Power game

羽間慧

Power game

 この作品は、宇部松清さまの「なんやかんやで!〜両片想いの南城矢萩と神田夜宵をどうにかくっつけたいハッピーエンド請負人・遠藤初陽の奔走〜」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651605896697


 二次創作(大人向け)になります。未読の方は本編を先に読まれることをおすすめいたします。


 みんな大好き萩ちゃん夜宵くん、そして遠藤くんは登場しません。メインキャラしか勝たん勢の皆さま、ご了承くださいませ。







 ■□■□




 体育館の床に、ドリブルとシューズの音が鳴り響く。


「バレンタインデーなのに、チョコレートが一つももらえないんだけど!」


 悲痛な叫びに、俺は時計をちらりと見上げた。現在は十三時五分。教室にいたら、菓子パで余ったチョコを恵んでくれる人がいたかもしれない。

 馬鹿な奴らと心の中で呟いたとき、ひときわ明るい声が上がった。


「放課後まで待とうぜ! 近くの共学とか女子校の子が、出待ちするはずだから!」

「ありえないって。俺が女子だったら、出待ちなんて絶対しないわ。めんどくさい」

「そういうことゆーからモテないんだぞ。僕は信じるね。塾の帰りとか、近所の横断歩道とか」


 今度は俺が否定する番だ。さすがに横断歩道はないだろう。下手したら、住所を特定されているんじゃないのか。交通安全部の一員として、注意喚起をしておこう。ストーカー被害は男子も少なくないのだから。

 腹筋をしていた俺は起き上がり、由々しき事態に気づいた。


「お前ら! バスケしながら雑談するとは、どういう了見だ! 真面目にやらんかー!」

「ヤベッ! 寿都すっつに目ぇつけられた! ボール片して逃げろ!」


 拳を振り上げながら追いかける俺と、逃げ惑う生徒達。この甘ったるくもなんともない光景が、バレンタインデー当日なんて信じられるか? ちなみに俺もチョコレートの類をもらえていない。体育教官室には野郎しかいないため、感謝チョコの文化を広める人は皆無だ。隣のおじいちゃん先生から酢昆布を分けてもらえたが、この人はバレンタインデー以外でも駄菓子をくれる。ボケたサンタが、子どもに毎日プレゼントをあげ続けるようなものだと思っていた。


 俺は一抹の希望を胸に、職員室のレターボックスを確認したばかりだ。自然を装ってゆっくりめに歩いたものの、何も声をかけられなかった。悲しい。

 まぁ、予想はしていたけどな。男子校の職場恋愛なんて、絶対できないと思っていた。モテる筋肉質の基準は超え、連敗記録更新中の合コンへ行く足は遠のいた。数少ない女性職員にアタックする勇気もない。事務員にも振られれば、居心地の悪さに耐え切れなくなるのが目に見えていた。面白がってSNSに書き込む生徒も多かった。


「ちっ。逃げ足が早い奴らばかりだな。雑談するなら別のところでしろよ。ボールはちゃんと返却されたけどさ、なんかモヤモヤする」


 俺の呟きの後で、卓球をしていた生徒が鋭いレシーブを決めた。


「寿都先生が鍛えすぎて怖いんですよ。門別もんべつ先生みたいな美人に話しかけられたいっす」

「そうそう。筋トレの量を減らしたらいいんじゃない? 無駄に威圧感が出て、一年生は怯えてるみたいだよ」


 それを言ったら門別も同類だ。竹刀を持たせれば、普段の気だるさが嘘のように霧散する。高校時代、剣道部の友人が出場した大会を見に行ったとき、門別の気迫に呑まれてしまった。他校の観客でさえ固まったのだから、相手の友人は泡を吹きかけていたに違いない。あるいは気絶していた間に、勝負が決まっていたのかもしれない。

 かつての門別の勇姿を語ったところで、うちの生徒は信じてくれないだろう。風の強い日に傘を差した門別が、遠くへ流されていく光景なら容易に想像できそうだ。


「そんなに門別先生の方がいいのか?」


 首を傾げる俺に、異論を唱えるものはいなかった。


「顔がいいじゃないですか!」

「馬鹿! 門別先生は声も色気があって最高だろ。おかげでいつも助かってる」

「付き合うなら寿都より門別先生ですよ。優しくリードしてくれそうですし。あっ、門別先生には内緒ですよ。下心があって保健室に会いに行く奴もいますけど、俺は違いますから!」


 よし。お前らの言うことはよく分かった。


「要するに、筋肉ゴリラはお呼びじゃないんだな! 体育の腕たせ伏せ、回数増やしてやろうか?」


 体育館に鬼畜教師という罵声が上がる。騒ぎを聞きつけた教頭に、生徒の悪ふざけだと納得してもらうのは骨が折れた。クビだけは、クビだけは勘弁してほしい!

