下をすれ違う宰相たちは皆彼女に道を開けて、深々と礼をしていた。
自分のプライベートな顔を見せないようにすぐにその赤くなった頬を隠すように扇をかざしながら歩く。
(言えるわけない、好きだなんて。それに……)
彼女と彼は、王女と従者──
『禁断の恋』は彼女の恋心の大きな妨げになっていた。
彼を初めて見かけたのは、クリスティーナが9歳の頃──
王宮の一角でおこなわれていた王国騎士団の演習がおこなわれている横を通りかかった時だった。
「リュディー! お前は足がいつも疎かだ、そんなんじゃ敵に足元を掬われる」
「はい……」
あまり覇気があるような声ではなく、どちらかと言えば気弱そうに見えた。
その後ろ姿と長い髪からは綺麗な少女と言ってもいいくらいの線の細さ。
そんな彼に隣にいた幼馴染のレオンハルト・ヴァイスは騎士団長に見えないようにちょっかいをかけては、リュディーにうっとおしそうにあしらわれている。
(泣き虫レオちゃんと呼ばれたレオンハルトも、隣の彼に比べればだいぶ体格がいいのね)
クリスティーナより5歳年上で幼馴染のレオンハルトは、両親と祖父を早くに亡くしたこともあり若くして公爵の地位にいる。
しかし、彼の希望もあって武術や剣術など、騎士と同じ境遇で強さも磨いていた。
(全く、昔はあんなに寂しがり屋だったのに、あんなに強くなって……)
「──っ!! 王女殿下っ!!」
騎士団長がこちらに気づいて跪くと、周りにいた騎士団の者たちも一斉に跪く。
同じように跪くレオンハルトの元に近づいて、そっと肩を叩いた。
「あなたはいいわよ」
「いえ、王女殿下ですので」
「もう、変なの。それより、あなたさっき怪我していたわよね、大丈夫?」
そう言ってレオンハルトの横にいた彼に、クリスティーナは声をかけた。
「はい、問題ございません。お気遣い恐悦至極に存じます」
「そう……」
頭をあげることなく彼女に返答するその様子に少し寂しさを覚え、子供なりにおもしろくなさも感じたのか、彼の傷ついた頬に手をやる。
「──っ!!」
びくりと肩を揺らしてあげられた彼のシルバーの髪から覗いたその瞳に、彼女は吸い込まれそうになった。
自分の髪を同じ金色の瞳をした彼は、端正な顔立ちで神々しささえ感じるほど。
(なんて綺麗な瞳なの……)
思わず見惚れてしまったことに自分自身驚いてすぐに目を逸らした。
「あとでしっかり傷、治してね」
「ありがとうございます。恐れ入ります」
彼女は公務に戻るためにその場を後にする。
王宮の廊下を歩きながら、彼女は先程彼に触れた手をじっと見つめた。
(不思議な感覚……)
鼓動が速くなり、頬が紅潮する。
それから数日経ってもリュディーのことが忘れられなかった。
なんとなく知識として知っていたし、まわりの令嬢たちもそんな話題をしていたから、自分の気持ちがなんなのか、すぐに理解した。
(恋……したのよね、私……)
太陽の光で輝いていた長い髪も、芯のある強い瞳も、何もかもが気になる。
彼は何が好きなんだろうか。
彼はどんな風に話して、どんな風に食べて、どんな風に笑うのだろうか。
窓の外に見える騎士団の演習をそっと覗き見る。
ガラスに手を当ててみるが、彼までは遠い。
リュディーは没落した子爵家の嫡男だったと後で知った。
騎士団長が拾って、王宮にある寮で過ごしているのだという。
(彼と話してみたい……)
そう思っていても、王女と一騎士兵見習い。
ガラス越しに映る彼の如く、それは決して届かないところにいて自分の「恋しい」という声すら届けられない。
(伝えることは、できない……)
俯いて視線を逸らした後に、彼女は再び公務へと向かって行った──
彼と会わなくなってから数年後、クリスティーナは一人娘であったこともあり、忙しく国王と王妃の公務の手伝いをしていた。
そんなある日、国王は食事の席で彼女に伝えた。
「今日から彼がクリスティーナの護衛騎士だ」
「え……?」
王族には護衛騎士がつくが、彼女は監視されているみたいで嫌だからと、王宮から出ないということを条件に専属の護衛騎士をつけずにいた。
護衛騎士をつけると聞いて、すぐさま断ってやろうと思ったのだが、その”彼”を見て声が止まる。
「リュディー……」
「ご無沙汰しております。王女殿下」
「え、ええ……」
「リュディーは騎士団長のレオンハルトの右腕でもある。お前もずっと護衛騎士はつけたくないということだったが、いずれそうもいってられなくなる。まずは少しずつでも慣れてみてくれないか」
突然の再会で頭が混乱しているのを必死に隠しながら、彼女は国王に了承の返事をした。
相変わらず笑わない彼は、クリスティーナを目が合うと、そっと手を胸に当てて頭を下げる。
(ずっと一緒にいれるの……?)
消えかけていた恋の炎が再び灯り始めた──
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