第25話 背景、この旅は

「……お前たち、何かグッとくるような背景を探してこい」


 作業場で今日もGペンを走らせるジーラ漫画家による無茶ぶりなオーダー。 


 今回は何か最近、背景の製作にマンネリ化してきたから、『心に響くいい感じの風景を撮影してこい』と一眼レフのカメラを渡されたが、自分が撮りにいった方が早くね? と問いたくなる前に『……アディオス!』と小声で叫びながら、外に追い出されたもんだから堪らない。


「全く、たまには己が動いてお手本を見せろつーの」

「まあ、ジーラ先生も多忙の身ですからね」

「多煩悩の間違いやないか?」

 

 あの執着心のあるジーラ漫画家のことだ。

 部屋に缶詰にされて、相当なストレスが溜まってるに違いない。

 好きなアニメやゲームも謳歌乱舞せずに、毎日、原稿に挑んでいるのだから。


「ケセラさん、そんなことよりもここのファミレスに寄って行きませんか?」


 またミクルが食べ物に釣られて歩み出した。

 その歩みは青春の一ページではない。

 給料日前で金欠であり、空腹に耐えながら読む料理レシピ本のようである。


「いや、先生が描いてるのはバトルものなんやが?」

「腹が減ってはいくさはできぬでしょ?」

「己が食べたいだけとちゃう?」


 ミクルの本性を暴くためにストレートに訊いてみるケセラ。

 長年の親友ならではのキレのあるツッコミであった。


「いえ、もしバトルの最中でお腹が減った時、手元の干し柿じゃ頼りないでしょ?」

「普通、そこは干し肉じゃね?」

「近年、ドライフルーツが流行っていますからね」


 ドライなのはミクルとリンカの感情ではないかと薄々思うケセラ。


「ケセラちゃんも遅れてますわね。まあ、加熱しないと多少は危ない食材ですけど」

「それ、牡蛎かきじゃね?」


 生の牡蛎は美味しいが、当たりのリスクもある。

 宝くじの一等よりも当たる確率は高い。

 買ったら当たるし、買わないと当たらないが……。


「ケセラさん……と言うわけで、ここのファミレスに入りましょう」

「ちょい待ち!!」


 ミクルが堂々と店に入るのをケセラが止める。

 ここがスクランブル交差点ならとっくに人の波に飲まれている。


「なあ、ファミレスで何の背景を撮るん? 大抵のお店は撮影禁止やで?」

「大丈夫です。お店の許可なら取りました」


 ミクルがスマホを片手に、悠々と自慢げに答えてくる。

 日頃は天然なのに、こんな時だけちゃっかりしてる。


「リンカも協力して、お店を貸し切りにしましたわよ」


 リンカが執事のパワーにより、そうしたのも分かるが……。


「メイドさんの本当の力を思い知らせてあげましょう」


 ミクルが店内が丸見えなガラス越しから、ファミレスの店員たちをケセラに見せるが、それがメイド喫茶と来たもんだ。


「おい、ウチはこんなヒラヒラした制服を着るんかいな!?」

「何事も形から入るのが一番ですわ‼」


 店内でメイド服を着せられ、恥ずかしさのあまりに部屋のカーテンの片隅に隠れていた赤面で絶句なケセラ。


 そこをミクルとリンカが強引に引きずり出し、カメラでケセラメイドを撮りまくった写真は、熱狂したジーラ漫画家のツボにハマり、新展開の漫画のネタにされたのだった……。

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