第10話 公爵様の秘密(2)

 レオンハルトはふうと一息ついた後でコルネリアに自分の秘密について語り始めた。


「この姿になるようになったのは、ほんの一年前くらいなんだ。ある日気づいたらこの姿になっていて驚いた。隣にいたミハエルも驚いていたよ」

「突然なったのですか?」

「ああ、本当に何の前触れもなく……」


 レオンハルトは当時のことを思い出すように顎に手をあてて、そして天井を見上げながら話を続けた。

 いきなり身体が小さくなって子供の姿になったものだから、当然服もぶかぶかになって、ただの布を覆っている変態みたいになったそう。

 その時はヴァイス家にあった昔のレオンハルトの子供服を引っ張り出してきて、それを着て過ごした。


「ミハエルが耳打ちして怪しげに『レオンハルト様の昔の子供服はどこだ』なんて聞くから、テレーゼが慌てちゃって……」

「それはもしかして」

「ああ、僕の隠し子とか、なんか突然子供が出来たとか思ったらしくてね」


 自分も実はそう思ったんです、とは言えずに、コルネリアは口をつぐんでそのまま話を聞く。

 どうやらその日はその子供服で乗り切って、夜中ずっとこれからどうしようかとミハエルと今後の相談をしていた時に朝を迎えた。

 すると、今度は突然また身体が元の姿に戻ったのだという。

 ──まあ、服に関して次は子供になった時と逆のことが起こって、咄嗟にミハエルが目を逸らして気を遣ったのは言うまでもない。


 それからしばらくの時間また子供の姿になるのか、それとももうならないのか、とミハエルとテレーゼはレオンハルトの様子を見守ったが、2日経っても3日経っても、10日経ってもその現象は起こらなかった。

 何かの間違いだったのか、いやそんなわけはないと思いながら、しばらくの時が経った。

 もはやミハエルとテレーゼの中でレオンハルト七不思議の一つとなって、現象の記憶が風化しそうになったところで事件は起こる。


「一ヶ月くらい経った頃にまた同じ現象が起こったんだ」

「また、でしょうか」

「ああ……」


 レオンハルトはその日、社交界パーティーの帰り道で馬車に乗っていたのだが、突然心臓がドクンとしたような気がした。

 何かこの現象に覚えがある、そう思った瞬間にレオンハルトの身体は再び子供の姿になっていた。

 馬車には一人でどうすることもできず、ひたすらにヴァイス家に着くのを待った。

 そうして着いてすぐに姿が見えないようにしながら、御者にミハエルを呼んでくるように頼むと、彼に助けられてようやく誰にも見られないように自室に戻ることができた。


「いやあ~あの時は苦労した。御者に見つからないように何とか家に入ってね」

「それは大変でしたね」

「ミハエルが様子に気づいて子供服を急いで馬車まで運んできて」

「着替えてそーっと入ったのですね?」

「そうなんだ」


 コルネリアはその時のレオンハルトの様子を思い浮かべて、不謹慎にも少し可愛いと思ってしまった。

 二回目のその現象の際も一晩様子を見て朝を迎えたが、やはり朝になると元の姿に戻った。

 二度も起こったのだからこれはさすがに何かあるとなり、レオンハルトとミハエルは二度の共通点などを探した。

 すると、二度とも『新月の夜』にその現象が起こっていることがわかったのだ。


「新月の夜……?」

「ああ、月が出ていない時のことを言うんだが、二度ともその新月の夜に子供の姿になっていた」


 それからやはり予想通り、2日経っても5日待っても、そして20日過ぎてもその現象は起こらず、ついに新月の夜を迎えた。

 夕方の日が落ちる前から今度はレオンハルトとミハエルは、レオンハルトの自室で待機してその時を待った。

 すると──


「予想通り子供の姿になったよ」

「では、やはり新月の夜に子供の姿になると……?」

「そうなんだ」

「原因はわかったんですか?」

「それが────」


 原因に心当たりがなく、ミハエルが調査をしたのだそうが、もちろん文献上、そして論文や現在判明している病気でも該当するものはなく。

 一番考えられるのはやはり魔術や呪いの類ではないか、というのが今の二人の結論だった。

 そう言われてみてコルネリアは何かの違和感に気づき、じっとレオンハルトを見つめる。


 突然好きな人に見つめられてドキリとし、顔を赤らめるレオンハルトだったが、コルネリアは意外な言葉を発する。


「何か変な気配を感じます」

「え?」

「なんでしょうか、なんとなく嫌な気配と言いますか。病気とはまた違う何か悪いものの気配を感じます」


 コルネリアは目を細めてレオンハルトを凝視する。

 どうやら彼女には何か確かなものが視えているわけではなく、なんとなくふわっと嫌な気配がレオンハルトから感じるのだという。

 それが呪いの類なのか、そして聖女だったからこそ感じるのか、まではわからない。

 ただ、コルネリアは彼のそんな姿を見たときからずーっと心の中で思っていたことを遠慮がちに言った。


「あの……大変不謹慎なのですが……」

「なんだい?」

「その、えっと、なんといいますか……」


 コルネリアは少し言いにくそうに顔を逸らすと、今度は覚悟を決めたようにレオンハルトに告げた。


「レオンハルト様、可愛いです」

「は……?」

「小さなレオンハルト様、可愛くて可愛くて、その、あの、頭撫でてもいいですか?」

「はっ?!」


 すると、答えも聞かずコルネリアは我慢できないというようにレオンハルトの小さな頭をなでなでする。

 彼の髪はふわっと柔らかく、触り心地がいい。

 自分でも驚くほど子供のレオンハルトにメロメロになっており、頬ぷにっと触ってみる。


(ああ、ぷにぷにです!)


 コルネリアはおそらく人生で一番感情を表に出しており、そして心の中ではさらに高ぶっていた。

 さらにさらにぎゅっとコルネリアはレオンハルトの小さな身体を抱きしめて、なでなでと頭を撫でる。

 もうこうなるとコルネリアを止める者はいない。


「ちょっ! コルネリアっ!」

「レオンハルト様、可愛いですね~」


 彼女と思わぬ状況での密着で、恥ずかしさと嬉しさが同時に来てどうしていいかわからなくなったレオンハルト。

 しばらく二人の触れ合いは続いた──

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