第34話 ご注文はいいねのハート

「ご注文は何になさいますか?」

「ヘーイ、君のハートが欲しい」


 ミクルの接客にチャラい男が、ちょっかいをかけている。

 ハートが欲しいなら、少しお高めなフレンチ料理でも注文して、売り上げに貢献して欲しい。

 ここはそういう飲食店なのだから。


「またナンパか。毎度懲りずによう群がってくるで」


 今月、何回目の忠告か分からないケセラが、ミクルの身を案じるために、ドレスの袖をまくって軽く肩を回す。


「ちょいと行ってくる」


 ケセラの戦闘準備は整った。

 後はいつものようにナンパ野郎を気迫で追い返すのみだ。


「……いってらっしゃいマシン」

「さすれば、田畑を耕す耕運機と言ったところでしょうか?」

「……親バカだけどを司る女神」


 戦闘マシンとなったケセラを止める者はどこにもいない。

 ジーラとリンカは固唾かたずを飲んで、春巻きではなく、遠巻きに眺めていた。


「文句を垂れる暇があったら、ドリンクバーの飲み物の補充してや」


 耕運機になって雑念も無くしたと思いきや、その小言をケセラは聞き逃さなかった。 

 彼女は至って、冷酷、いや、冷静だったのだ。


「……ケセラは愛という名のドリンクを補充しろと呟いている」

「マムシ採りも大変ですわ」 


 滋養の効果があるエキスなのは確かだが、店内にそんな物を置いたら、みんなハイテンションになって、警察から厳重注意されるだろう。

 深夜に、サッカーのワールドカップを観て騒ぐのもいいが、あまり近隣周辺に迷惑をかけるなと……。


「あの、お客様、当店は店員に対してのナンパ行為は禁止であり……」


 意を主張したケセラは、ミクルがオーダーをとるテーブル席に座ってるチャラ男の前で、接客マニュアルを声に出す。


 相手はがっしりとした体つきの三人組。

 豪快に酒を飲みながら、煙草を口にする男の象徴とも言える相手。


 こりゃ、中々の強敵ときたものだ。

 ケセラはこみ上げる何かと戦っていた。


「はい。私のハートも、もう一つ追加ですね」


 上機嫌なミクルがスマホの画面をポチポチと押している。


「いいね。お嬢さん、いいね!」

「俺もリツイートしていい?」

「じゃあ、僕は拡散すわ‼」


「何でSNSみたいに盛り上がってんの?」


 スマホをお互いに見せ合いながら、やたらとスマイルに盛り上がってるミクルたちに、ケセラはマシュマロを投げかけた。


「あのですね、ケセラさん。お店の公式アカウントに私の写真が上がっていたらしくて」


 ミクルがスマホ画面を見せてくるが、そこにはお店の内装を写しており、『いらっしゃいませ、コメディあんへようこそ』の看板文字。


「原因は己自身か。勝手に垢を作って、写真をアップすな!」

「ケセラさんの水着姿の画像もありますよ。リンカさんが撮って、ジーラさんが加工してですね」

「お前らなー‼」


 ケセラがミクルからスマホを取り上げて消去しようとも、垢には当然のようにパスワードがかかってある。


「……可愛い子には旅もさせろ」

「イ○スタ感覚か!」


 ジーラの安定した落ち着きぶりはどこから来るのだろう。

 次の日も、ミクル目掛けてお客さんが殺到し、ファミレスは店の片隅を利用して、急遽、握手会となった。


「お金なら別途でいただきましたわ」

「そういうのは、ちゃっかりしてるな……」


 今日もここのファミレスは、別の意味で忙しい。

 ミクルのグッズを身に付けた血の気の多いお客さんとたわむれながら……。


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