第7話 カフェオレを淹れましょうか
レオンハルトが子供の姿になってしまった呪いに、シュヴェール騎士団が絡んでいる可能性がある。
そして、シュヴェール騎士団とレオンハルトの因縁、そして彼の過去について聞いたコルネリアは王宮からの帰り道、馬車にも乗らずに考え込んでいた。
(レオンハルト様の過去……。騎士長だった。それからシュヴェール騎士団……)
そんな過去があれば、レオンハルトとリュディーのあの仲の良さも納得がいく。
レオンハルトに詳しいことを聞きたいと思うが、今日彼は夜遅くまで仕事で外出している。
そうとは知りながらも、いてもたってもいられなくなったコルネリアはある場所へと向かった──
「おや、珍しいですね。あなたお一人でいらっしゃるなんて」
「はい。今日はリュディーさんとお話したくて来ました」
「レオンハルトのことですね」
「──っ!」
言い当てられたことに驚きはしたが、彼は王家の影と呼ばれる存在であり、レオンハルトと共に戦場に立っていた人間。
相手の表情や言いたい事を読むのはたやすいのかもしれないと感じた。
「はい、教えていただきたいのです。レオンハルト様の過去を」
「わかりました。では、立ち話もなんですし、カフェオレでも淹れましょうか」
「……お願いします」
コルネリアはそっとカウンターの席について、大きく一つ息を吐いた。
リュディーは表の看板をCLOSEにした後、豆を挽いてゆっくりとした手つきでコーヒーを入れていく。
その様子をじっとコルネリアは見つめていた。
しばしの無言の時間が流れた時、ふとリュディーが話し始めた。
「王女殿下からお聞きになったのですね?」
「はい。クリスティーナ様からお聞きしました。レオンハルト様があの姿になってしまう呪いについて、そしてそれに関係する過去について」
「おおよそお聞きした内容については予想できます。驚いたでしょう」
「ええ」
優しい微笑みを向けた後、カフェオレが入りましたよと彼女の元に置く。
ありがとうございます、と言ってコルネリアはカップを持って冷めないうちに一口飲む。
「美味しいです」
「ありがとうございます。少しは慣れましたか?」
「はい、この苦味が美味しいというのが少しわかりました」
「ふふ、それはよかった。レオンハルトは慣れるのに半年かかりましたよ」
「そうなのですか?」
「彼は昔から子供なんです。泣き虫レオちゃんのことは聞きましたか?」
「はい、今からは想像もできないので、初めはびっくりしました」
リュディーは普段のマスターの顔とは少し違って、友人としての表情を浮かべながら笑った。
(二人は本当にお互いのことをよく知っているんだな)
そんな思考を読むように、彼は、私よりも王女殿下のほうが彼のことをよく知っていますよと言った。
コルネリアはすっかりコーヒーに飲み慣れたようで、もう一口と言った様子で飲む。
「あの日はよく晴れた日でした」
「……」
リュディーは昔を思い出すようにゆっくりと語り始める。
「私達はローマンをもうすぐそこまで追いつめたのです。それでも彼は諦めなかった。そして、最悪の事態が起こった」
「人質……」
「ええ。私は人質を救助しにレオンハルトの命を受けて先行して潜入場所に侵入しました。大人数だとバレる危険性があったので、私だけで」
リュディーは自分の分のコーヒーを入れ終わると、そこに角砂糖を入れる。
ふっと落とされたそれは水面を揺らし、彼の苦々しい表情をかき消す。
「私が到着した時、ローマンと彼女はいました」
”彼女”が人質のことだと理解したコルネリアは、胸がきゅっと締め付けられる思いがする。
「彼女は何も言わず、静かに彼に腕を掴まれた状態でいました。叫ぶこともなく、私に助けを求めるわけでもなく。ただ、身を任せていた。その瞳はこちらをじっと見つめていました」
「え……?」
そう、コルネリアはそこで違和感に気づく。
(クリスティーナ様のお話では、リュディーさんが駆け付けたときには人質は亡くなってたって……)
彼女の言いたい事を理解したように、リュディーは浅く頷いてコルネリアのカフェオレを追加する。
再び沈黙が訪れる。
彼女の視線を感じながら、カフェオレを淹れ終わると、一言彼は言った。
「王女殿下は知りません。真実を、知っているのはレオンハルト、私、そして国王だけです」
「どうして……」
「王女殿下と人質の彼女は仲が良かったからです。まだ十代の身には酷すぎる話だからと、私達が伏せたのです」
何が彼らに起こったというのだろうか。
コルネリアは自分から尋ねるということはせず、彼の言葉を待った。
「彼女、クラリッサは私が到着した時、確かに生きていました。ローマンから危害も加えられていなかった」
「……」
「ローマンは私にある伝言を言いました。『レオンハルトに人質の命と引き換えに自死しろ』と」
「──っ!!!」
「私はその瞬間、迷ってしまったのです。迷いが表情に出てしまった。未熟なばかりに……だから……」
「──どうなったのですか?」
コルネリアは体中の震えを止めるために唇を噛みしめる。
リュディーは、小さな声で言った。
「クラリッサがローマンの持っていたナイフを奪い、自分の胸に突き刺したのです」
「──っ!!!」
あまりの衝撃さにコルネリアはめまいがするほどだった。
大丈夫ですか、と尋ねられた声すらも遠く感じる。
「それで……彼女……まさか……」
「亡くなりました。私の目の前で」
コルネリアの瞳からは彼女の知らぬ間に涙が零れ落ちていた。
「私からこれ以上話せることはありません。これ以上は……」
その苦しそうな表情と唇を噛みしめて流れた血を見て、彼の自責の念を深く感じた。
ああ、彼もまたこの事実を抱えて苦しんでいたのだと、コルネリアは思う。
「ありがとうございます。苦しい思いをさせました」
「いえ、このあとどうするかはコルネリア様の自由です。この事実を知ってどうするかは」
「はい、もう私の中では決まっています」
「そうですか。私はずっとここにいます。いつでも来てください」
「ええ、またカフェオレ飲みに来ます」
「お待ちしております」
カフェを出たコルネリアの行く先はもう決まっていた。
もうすっかり暗くなった夜道を歩き、馬車に乗り込んだ。
(聞かなきゃいけない、私は。レオンハルト様に……)
馬車はヴァイス邸に着き、コルネリアはその足でレオンハルトの執務室に向かった。
扉をノックすると、中から彼の了承の声が聞こえる。
「失礼します」
「珍しいね、コルネリアが僕より遅くなるなんて」
「レオンハルト様」
彼女の目を見てなにやらただならぬ雰囲気を感じ、彼も真剣な表情へと変わる。
「どうしたの?」
「クラリッサさんのことを聞きました」
「──っ!!」
その言葉を聞いてレオンハルトは彼女の話したいことがわかったのか、コルネリアにソファに座るように促す。
二人で座ったところでレオンハルトは静かに話し始めた。
「クラリッサについて、君に話さなければならないとは思っていた。どこまで聞いたの?」
「シュヴェール騎士団のこと、それからリュディーさんがクラリッサさんのもとにかけつけたこと。クリスティーナ様とリュディーさんから」
「そうか、リュディーは言わなかったのか」
「──?」
コルネリアがレオンハルトのほうを向くと、彼は彼女に目を合わせることもないまま言った。
「──クラリッサは僕の婚約者だった」
「──っ!!!」
夜空に浮かぶ月を、薄暗い雲が隠していった──
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