第12話 なぜ彼女は聖女の力を失ったのか

「クリスティーナ様がご婚約ですか!」

「ああ、隣国の第二王子で、急に決まったそうなんだが……」


 そんな話をしていると、テレーゼが二人のもとにメインの肉料理を運んできながら話しかける。


「それはめでたいですねっ!!」

「ですよね! ふふ」


 コルネリアはレオンハルトのほうをちらりと見ながら、口元に手を当てて笑う。

 居心地が悪かったのか、彼はくすくすと笑うコルネリアに抗議する。


「何がそんなにおかしいんだ」

「ふふ、だって。レオンハルト様、妹が嫁に行くのが嫌でごねるお兄様みたい」

「なっ! ごねてるって……。しかも、あんなお転婆な妹、こちらから願い下げだ」

「もう……素直じゃないんですから」


 コルネリアとテレーゼは目を合わせて笑い、その様子に再び彼は異論を唱えた。

 あの時はこうだった、あいつにはひどい目にあわされた、などいろいろと語っていたが、コルネリアにはどれも素敵なただの自慢話のように思えて余計におもしろかった。


(ああ、本当に大事に思っているんだな。クリスティーナ様のこと)


 恋心ではないにしろ、親戚として、そして幼馴染として深い愛があることが感じられる。

 そんな関係が微笑ましくもあり、同時に羨ましくも思えた。


(私にはそんな存在いない……)


 少し俯いた彼女の手にそっと優しく大きな手が添えられる。


「レオンハルト様……」

「私がいる。コルネリアには私がついている」


 なぜこの人は自分の欲しいと思う言葉をくれるのだろうか。

 心の中でそう呟いた彼女は、もう一つの手を彼の手に重ねて嬉しそうに微笑んだ。


(私も、彼のためになりたい。だから……)


 彼女は覚悟を決めてある場所に向かうことにした──




 穏やかな風が吹く丘の上に立つ教会の前に、彼女は立っていた。


(私は、私のこの力を知らなければいけない。そして、レオンハルト様の呪いを解く)


 コルネリアは教会の礼拝堂の扉をゆっくりと開ける。

 そこには祈りを捧げるシスター長の姿があった。

 ゆっくりとシスター長のもとに歩いていくと、耳が遠くなった彼女は数mにコルネリアが近づいたところで振り返った。


「おや、今日は孤児院に来てくれる日じゃないと聞いているのだけれど」

「ええ、シスター長とお話をしたくて……いいえ。自分と向き合いたくてここに来ました」


 そう言ったコルネリアの目をじっと見つめると、皺をくしゃりとさせて微笑んだ。


「ええ、お話しましょう。たくさん、あなたの小さかった時の話も」

「はいっ!」


 二人は近くの椅子に座って語り始めた。


「私は、私の聖女の力はどうしてなくなったのでしょうか」

「…………」


 眉を寄せて難しい顔をするコルネリアの頭を、そっとシスター長が撫でる。


「シスター長?」

「あなたはとてもいい子だった。無邪気で大人に笑顔を向けて」

「……」

「でも、周りの子とはなかなか遊ばない子でね、遊びに誘われても急に心を閉ざしたかのように引きこもってしまう。そのうち他の子も誘わなくなって、あなたは一人でいるようになった」


 コルネリアはいい意味でも悪い意味でも他と違っていた。

 大きな聖女の力を持ったことで、人には崇められ、そして羨ましがられ、最後に嫉妬される──


「ルセック伯爵に引き取られて、大事に育てられるのであればそれでいいと思っていたわ。伯爵令嬢として良い育ちをして、良い人と添い遂げて……」


 しかし、ルセック伯爵夫妻はコルネリアを金の道具にして使い、挙句の果てに力を失った彼女を虐げて地下牢に閉じ込めてしまった。

 彼女はその瞬間に一度、死んでしまったのだ。


「あなたが力を失ったのは、あなた自身がその力を閉じ込めているから」

「え……?」

「力を出すことを拒んでいるのよ。あなた自身が。きっとあなたの中で何かあったはず。心を閉ざすことになった何かが」

「──っ!!」


 その瞬間、コルネリアの頭の中に誰かの声がこだまする。



『お前の力は本当は人を不幸にしている』



(誰……? どうしてそんなことを……)



『お前が治した患者は昨日死んだ』



 その声はどんどん大きくなり、やがて彼女自身の脳内であの日の記憶がよみがえった。

 ルセック伯爵邸に来た一人の男は、自分の耳元で毎日囁いていくのだ。


 毎日。毎日──

 来る日も来る日も、治療を受けては耳元で囁き、少女の心を壊していく。


 少しずつ、少しずつ。

 それはやがて少女の心を完全に打ち砕き、神聖な力を出せなくなるほどに。


(そう、あの人にいつも何か言われて、それで、私は聞かないフリをした)


「怖かった……心が壊されていく感覚が……自分を否定されることが……いらないといわれているような気がして」


 当時の記憶がよみがえってくるごとに、コルネリアの息は上がっていく。

 苦しくて、どうしようもなく怖くて、身体が震えて来る。


(だから、私はやめた。力を使うことを。もう傷つきたくないから。傷つけたくないから。誰も……)


 真実を思い出した彼女は自分の身体を抱えるようにして涙を流す。


「ここにいるわよ。大丈夫」


 シスター長の声で安心したのか、少し震えが止まる。


「コルネリア。あなたは今、どうして力が欲しいの?」


(呪いを解くため……)


「あなたはその力で誰を守りたいの?」


(私は……)


「私は、レオンハルト様を守りたい。彼を守る力が欲しいんです。私は、誰かを守るために力を使いたい……!」


 シスター長は彼女のいう「守る」が呪いから救うことだとはわかっていない。

 だが、それでも何か彼女の中で守るものができ、そのために力を使いたいという思いは伝わってくる。


「コルネリア」

「はい」

「あなたはもう大丈夫。あなたは強くなったわ。あの頃よりも」

「シスター長……」


 コルネリアは椅子から立ち上がり、シスター長に深く頭を下げた。

 顔をあげた彼女の表情はどこか晴れやかで、そして力強さを宿らせた目で前を見ている。


「ありがとうございます!」

「ええ、いつでも迷った時はいらっしゃい。いつでもあなたの味方ですから」

「はい……!」


 コルネリアはもう一度頭を下げて礼拝堂の出口に向かおうとするも、少し立ち止まって振り返る。


「シスター長、私は今幸せです」

「──っ! そう、よかったわ」


 そう言って彼女は礼拝堂を後にする。



「覚えていたのね、私の言った言葉」


 シスター長は笑って再び祈りを捧げた──




『コルネリア』

『なあに?』

『いつか、あなたは幸せになってちょうだいね』

『ん? しあわせ?』

『そう、あたたかくてあなたのことを大事に想ってくれる人と共に生きるの』

『? うん、わかった! こるねりあ、「しあわせ」になるね』



***************

一足先にまもなく「小説家になろう」にて完結いたします。

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