第10話 心に有線席

「あの、すみません。お客様、ちょっといいですか?」

 

 ミクル駅員が制服を着た一人の女子高生にさりげなく話しかける。


「何よ、メイクしてる最中に話しかけんな!」


 女子高生は機嫌を損ねて、ミクル駅員を睨み返す。


「いや、その席、優先席ですし……」

「ああーん? お客さんあっての優先席やろ‼」


 だが、ミクル駅員も一歩も引かなかった。 

 いつの日か言っていた先輩の言葉を思い出したからだ。

 迷った時のご飯はカツカレーか、カツ丼にしろと。


 何か柄にもないことを言ってる雰囲気だけど、その先輩、高校時代の学食のおばちゃんの言葉だよね?

 心に空腹を飼っている、いかにも食欲魔女らしい回想である。


「……お嬢ちゃん。ちょいと、その言い方はあんまりじゃねーかい」


 落語家のような登場のジーラ駅員がミクルに助け船を出す。

 今にも沈みそうな泥舟でもノッてみる価値はある。

 まあ、一応、保険は入っていた方が身のためだ。


「誰だよ、オバサンらは?」

「……人呼んで乗客の安全と信頼を守る……」


 女子高生の更なる睨みに負けじと、先輩風を吹かせるジーラ。

 一応、ミクルよりもジーラの方が新米社員なのだが……。


「いわゆるただのお節介ですわ」


 真似事の清掃中だったリンカ駅員が後ろの車両から出現し、颯爽さっそうとネタばらしをする。

 いや、日頃の鬱憤うっぷんによる憂さ晴らしかも知れない。


「……リ、リンカ。身の蓋もないことを」

「真実をねじ曲げたら、お客さんに対して失礼ですわ」


 ねじ曲げたスプーンの行き着く先は、『これ、不良品だから交換してくれ』との返品のクレームである。

 だったら初めから『スプーン曲げて』と頼むな。


「何だよ、オバサンたちが四人も揃いも揃って。さっさとここを出ろってことかい!」


 相手は四人の大人たち。

 女子高生一人では言い逃れはできないと感じ取ったのか、その優先席から立ち上がろうとする。


「いえ、もう動かない方が得策かと思われます」

「せやな、もう取れないやろうな。運悪く紙の毛についとるし」


 ミクル駅員に続き、乗客のケセラも怖い笑顔で忠告してくる。

 このまま動くと余計に絡むし、最悪の場合はその長い髪をこの場で切るしかないと。


「……そうそう。さっきの子供がこの席に吐き捨てたガム」

「全く。マナーがなってませんわね。噛んだガムはゴミ箱にですわ」


 ついでに包み紙に包んでくれたら、もっと環境に優しい。


「ああーん? 優先席だからか乗客のあたしに超ヤサシーんだけど?」

「いえ、私たちは乗客の安全と信頼のためを思ってですね」

「キューン、尊い」


 少し頬を赤らめて答えたミクルの正当な返しに女子高生は心を奪われたようだった。


「こん、固まってしもうたで?」

「……お子ちゃまには刺激が強すぎた」


 未成年にはミクルのピュアな仕草にはアール指定に見えたのか?

 次回からは清楚なメイド服で車内の安全を確認して欲しい。


「お客様、ポテトとチップとポテチをご注文ですねー♪」

「ミクル、駅員よりも車内販売員の方が向いてるで」


 それ以前に普通にポテトの注文だけでよくね?

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