第12話 さあ、街に出かけよう!(2)
カフェは王都の街でもかなり静かなところ──少し郊外に作られており、木のロッジで作られた小屋にある。
一見するとカフェには見えないのだが、ドアを開けるとふわっとコーヒーのいい香りが漂ってくる。
(わあ、なんでしょうか。このいい香りは)
コーヒーの香り自体も初めてだったコルネリアは、その香りの良さに衝撃を受ける。
さらに内装は木を基調としたブラウンの色合いで、マスターがカウンターで豆を挽いていた。
マスターはレオンハルトとコルネリアの訪問に気づくと、いらっしゃいと言葉数少なく言って挨拶をする。
「マスター、お邪魔するね」
「ああ」
先ほどの仕立て屋とはまた違う店の雰囲気に驚くコルネリアだったが、マスターとレオンハルトが親しげに話しているのも気になっていた。
やはりヴァイス公爵家の当主ともあると、どこに行っても基本的には恭しく迎えられるものだが、またここのカフェのマスターの迎え方、そして二人の雰囲気は異なっている。
「マスター、今日もお客は僕たちだけ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、貸し切りか! 奥のいつもの席借りるね」
「ああ」
マスターはかなり若そうに見える。
ワイシャツに黒いエプロンをして長髪を後ろで一つに束ねるようにしている。
その髪はこの国では珍しい綺麗なシルバーの色合いをしており、まるで何か神様のようなそんな神々しささえ感じる美貌だとコルネリアは思った。
腕まくりをしてコーヒーを入れる準備をするその様子は、世の女性たちが放っておかないだろうと予想できるかっこよさがある。
「コルネリア、こっちにおいで」
そう言われて、はっと気づき、急いでレオンハルトの座っている席の方へと向かう。
そこはテーブル席で向かい合って座る席ではなく、L字のソファになっており、向かい合って座るよりもお互いの距離が近く聞こえる。
レオンハルトの横にちょこんと座ると、彼が見せてくれたメニューを見る。
メニュー表はイラスト付きで描かれており、どんな料理や飲み物なのかが一目でわかるようになっていた。
(たくさんありますが、どれもほとんど飲んだことがないものばかりですね……)
実際、コーヒーは貴族の一部の人しか飲まないものであり、さらにいえばこの国の多くは紅茶を嗜んでいるためコーヒーを常飲する人は少ない。
紅茶に慣れた人々からするとコーヒーはあまりにも苦く、美味しくないものという認識の人も多い。
よってこのカフェは街唯一、いや国内唯一のコーヒーをメインに出すカフェなのだが、レオンハルトはこのコーヒーが好みで通っていた。
「どれが飲みたい? ここはコーヒーをメインに出すお店だけど、紅茶もあるから無理しなくていいよ」
「せっかくですので、レオンハルト様と同じくコーヒーを飲んでみたいのですが、どれがオススメでしょうか?」
「じゃあ、カフェオレはどうかな。ミルクが入っているからまろやかで飲みやすいんだ。ここのははちみつ入りだから甘いよ」
「では、それでお願いします!」
レオンハルトはブレンドコーヒーとカフェオレをマスターに頼むと、そのままメニュー表の後ろを見る。
そこにはケーキのイラストが描かかれており、その下には可愛らしい字で「スフレチーズケーキ」と書かれている。
どうやらレオンハルト曰く、それは新メニューらしく、それも一緒にということで二つ頼んだ。
マスターは注文が入るとサイフォンでコーヒーを入れていく。
正直なところこのカフェにあまり人は来ないため、お店の経営は赤字である。
なぜそんな状態でも彼が趣味の範囲であるカフェを経営して生活できるのかというと、本来の彼の仕事は別にあるからだ。
「マスター、この子がコルネリア」
「ああ、知っている」
「さすが、王家の影は情報が早いですね」
コルネリアは首をかしげてレオンハルトのほうを眺めている。
レオンハルトはまあ、周りに誰もいないし大丈夫かといった感じで見渡すと、少しコルネリアに顔を近づけて小声で言った。
「王家の影っていうのは、王族の命で街に他国の者がいないか、つまりスパイを見つけたりする役割を持ったりする。他にもいろいろ王家のために動くんだけど、とにかく腕が立つからコルネリアも気をつけて」
「は、はい……」
コルネリアはもう一度マスターのほうをちらりと見るが、細身で高身長ででも確かによく見ると目つきは鋭い。
職業柄だろうかと考えていると、マスターがコーヒーを持ってきてくれる。
「ブレンドとカフェオレ」
「ありがとう、マスター」
やはり口数少なく用件のみ伝えるとそのまま今度はスフレチーズケーキを準備しにカウンターの中へと戻っていく。
下の方にしまってあったスフレチーズケーキのホールを出すと、ワンカットにして皿に盛りつける。
さらにベリーを乗せ、その横にはクリームを絞ってさらに上からベリーソースをかけている。
コルネリアはその手つきに思わず息を飲んだ。
「コルネリア、マスターばかり見ないで僕も見てよ」
「え?! あ、ごめんなさい」
「確かにマスターはかっこいいけどさ」
少し拗ねるようにそっぽを向いたタイミングで、マスターが二人分のスフレチーズケーキを運んでくる。
スフレチーズケーキはふわふわで少し揺らしただけでもその柔らかさが伝わる。
「おお、これは傑作の予感だね」
「すごいです、ふわふわですね」
二人はほぼ同時にフォークを入れると、そのまま口に入れる。
「「──っ!!」」
なめらかさとふわっとした感じが口いっぱいに広がり、とろける食感になっている。
チーズケーキでもレアチーズケーキやベイクドチーズケーキは食べたことがあったレオンハルトだが、スフレのこのふんわり感に即やられてしまう。
「これは美味しすぎる」
「はい……」
二人の感想をこっそり耳で来ていたマスターは表情には出さないが、内心はガッツポーズをするほど喜んでいた。
期間限定の新メニューとして出していたが、お店の看板メニューとしてレギュラー入りさせてほしいと二人が懇願したのは言うまでもない──
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