 本当に回数を増やすつもりはないし、実際に増やしたことはない。やる気のないまま追加しても、いい筋肉には育たない。あくまでも生徒とのコミュニケーションの一環だ。だが、人に誤解されるのは俺の見た目が問題らしい。




「えぇ、寿都先生の顔が原因でしょう。さっきの生徒も逃げるように教室へ帰っていきました。せめて声の大きさを変えてみたらどうです?」

「余計なお世話ですよ。とっくに試しています」


 俺は保健室の椅子に座る。七時間目に、バレーボールを顔面で受け止めた生徒がいた。保健室に向かわせて授業を続けた後、怪我の状態が気になって体育館から走ってきたのだ。鼻血以外は大した外傷がなくてホッとしたものの、生徒は寿都の顔を見て逃亡した。生徒から暴言を吐かれるより、無言で避けられる方が精神的に応える。


「おや。珍しいですね。寿都先生が弱音なんて」


 門別はマグカップを目の前に置いた。陶器と変わらない肌の白さは、鉄分が足りていないように思える。


「俺だって、いつも元気いっぱいな訳じゃないですよ。コーヒーいただきますね」

「よかったらチョコレートもいかがですか? 生徒からもらいすぎて、私も鼻血を出しそうなんですよ」


 チョコの山は、やはり生徒から贈られたものだったのか。既製品やら、ラッピングされた手作りやら、男子の夢が詰まっている。嫉妬をコーヒーで流し込み、一番上のトリュフチョコに手を伸ばした。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「私なんかにチョコレートをくれる生徒は、本当に愛らしいですよ。大学時代までバレンタインデーは嫌いでしたが、先生になるのはよいものですね。養護教諭ですけど」


 んまっ! 中にマシュマロが入ってるぞ。最近の男子も料理ができる人が増えていて、マジで尊敬する。


 無心でトリュフチョコを頬張っていると、門別は顔を近づけてきた。


「手作りのチョコレート、もらいたい人は多いですよね。ここだけの話ですが、私は恋人以外から手作りをもらいたくないんですよ。何が入っているか分からないでしょう?」

「そんな怪しい食材なんて入れますかね?」


 自分の髪の毛や血液を入れる人なんて、ごく少数だろう。二つ目のマフィンを口に放り込みながら、俺はのんびり相槌を打っていた。ハート型のチョコチップが美味い。


「寿都先生は純粋ですね。気をつけた方がいいですよ。媚薬入りのチョコレートをあげる生徒もいるんですから。現に、寿都先生が最初に食べたチョコレート。あれは食べたときに違和感がなかったですか?」


 俺は咀嚼していたマフィンの欠片でむせそうになった。最初のトリュフチョコが媚薬入り? この先生は知ってて勧めたのか?


「確証はなかったですよ。渡されるときに『食べて痛くなったらごめんなさい』って言っていたので、感度が上がるタイプかなぁと。元々カカオには恋愛物質なるものが含まれていますが、興奮作用のあるカフェイン飲料と摂取したらどうなってしまうんでしょうかね。寿都先生」


 小首を傾げた拍子に、門別の束ねた後ろ髪がふわりと揺れた。噛みつきたくなる白い首筋が、俺の鼓動を早くさせる。

 正気になれ、寿都太一たいち。お前の好みのタイプはショートヘアの明るい子で、同じ年か年下が守備範囲のはずだ。一つ上の男性教師なんて、可愛くもなんともない。


 なんともない、はずなのに。硬くなった分身を、ほっそい体の中に挿れたくなる。


「はっ。俺にはよく分かりませんね。チョコレートのお裾分け、ありがとうございました」


 俺は涼しい顔で立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちた。昼休みに筋トレをした疲れが来ただけだ。媚薬なんかに体育教師が負けるはずがない。


「体調不良ですか? ベッドに移動しましょうね」

「いい。体育教官室に戻る」


 椅子に手をかけて立ち上がろうとした俺を、門別は抱き上げた。俗に言う、お姫様抱っこだ。


保健室ここでは私の指示に従ってください。暴れると治療に支障が出ます」

「治療じゃないでしょう。どう考えても、この流れは……」


 ベッドに下ろされ、俺はせめてもの抵抗で睨みつけた。保健室で身体の疼きを治すなんて、何かの動画で見たことがある。


「初めてなので上手くできるか分かりませんが、ちゃんとローションもコンドームも準備しています。私に身を委ねてくれさえすれば良いんですよ。太一君」

「その声は反則です」


 保健の授業で平然と話していた単語も、下の名前で呼ばれたことも、媚薬で溶かされた耳には刺激が強すぎる。

 顔を両手で覆った俺に、門別はふっと笑みを浮かべた。やめてくれると期待したが、俺のジャージのチャックに手をかけた。


「寿都先生の筋肉も素敵ですが、シャツでは隠しきれないここも好きですよ」


 門別に摘み上げられ、こすられたところが赤みを帯びる。誰にも触れさせたことのない場所を舌でなぞられ、嬌声が出そうになる。


「もんべ、つっ!」

「布団をかけてほしいんですか? 私としては太一君の顔が見えなくなるのは嫌なんですけど。風邪を引かれたら困ります。仕方ありませんね」

 

 俺に布団をかけた後、門別の動きは早かった。横髪を耳にかけ、口を大きく開けた。


「やめてくれ! 一日中動いた後だし、今は……!」


 必死の懇願に対し、門別はまともな返事をしてくれなかった。顔を離してもらわなければ、溶けてしまうというのに。


「体育教師ならへばりませんよね」

 

 門別の蠱惑的な目にときめいてしまったのは、人生最大の汚点であり――運命の番としか言うほかない。門別の中以外でイケない体にさせられちまったんだから。

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