第14話 馬車の中で伝える思い
カフェで楽しい時間を過ごした二人はこう夕日が落ちる頃になって、馬車で帰宅する途中だった。
行きはずいぶん緊張したり、外の景色をきょろきょろと見て落ち着きがなかったコルネリアも、帰りは座ってじっと段々変わる景色を眺めていた。
王都のにぎやかな様子から少し変わり、森を抜けて次第にヴァイス公爵家へと近づいて来る。
「レオンハルト様」
「なんだい?」
「私、マナーが習ってみたいです」
急な申し出に思わずレオンハルトもどうしたのかと問いかける。
すると、彼女から真剣な声色で相談を続けられた。
「私はレオンハルト様に離婚していただきたい、と以前申しました」
「ああ」
もしかして、また離婚したくなるほど嫌な思いをしているのではないか、また自分が彼女を不快にさせるようなそんなことをしていたのではないかとレオンハルトは不安になった。
しかし、彼女の口から出た言葉は逆に前向きなものだった──
「アスマン公爵がいらっしゃった時、私は妻として何もすることができませんでした」
「それはコルネリアが悪いわけではないよ、うちに来てまた少ししか経っていなかったし」
「その時はそうかもしれません。しかし、もうそれに甘えていられる時期は過ぎたのではないかと思うのです。私はレオンハルト様と共に生きるために、ヴァイス公爵夫人としての責務を全うするためにもっとたくさんの勉強が必要だと思っています」
「…………」
コルネリアは自分の膝を見つめながら、必死に自分の思いを伝えていく。
その必死さをわかっているからこそ、レオンハルトも口を挟むのではなく黙って発言の行く末を見守っていた。
「私は孤児院出身で、そしてルセック家でもマナーはあまり教えてもらいませんでした。いえ、違いますね。学ぼうとしていなかったのです。ですから、私は自分の考えで、そして意思で学びたいと思ったのです。なんとかそのためにお力を貸していただくことはできないでしょうか」
そう言いながらコルネリアは馬車に揺られる中、すぐ目の前にいるレオンハルトに深々と頭を下げる。
短時間のお辞儀ではない、何秒も何十秒も頭を下げ続けた。
「頭を上げてごらん、コルネリア」
その言葉を聞き、ゆっくりと頭を上げた瞬間に、彼女は目の前にいた彼に抱き寄せられる。
「──っ!!」
「謝らないで欲しい。その気持ちだけで僕はすごく嬉しいんだ」
レオンハルトの胸の中でコルネリアは彼の言葉を静かに聞く。
「マナーを学びたい、勉強したい、その思いを僕は尊敬するし、僕にできることならなんでもするよ」
「レオンハルト様」
「マナーに関してはいい人がいるから任せておいて」
「はい」
レオンハルトはそっと彼女の身体を離すと、彼女の目を見つめて優しい顔つきで言う。
「実は今日王宮から呼び出されたのはね、ヴァイス家の新しい事業について話をしていたんだ」
「新しい、事業?」
「ああ、昔おじい様がやっていた福祉事業をもう一度ヴァイス家がおこなうことが正式に決定してね。事業の開始はもう少し先だけど、コルネリアの育った教会と孤児院の管轄がうちになるんだ」
「管轄が変わっていたのですね」
「ああ、もともと王族管轄だったものをおじい様が引き継ぎ、僕が当主になったタイミングで再度王族に戻っていた。そこで、教会と孤児院にいる子供たちの様子を定期的に見る仕事をぜひコルネリアにお願いできないかと思ってね」
「私に、でしょうか?」
「ああ」
コルネリアは自分にそんな大役が務まるのだろうか、と不安に思ったが、それを見越したようにレオンハルトは話を続ける。
「気負わなくていい。ただ子供たちと遊んだり、それからシスターたちと協力してよりよい環境づくりをしてくれたらいいんだ」
「わかりました、やってみます」
「ありがとう!」
コルネリアのマナー勉強、そして教会や孤児院での手伝いをする日々が始まろうとしていた──
◇◆◇
王宮内にある謁見の間において、国王と王女クリスティーナが真剣な面持ちで話し合いをしていた。
「では、やはりレオンハルトのあの『呪い』は、ヴァイス公爵家か王族に恨みのある者の仕業かもしれないと」
「はい、恐らく。リュディーの報告だとその可能性が高いとのことで」
「はあ……あまり考えたくはないが、政敵も含めるとかなりの数候補がいるな」
「ええ、ですので、引き続き怪しい者がいないかの調査を内密に続けるとのことでした」
「わかった、リュディーには気をつけるようにと言っておいてくれ」
「かしこまりました」
クリスティーナは幼馴染であるレオンハルトの顔を思い浮かべる。
(どうか、どうかこれ以上彼に悪いことが起こりませんように)
祈るように手を絡めると、クリスティーナは願いを天に捧げた──
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