第11話 妻を傷つけた者へ、罰を与えよう
ヴァイス邸にあるレオンハルトの執務室に、側近であるミハエルがドアをノックして入る。
二人の共通認識として、ミハエルが入室する場合はドアのノックを三回するという決まり事をしてわざわざレオンハルトが毎回返事をしなくていいようにしていた。
「レオンハルト様、お話が」
仕事に真面目で普段から笑顔を見せない彼ではあったが、今回は何やら話の内容が深刻なのか、殊更真剣な表情をしている。
レオンハルトは彼のその目を見て一つ頷くと、彼に話すように頷く。
「コルネリア様の力が消失した原因がわかりました」
「やはり、睨んだ通りか?」
「はい、レオンハルト様のご推測通り、コルネリア様の力を封じ込めた者は、ルセック伯爵の政敵であるカリート伯爵の手の者でした」
レオンハルトは椅子の背もたれに頭をつけると、どうしようかという様子で天井を仰ぐ。
目をしばらくつぶり、思案したあとゆっくりと開眼してミハエルに問う。
「今、カリート伯爵はかなり政務で力をつけている。落とすのはかなり骨がいるな」
「噂では、自身の警備にも多くの人員を割いていると」
「ああ。それだけ割いているということは”自分が狙われる”という自覚がある証拠だ」
「では、いかがいたしますか?」
ミハエルはじっと彼からの指示を待つ。
レオンハルトは再び思案した後、引き出しから便箋を取り出してさらさらと手紙をしたためていく。
数分でその手紙を仕上げると、それを目の前に控えていたミハエルに渡す。
「これをリュディーに届けてほしい」
「ご依頼ですか?」
「ああ、報酬はツケと言っといてくれ」
「……そろそろ怒られるのでは?」
「いや、大丈夫だ。いつか返す」
ミハエルは軽くため息を吐いた後、持ってきた書類をレオンハルトに手渡して自身は部屋を後にする。
数日後、レオンハルトは王宮のある一室である人物を待っていた。
部屋の扉が開いた瞬間、その人物はレオンハルトの姿を見て一瞬驚いた表情を見せるも、すぐにいつものどこか媚を売るような表情を見せてくる。
「これは、ヴァイス公爵閣下。どうなさいましたか?」
「驚きましたか? ここには国王がいると聞いていたでしょう?」
「え、ええ。国王直々にとのことでしたから、何事かと思いすぐにまいりました」
「そうですね。そうもしないとあなたのまわりの”護衛”とあなたを引き離すことはできませんでしたしね」
「……どういうことですかな?」
レオンハルトは椅子から立ち上がると、彼に近づいてこっそりと話すように言う。
「おや、もう気づいておいででは? ”私”がここにいる意味を。あなたのような賢い方なら」
「恐れ入りますが、わたくしにはわかりかねます」
「単刀直入にいいます。私の妻、コルネリアに近づき、彼女にあることない事吹聴したのはあなたの部下ですね?」
「……! おっしゃっている意味がわかりません」
「こちらは証拠を掴んでおります。あなたは当時政敵であったルセック伯爵の台頭が邪魔だった。そして調べるうちに聖女の力を悪用して富と名声を得ている事に気づいた」
「そうです。彼は彼女を虐待していたっ! 私は聖女であるコルネリア様を救おうとしたのです!」
開き直ったように、そして自分が正しいと宣言をするように高らかに宣言する。
レオンハルトはそんなカリート伯爵を見て、一瞬唇とピクリと揺らすと、冷たい視線を彼に向けた。
「そのために、幼い少女に”君の親は君がいらないから捨てた”と、そう言わせたのですか?」
「……!」
「あなたはどこまでも下衆だ。人の気持ちをなんとも思わない。自分の手は汚さない。全て人にさせる。なにもかも」
レオンハルトは机の上に置いていた書類を手に取ると、そのまま彼に見せる。
「毎日毎日ルセック伯爵夫妻に気づかれぬよう、部下に客のフリをさせて少女に近づき暴言を吐いた」
コルネリアに浴びせられた暴言は凄まじい数のものであった。
『お前は本当の親に捨てられた』
『お前の力は本当は人を不幸にしている』
『お前の親はお前を愛していない』
『お前が治した患者は昨日死んだ』
嘘が大半であったが、幼い少女をそれを信じ込んでしまい、ふさぎ込んでしまった。
自分に価値がない、自分が今まで褒められていたことは本当はよくないことだったんだ、と思い込んだ少女の心は段々壊れていく。
少女は自信を失い、そして愛情を感じられなくなったことで、聖女の力はどんどん彼女の無意識のうちに封じ込められて行ってしまった。
そして、三歳になったある日、彼にこう言われたのだ。
『お前の力で人が死んだ』
と。
前日にある老婆を救えなかった少女は、自分のせいだと思い込んだ。
そう、そうして彼女は自分の力を自分で封じてしまったのだ。
「少女はそうやって少しずつ心を閉ざして、自分の力が忌々しいものだと思い込んでしまった。そして自分で制御をしてしまった」
「……」
「聖女の力を失ったことを見届けると、口封じのためにあなたはその少女に暴言を吐いた部下を事故死に見せかけて殺した」
「そんな、どこに証拠が……っ!」
カリート伯爵が目の前の光景にぞっとしたのも無理はない。
椅子の上からレオンハルトが人の白骨化した頭の骨を持って見せてきたからだ。
「ひいいっ!!」
「部下の遺骨が埋められていましたよ。あなたの家の庭に……」
「なっ! そんなはずはない。だって……っ!」
「ふふ、だって。なんですか? 海に捨てたから、といいたいんですか?」
「……」
レオンハルトはそっとその頭蓋骨に布をかけると、丁重に机の上に置く。
「実は、あなたの部下を始末するように指示した殺し屋は、私の友人なんですよ」
「──っ!!」
「あ、大丈夫ですよ。この骨は偽物ですから」
「く、この……」
「ここに彼からもらった報告書、当時の依頼記録、全て揃っています。それに今の証言、ここにいる”皆”が聞いていましたよ」
「なっ!!」
その瞬間にカリート伯爵を取り囲むように王宮の衛兵たちが部屋のあちらこちらからでて、そして部屋の外からもなだれ込んでくる。
「この……王家の犬が……」
「ん? 何かいいましたか? 私は王家のために働く。そして、妻を傷つけたものに罰を与える。彼女は僕が守る」
そうレオンハルトが言った直後にはカリート伯爵は取り押さえられ、衛兵に連行されていった。
(ああ、リュディーに借りを返さないとな)
レオンハルトは窓の外に見える教会に向かって呟いた。
「さあ、あとは君が自分で取り戻すんだ。君自身と向き合うことができるのは、君だけだ」
彼はそっと部屋を後にした──
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